吉浦監督に聞く『サカサマのパテマ』が生まれた理由とその魅力【前編】
更新日:2014/5/9
上のイラストで“サカサマ”になっている少女が、主人公のパテマ。映画では彼女がもうひとつの世界の少年・エイジと出会い、交流する様子が描かれます。
この“サカサマ・トリップ・スペクタクル”は2013年11月の公開後すぐに評価を高め、第17回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門では優秀賞を受賞しました。その魅力を今回から2回に渡って、新人声優の高野麻里佳が監督・脚本の吉浦康裕氏に迫ってみます。
――『サカサマのパテマ』の内容を簡単に教えてください。
吉浦:ヒロインだけ重力が逆さま、という設定ありきの物語ですね(笑)。奇抜な設定ですが、それ以外はシンプルで王道なボーイミーツガールな映画です。
――シンプルな内容にした理由はなんですか?
吉浦:最初に映画のメインビジュアルの原形のイメージがあったのですが、設定が奇抜なのに話まで奇抜だとマニアックな映画になってしまいそうで。そのため設定以外はシンプルで王道にして、バランスを取りました。逆にこのアイデアがなかったら、こんな王道にチャレンジしようとは思わなかったです。
▲インタビューに答える吉浦監督
――そのメインビジュアルですが、上下逆にしようとは考えましたか?
吉浦:ありました。実際どちらもアリなんですよね。でもひっくり返してみる人も多いでしょうし、それだけでガラッと印象が変わるのがこの作品の醍醐味と言えるかもしれません。
――このアイデアはどのように思いついたのでしょう?
吉浦:僕が子供のころに住んでいた北海道の札幌は空が広く高いんですよ。それで、なぜか自分が地面に立って空を見上げてると、たまたま空が上ではなく下に広がっていて、自分はポロッと落ちちゃうんじゃないかと考えて怖がっていました。これはみんな考えていることだと思っていたのですが、成長して周囲の人に聞いても特にそんなことはなくって。
――確かに、あまり想像できません(笑)
吉浦:だからこそ、いつか物語に使えるんじゃないかと思って、逆さま人間というアイデアをストックしていました。そして今回初めて劇場作品を作るチャンスが巡ってきたので、ひと目でわかるアイデアで勝負しようと思い、ストックから出してきたんです。
――では北海道の壮大な大地が生んだアニメなんですね。
吉浦:ただ、僕は北海道に6歳までしかおらず、それから福岡に行ったんですけどね(笑)
――第17回文化庁メディア芸術祭でアニメ部門の優秀賞を受賞されましたが、そうした評価の理由をどう分析されますか?
吉浦:今はあまり作られていないですけど、こうした普遍的なものを見たい人はやはり多いのではないでしょうか。Twitterなどを観ていてもそうした声を見たり、僕が好きなマンガ家のゆうきまさみさんも「今こういうものを作る人がいたのはうれしいね」と仰っていたりしていました。
――海外でも上映されるようですね。
吉浦:そうです、つい昨日まで先行上映会の舞台挨拶に行ってきました。(取材日は2014年2月28日)
――評判はいかがでしたか?
吉浦:試写会に親子連れも多く、日本以上にファミリーやキッズ向けのアニメとして観てくれているようです。非常にうれしかったですね。
――元々、海外展開は考えていましたか?
吉浦:はい。その証拠に劇中に出てくるテキストは全部英語ですし。あと普遍的に受け入れられるために、全員スーツを着て全体主義で教育を受けているというわかりやすい古典SF的な世界観にしました。ストーリーも勧善懲悪で、言ってしまえばキリスト教的ですよね。
――劇中で好きなキャラクターはいますか? やはりエイジとパテマでしょうか?
吉浦:そのふたりは好き嫌いというよりは自分自身ですね。パテマは、とにかく自分で考える嫌味のない、みんなから愛されるキャラクターにしたくって。だからデザインもとにかく「かわいくしてください」とお願いしましたし、キャストの藤井ゆきよさんにも、たとえば怒るシーンでも「嫌味なく、かわいく怒ってください」と指示しました。
――ではエイジはどうですか?
吉浦:パテマが活発だからエイジは少し内向的に、とは考えていました。ただ女子からいかに好かれるかを考えていて、思いついたのが『耳をすませば』の天沢聖司君です。少し影がある不良っぽいんだけど実はいいやつ、みたいな。
――サブキャラクターでお好きなのは?
吉浦:逆にサブキャラクターのほうが突き放して考えられるので、描きやすかったです。個人的にはイザムラが好きですね。ここまで吹っ切れた、わかりやすい悪役も昨今珍しい。癇癪を起こすし、顔芸もすごいし。作画監督の又賀大介さんもそのニュアンスをわかってくれて、ノリにノってくれました。
――『サカサマのパテマ』はマンガや小説でも展開されていますが、これらも読んでおいた方がいいでしょうか?
吉浦:映画単独で観ても十分には楽しめますが、鑑賞後にそれらを観るとより楽しめると思います。たとえばマンガ版は映画の前日譚なのですが、映画ではあまり描けなかった地下世界の話がメインになっています。あとは主人公のミッコの名前が映画で少し出てたり、若いころのラゴスも出てきたりといったリンクがあります。
――小説版はいかがですか?
吉浦:小説版は映画版のノベライズですが、映画ではカットした説明の突っ込んだ描写などもあるので、いい補完になると思います。作者の涌井学さんがSFをすごく好きで、ノッて書いているのがよくわかりますね。たとえば地下世界の町のエジンという名前や、地底人のタットやゼフという名前は彼が付けたのですが、とてもそれっぽいですよね。
――では小説版はあまり携われていないんですか?
吉浦:そうですね。初期のプロットをお渡ししただけで、きちんとした小説が上がってきて「ああすごいな」と。映画本編とは少し設定が違うところもありますが、こちらも十分に楽しめると思います。
▲高野の質問にわかりやすく解説いただく吉浦監督
――間もなくBDやDVDが発売されますね。特典も豪華です!
吉浦:限定版に付いている特典映像として、ダイジェスト版ですが逆さまに収録した『サカサマのパテマ』がついてるんですよ。これを観るとまた全然違った印象を受けますよ。たとえばふたりが小屋から逃げるシーン、あそこはあまりパテマに感情移入させないようにエイジ視点にしていましたが、上下逆にしたら滅茶苦茶怖い絵なんです。そうした場面はとても多くって。もし叶うなら映画館を貸しきって、逆さま上映会とかやってみたいですね。
――オーディオコメンタリーはどのような雰囲気ですか?
吉浦:『アルモニ』という短編の制作が佳境だったので、僕はオーディオコメンタリーの収録に参加できなかったんですよ。キャストさんが出ていますが、まだ聴いていなくって。その代わりにブックレットにスタッフ座談会が収録されているので、そちらも読んでいだけたら。でもキャストの方ってメインスタッフとはまた違うかかわり方をされているので、彼らがどういう風に今作を観ているのかというのは僕も楽しみです。
――BDやDVDをどういう風に楽しんで欲しいですか?
吉浦:この作品はライトに観ても楽しいのですが、ディープにも楽しめる作品なので、何回か繰り返し見てもらえるとうれしいですね。王道でシンプルな物語のようで、裏設定も結構多いし、おそらく1回観ただけでは「? あれはどっちなんだろう?」と混乱するところもあるでしょう。たとえば最後に出てくるメールとか、あの内容を読んで観直しても面白いですよ。
まずはここまで。未見の人にも『サカサマのパテマ』の魅力が伝わったでしょうか? 次回は劇場やBD/DVDで『サカサマのパテマ』を観た人向けに、ネタバレ全開でさらにディープなお話を伺ってみます。
(インタビュー=高野麻里佳、構成=はるのおと、撮影=橋本商店)
サカサマのパテマ
・映画『サカサマのパテマ』オフィシャルサイトhttp://patema.jp/
『サカサマのパテマ』予告編
(C)Yasuhiro YOSHIURA/Sakasama Film Committee