吉浦監督に聞いた『サカサマのパテマ』の秘話。そして、今後の展開とは?【後編】

アニメ

公開日:2014/4/27

“サカサマ”な少女と、彼女が出会う少年・エイジの交流と冒険が描かれる『サカサマのパテマ』。このアニメ映画のBlu-ray/DVDが4月25日(金)に発売されたことを記念して、監督・脚本の吉浦康裕氏に新人声優の高野麻里佳が話を聞いています。
 

 第2回となる今回は、映画やBD/DVDの魅力を中心に語ってくれた前回に比べ、少しディープなことを伺ってみました。アイデアの元になったネタ、演出に込められた思い、そして今後のこと――ここから先は『サカサマのパテマ』本編を観た人だけチェックしてください!

――『パテマ』にはSFの要素もありますが、元々お好きだったんですか?

吉浦:小学生のころに子供向けに翻訳されたSF名作全集を読んで、そこからハマりました。アシモフやハインラインといった古典的なものがやはり好きです。

――小説以外では?

吉浦:映画ならたくさんあります。アイガの地上世界を見るとわかりますが『1984』や『未来世紀ブラジル』、『ガタカ』とかですね。アニメだと一番近いのは『DTエイトロン』の未来世界でしょうか。

――あとはやはりゲームの『ICO』でしょうか。

吉浦:そうですね、大好きなゲームです。ほかにも昔のアクションゲームで『重力装甲メタルストーム』というのもあり、そちらには重力が変わるというギミックがありました。映画にもそういったギミックを扱った作品はありましたけどね。
 

――制作で一番苦労したことは?

吉浦:やはり企画の初期段階ですね。「この映画は逆さまで、だから面白いんだ」と僕が言っても、スタッフはみんなポカーンとしていて。だからまずは冒頭の1/4、パテマとエイジが出会って世界観が説明されるまでを作りました。それを観てスタッフも面白さがわかったみたいですし、自分も「いける」と手応えを感じました。今までにない映像になるので、たとえばパテマが空に落ちそうになるシーンでも恐怖感を演出できるか少し不安で。作画の人はいかに落ちそうなプラーンという感じを出すかを試行錯誤し、背景美術の人は高度感を出すために雲の配置を変えて、そこに音がついてようやく怖い感じが出せました。

――高所恐怖症の人なんかは怖いですよね。

吉浦:実は僕も高所恐怖症なんですよ(笑)。たとえば『天空の城ラピュタ』でパズーがラピュタ城の下に行くところとか、あんなの「無理無理」って思いますもん。でも『パテマ』では、「怖がりのほうがいいホラー映画を撮る」みたいに、高度の恐怖感は出せたと思います。

――この設定に関しての細かい設定は作られましたか?

吉浦:はい。全キャラクターの体重や円柱形の重りがひとつ大体何キロで、というのは作っています。

――ということはパテマの体重も……?

吉浦:ありますが、内緒です(笑)。軽装のエイジと防護服を着たパテマがほぼ同じ体重で、若干エイジのほうが重いくらい。それがリュックひとつで重さが逆転する、というところから想像してみてください。
 

――最初にアイガに追われて小屋から逃げるとき、クレーターみたいなところを飛ぶところが気持ちよかったです。

吉浦:それまでは手をつないでゆっくり歩いていただけですが、あそこで走ることによって「重力が逆さまだとこういう風になるのか」と実感できるシーンです。ただアニメーターにとってすごく難しい芝居なので入れるかどうか迷ったのですが、りょーちもさんという方にお願いしたところ受けてもらえて実現できたシーンです。

――演技や芝居と言うと、『パテマ』はいやらしくはないけど少しエロティックさも感じます。

吉浦:それは言われますね、男女が抱き合うのが日常化しちゃう話なので。海外でも「直接的ではないけど官能性を感じる」と言われました。

――中盤からはエイジとパテマが深く抱き合うようになります。

吉浦:最初は片手をつないでいたのが両手になって、次第に強く抱き合うようになる。そして一晩明かしたあとは、ふたりの距離が微妙に近くなって。
 

――意味深でしたよね。

吉浦:あのシーンは光の入れかたや雲の描きかたも、少しロマンティックにしました。光がキャンドルライトみたいにふわっとなってて。

――そういった演出は随所に感じられました。

吉浦:たとえばふたりが引き裂かれるシーンでは、雨がザーッと降っていますよね。あれは絵コンテでは雨ではなく夕暮れだったんです。美術監督に言われて雨に変更しましたが、わかりやすくなりましたね。

――ほかには?

吉浦:アイガの世界の描きかたもそうですね。アイガでは動物を一切描いていないし、環境音も虫や鳥の声はない。でもラストでは、「こちらが本物の地上なんだ」と実感してもらいつつ、開放感も味わってもらおうという意図を込めています。
 

――キャストはどう決められたのでしょうか?

吉浦:オーディションですが、今回は難航しましたね。最初にパテマとエイジを決めたのですが、劇中でふたりは抱きしめ合うので年齢設定が重要でした。もし10歳の少年少女であればそれほどいやらしくないけど、恋愛という感じも出ない。18歳だと直接的になってしまう。だから14歳で中学生ぐらいに設定したのですが、その14歳感を声で表現するのが必須でした。それでパテマのテープオーディションで「これは」と思ったのが藤井ゆきよさんです。

――藤井さんはこれまで主役などをやっていません。

吉浦:それもあって、テープオーディションにマイクオーディション、さらにふたりだけで読み合わせもやってとかなり慎重に進めました。すると読み合わせの時は彼女もかなり気概で臨んできたようで、特に泣きの演技がすごくよくて、「これはいけるな」と思ってお願いしました。

――ではエイジ役の岡本信彦さんは?

吉浦:パテマ役が新人さんなので、エイジ役はそれをサポートできる経験豊富で、14歳感を出せるかたを考えていました。岡本さんはオーディションの時は大人な声で「少し違うかな」と思ったんですけど、それまでやられた役を片っ端から聞いてみると声の幅が広いのがわかって。それで改めて「14歳の声でやってみてください」「ヒロイックさを捨ててください」とお願いするとハマりましたね。このふたりが決まってからは、残りはふたりをサポートする安定力のあるかたで固めました。
 

――各キャラの名前には何かモチーフはありますか?

吉浦:地下世界はパテマやポルタなどの少しファンタジー風の名前ですね。僕は筒井康隆さんが好きなんですけど、パテマ以外は彼の『旅のラゴス』という小説から引用しています。ラゴスが旅人という点も同じですしね。

――一方、地上世界のキャラクターはエイジやイザムラなど、和風です。

吉浦:こちらも筒井康隆さんの『驚愕の曠野』という中編小説からの引用です。ジィも劇中では一度も出てこないですけど、本当はコゴロという名前があります。

――次回作の短編映画『アルモニ』が公開されたばかりですが、次はどんなことをやりたいですか?

吉浦:僕は映画が大好きなので、今はオリジナル映画というのは難しいですけど、また劇場アニメが作ってみたいですね。方向としては、現実を舞台としつつも『パテマ』でやったことをもう少し推し進めたもの……ドカーンとかドーンとか、そういったものをやりたいです。
 

――派手な感じ?

吉浦:そうです。自分の作品はどこかストイックなところがありましたが、そこをもう少しキャッチーにしたいなと思っているんです。もっと幅広く、子供が親に「これ観に行きたい」とねだるような作品ですね。それでいて、きちんとアニメファンやSFファンも付いてくるくらい見応えのあるものです。

――ディズニー作品みたいなものでしょうか。

吉浦:そうですね。あと、ディズニーと言えば、実はアニメのミュージカルシーンも昔から好きで。日本のリミテッドアニメでディズニー風のミュージカルは難しいかもしれませんが、たとえばミュージカル的な構成を逆手に取った『ダンサー・イン・ザ・ダーク』や『シカゴ』みたいな感じならば…と考えることはあります。ああいった作品で、アニメでしかできないような何かをやってみたいです。ものすごくお金がかかるので、よっぽど成功しないとできないでしょうけど(笑)。でも予算を考えなくていいなら、ミュージカルアニメはやってみたいですね。

――期待しています。今日はありがとうございました。

2回に渡って吉浦監督に『サカサマのパテマ』について語ってもらいました。ここまで読んでもらっている読者はご存知でしょうが、この『サカサマのパテマ』は珍しい設定ながら、本当に今どき珍しいくらいまっすぐなアニメな点も大きな魅力です。こんな素敵な作品を作られた吉浦監督の次回作も、とても楽しみですね!
 

▲最後はツーショットで記念撮影

(インタビュー=高野麻里佳、構成=はるのおと)
 

サカサマのパテマ

・映画『サカサマのパテマ』オフィシャルサイト
http://patema.jp/


『サカサマのパテマ』予告編

(C)Yasuhiro YOSHIURA/Sakasama Film Committee