今月のプラチナ本 2013年2月号『歓喜の仔』(上・下) 天童荒太

今月のプラチナ本

更新日:2013/11/1

歓喜の仔 上巻

ハード : 発売元 : 幻冬舎
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:天童荒太 価格:1,620円

※最新の価格はストアでご確認ください。

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『歓喜の仔』(上・下)

●あらすじ●

多額の借金の保証人になり1年前に家出した父。借金取りに追い詰められ、窓から転落して植物状態になった母。借金を返しながら家族を養うために高校を中退し、早朝から深夜まで働き続ける長男の誠。寝たきりの母をアパートで介護しながら妹の面倒をみる、小学6年生の正二。母が倒れてから、おかしな真似をするようになった5歳の香。世界が一変した3人のきょうだいは、怒りや悲しみを押し殺し、ただ生き延びるために、誰も知らない犯罪に手を染める道を選んだ――。『永遠の仔』『悼む人』の著者が、現実と社会の病巣を描きながらも生きる勇気と喜びを訴える、話題の衝撃作!

てんどう・あらた●1960年愛媛県生まれ。86年『白の家族』で第13回野性時代新人文学賞、93年『孤独の歌声』で第6回日本推理サスペンス大賞優秀作、96年『家族狩り』で第9回山本周五郎賞を受賞。2000年『永遠の仔』で第53回日本推理作家協会賞、09年『悼む人』で第140回直木賞を受賞。

幻冬舎 1575円
写真=首藤幹夫 
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編集部寸評

おれたちのことを考えよう

希望の物語だ。希望という言葉が自分の胸のうちに灯るのを、本当にひさしぶりに感じた。自分の身の回り、そして日本という国、さらに世界へと目を向けても、欺瞞と貧困と暴力ばかりが猛威をふるっている現在。どう生きていけばいいのか、考えても明るい答えは出てこない。なんでこんなことになってしまったのか。無力感と、誰かを責めたい気持ちが胸の中に渦巻く。本書の誠、正二、香の暮らし、そしてリートたちの世界は、私などよりももっともっとひどい状況にある。それでもリートは、こう言った。「ひどいことは言わなくていい。いいんだ。おれたちのことを考えよう。仲間のことを考えていこう。笑ってくれ」。ここで言う「おれたち」に、広がりが、可能性がある。狭義の家族でもなく、目の前で手を握れるチームメイトにも限らない「おれたち」。究極的には、それは「人類」にまで広げうると、天童さんは描いてくれたのだと思う。力強い、希望である。

関口靖彦本誌編集長。未来に向かうには分析も計画も必要だが、その根底にあって人を動かすのは、物語の力だと確信。弊誌では、本年もそんな本をご紹介していきたいです

なぜ、彼らは強くあれたのか

あまりに不幸であまりに理不尽な境遇を背負わされた兄弟の日常。両親不在ともいえる状況にあって、なぜ、彼らはここまで強くあれたのか。上巻を読了した段階では、物語はどこにいきつくのか見えない状況にあった。下巻のさまざまなエピソードやキーワードによって、それが徐々に明確になっていくと、あとはラストシーンまで一気読み。本を閉じて思うのは、今まさに読むべき小説だったということ。多くの人の心に尋常ならぬ不安が巣食う現在にあって、人間本来の強さと美しさを信じたいと思わせてくれる強靭なメッセージにあふれていた。『家族狩り』や『永遠の仔』をかつて読んだとき、その圧倒的な描写力に身体中が軋むような読後感があったが、本作は大分印象が違う。なかなか適切な言葉がみつからないが、たとえば“過酷”を生きる子供たちの“まっすぐな祈り”に背中を押されたような高揚感。『歓喜の仔』とはまさしくふさわしいタイトルといえるだろう。

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想像力、それが人間である理由

私が子供を産むことになったとき、「子育ての最終ゴールは“自立”だ」と親に教えられた。精神的な自立、経済的な自立、親と子がそれぞれに自立していること。親離れ子離れも自立のうちだ。だから子供は別人格の別の人間として赤ちゃんのときから接したし、自分のことは自分でできるよう、サバイブの大事さを伝えているつもりだ。けれど天童さんの小説を読んで、自立は大きな孤独を伴うことを知った。人間とオラウータンの違いは、人間には「思いやりや相手を思う想像力があること」だそうだ。他人のあくびが移るのは人間だけだと。そう、人間も天童さんのいうように「群れ」で生きる動物なのだけれど、その想像力、共感力がある限り、存続に向かっていけるのだ。仲間がそばにいて助けあい、温めあえるということだ。結末に救いはあれど、このきょうだいの両親に対して、悔しさと憤りを感じるのは私だけではあるまい。

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世界とつながる勇気をもつこと

テレビをつければ暗いニュースばかりで現実を直視するのはしんどい。大団円で終わるラスト、さわやかな読後感、せめてフィクションの世界ではそういう気持ちに浸りたい。そう思う人は一瞬、本書を手にとることを逡巡するかもしれない。私も最初はそれを危惧した。いじめや差別、テロに貧困。今のこの世の中でそこから立ち上がる希望って一体なんだ。だが本書は、そんな斜に構えた私の思いを大きく超えた感動をもたらしてくれた。本書に登場する兄弟たちの生きる現実はとても暗い。苦しみの中をただ歩いていくことに、救いなどないように思う。だがラスト、彼らの現実はほんの少し動く。一歩一歩踏みしめることで開ける世界が必ずある。そう思わせてくれた。現実を一時忘れるために物語の世界へ。その一方で、現実の世界で生きる自分の目を開かせ、背中を押してくれるのもまた、物語の持つ力だ。そんな作家の情熱や思いが詰まった渾身の一作だと思う。

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子供たちは生き続ける

世間は無関心だ。興味を持たれてもすぐに飽きられる。自分のことで精一杯なのだ。本作は著者が初めて書いた小説がもとになっている。在りし日の著者が抱いた苦悩や行き場のない思いが、ここに詰まっているのだろう。物語に触れ、私は映画『誰も知らない』の題材になった事件を思い出した。当然境遇は大きく違うが、絶望の淵に立たされているとも知らない、怖しくも健気な彼らを考えてしまう。だからこそ、ラストに描かれる希望に満ちた子供たちの一歩が輝かしい。

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立ち向かう勇気

現代社会の歪みの中で、見えない明日を懸命に生きる3人の兄妹。守ってくれる大人も、夢を見る自由も、信じられる未来もない世界。そんな状況下でも、誠は強く、正二は優しく、香は聡明に毎日を生き抜いている。5歳の香がテレビの中の野性動物を見て、誠に言う。「むれでまもってるのに、いちばんだいじなとき、バラバラになっちゃだめだよ」。こんな小さな子どもでも、大切なことを知っているのだ。闇に立ち向かう子どもたちの勇気に、心がふるい立った。

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人間は力強い

誠にリートを生み出す力があって本当によかった。“火事場の馬鹿力”のように、ピンチのときに通常では考えられない力を発揮するのも人の能力だし、リートを生み出した誠のように、つらい現実を妄想で乗り切るのも人の能力だ。人って計り知れないと思う。どんなに厳しい現実を生きていても、誠は“ヤンズ”という光を見つけ出すことができた。リートを生み出し、ヤンズを見つけ出した誠に、人間の本能が持つ強さを見せつけられたようで、胸がいっぱいになった。

鎌野静華オードリー若林さん初出演映画のサイドストーリー『僕のきっかけ』が1月25日発売。若林さんの写真もステキですよ←本誌P83

「一緒なら、違っていられる」

下巻、幼稚園児の香が仲間たちと冒険するところが好き。冒険といっても、福島刑務所に居る母に会いたいというカデナのため、園児だけで無銭乗車して行くのだ。自分たちを「むれ」(群れ)と言う香は、この小ささで、他者を想い、ともにあることが、生き抜くために有効だと本能で知っているかのよう。ヤンズへの真っ直ぐな気持ちを持ち始め、リートの存在を想うようになった誠の獲得した強さと悟りたるや。「ともに」あることがもたらす強さを、本作は教えてくれる。

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力強い人間賛歌

血の繋がった実の親子でさえ、憎しみ合うことはあるだろう。その一方で、血縁を超えた絆だってありうる。生きることは選択の連続であり「誰と生きるか」というのもその一つ。これまでそんなことを考えもしてこなかった私は幸せ者だ。本作の主人公である家族は、小さな末っ子までもが、みな誰かを守ろうとしている。彼らは互いに深い愛で満たしあっている。もはや理屈は関係なく、だからこそ不条理と立ち向かうことができる。人間賛歌に満ち満ちた、愛の物語だ。

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熱い力が漲る感動作

クラシックの演奏を聴き終えた時、拍手するまでに少し空白ができることがある。人は完璧な感動に出会った時、圧倒され呆然とするのだ。今作はまさにそれだった。憎しみや虚無感の連鎖の世界の中で、私たちはどう生き続ければいいのか?――この兄弟のような過酷な境遇ではないにしろ、それは誰もが生きていく上で抱く苦しみ。本書では、はっきりと生きる「希望」を見せつけてくれる。そして読後、熱い力が漲ってくる。思わず拍手を贈りたくなる圧巻の感動作。

村井有紀子明けましておめでとうございます〜。昨年師走に師走っぽく動きまくったので、今年はたくさん楽しいことができそうな予感

ストーリーから第九が聞こえる

読み進めるうち、高校時代に毎年歌った第九の歌詞とメロディーが浮かんだ。コーラスの声は最初から華やかに爆発し、加速する。まさに体で喜びを叫ぶ歌だ。一方、本書の内容はひたすら暗い。親の遺した膨大な借金を返すため、劣悪な環境で暮らす3人の兄妹。陥れられ腹を空かしても、彼らは絶望しない。前を向き、互いを守り生きている。天童さんは第九のような純粋さと力を彼らに託した。困難な時代に生きる子どもすべてに強く輝いてほしいという祈りを感じる。

亀田早希昨年はよく運転してくれていたスノボ友達がさずかり婚やら転勤やら。とうとう首都高&雪道単独走破かと怯えています

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