2007年05月号 『花宵道中』宮木あや子

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/13

花宵道中

ハード : 発売元 : 新潮社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp
著者名:宮木 あや子 価格:1,512円

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今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

2007年4月6日

『花宵道中』
宮木あや子
新潮社 1470円

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 舞台は江戸の花街、吉原。遊女たちはさまざまな過去を背負いながら、年季が明けるまでの歳月を、遊郭で身を売って働きつづける。
 表題作「花宵道中」の主人公・朝霧は、恋する男の目前で客に抱かれてしまう。初見世に恐怖と嫌悪を抱く若き遊女・茜。自分と家族を捨てた父に客として対峙した霧里。一生恋はしないと誓いながらもその衝動に抗いきれなかった八津……。
 吉原の小見世・山田屋の遊女たちの叶わぬ恋を描いた連作短編集。
 第5回R−18文学賞大賞&読者賞ダブル受賞の新人が放つ、哀しくも官能的な恋の物語。

撮影/首藤幹夫
イラスト/古屋あきさ
 
 

  

みやぎ・あやこ●1976年、神奈川県生まれ。2006年、「花宵道中」で第5回「女による
女のためのR−18文学賞」大賞と読者賞を同時受賞。趣味は着道楽と海外旅行。洗練
された文章と、女性らしくも鮮烈な官能描写で受賞決定直後から話題沸騰の大型新人。


横里 隆

(本誌編集長。最近、ブラウン管に映った太田光さんを観ていて泣いてしまうことがよくある。今号の特集もそんなことから生まれた。すごい人だ……)

誰もみな、遊郭に囚われて
叶わぬ恋に焦がれている

「風紀名門の子女に恋するを 純情の恋と誰が言う/路頭に迷える女性に恋するを 不浄の恋と誰が言う/泣いて笑って月下の酒場に媚びうる女性の中にも 水蓮の如き純情あり(後略)」。学生時代、呑み会の最後には伝統的にこの口上をきって寮歌を歌った。“恋に貴賎はない”と詠う内容にほろ酔い気分を増した。貧富の差や、身分の差といった障害が、恋愛に多くまとわりついていた時代の残り香がした。時は移り、恋は軽やかにこなすもの(のよう)になったけれど、実際の恋は、そんな簡単には遂げられない。どうしようもなく思いは届かないし、恋愛スキルのあるなしが新たな差異として障害になった。本書に登場する遊女たちの悲しみは、形を変えて今を生きる人々の苦しみと繋がっている。誰もみな、日本という巨大な遊郭に縛られて、届かぬ思いを抱えてあがいている。ゆえに遊女たちの悲恋は、普遍性を持って読む者の心に深く共振するのだ。


稲子美砂

(本誌副編集長。主にミステリー、エンターテインメント系を担当)

閉じられた艶かしさが漂う
少女マンガ的世界

食べるために身体を売り、恋することも許されない閉じられた廓の中。しかし、そんな地獄に身をおいても遊女たちは仕事に対するプライドを持ち、毎日をしたたかに生き抜いていく。姉女郎に対する思慕、同胞への思いやり等々、境遇が全然違うとはいえ、ある種の共感を覚えた女子も多いのではないか。恋しい間夫は登場しても、描かれるのは完全に女の世界。「官能」も「せつない恋」も、まさに女のためのものである。つらい日々の中で、好きな男に抱かれる一瞬の輝き。「もし縋っても良いなら、もし何処へも行かないというのなら、ずっと忘れることができないほど、片時も離れることができないほど強く深く抱いて」——そんなところに少女マンガ的な恋愛に対する憧れを感じた。遊女たちの悲しい人生に涙しながらも、うっとりと酔える極上エンターテインメントといえるだろう。


岸本亜紀
(本誌副編集長。幽編集員でもある。夏の「怪談」を楽しんでもらおうと、いろいろ画策中!)

新人作家とは思えぬ筆力!
涙なしには読めない物語


『中世の非人と遊女』や『遊女と天皇』にもあるように、遊女は中世までは天皇直属の聖なる職能民だった。だが、近世は違う。子どもたちは極貧ゆえに、人買いに売られていく。売ったのは親たちだ。人さらいだってごろごろいる。でもそんなことで泣き続けたりはしない。売られた先には屋根や壁がある、おまんまだって食べられるし、布団に横になって眠ることもできる。死ぬよりまし。私はそんな逃げ場のない、打算が入り込む余地のまったくない、薄幸の佳人の物語が好きだ。生きるために売れるものは身体だけ。恋をしたって、叶うわけない。見れるのは夢だけなのだ。女というものは許し、水のように自在に形を変え、物事を受け入れることができる性なのだろう。本書の中で描かれた遊女と、その周辺にいたであろう名もない遊女たちの、その混じりけのない魂を思うと、涙が止まらなくなるのだ。


関口靖彦
(ワーキングプアで過労死正社員を生み出す社会構造を、熱く綴った雨宮処凛さん『生きさせろ!』を夢中で読みました)

男子も必読の、
“女子のエロ”を知る一冊

女子のエロってこんな感じなんだ!という発見の楽しみがあった。なにしろ本書は「女による女のためのR-18文学賞」大賞&読者賞のダブル受賞作。同賞の募集要項は、“男のエロ”が描かれた小説を指してこういう。「私たちが読んでも『女はぜーったいそんな風には感じないの!』『そんなアホな!』……読んでいて怒りさえ覚えてしまいませんか?」。大変な言われようだが、確かに男のエロは結局“女のハダカ”に尽きる。対して本書では、クライマックスは間違いなく濡れ場でありながら、紙幅はそこに割かれていない。そのセックスにはどんな気持ちが込められているか、を読者に納得させるための経緯がすなわち小説なのだ。女子はセックスするたびに、こんなにも物語を欲しているのか、と、空恐ろしくなりました。


波多野公美

(自炊し始めました。食べすぎに注意……と、満腹になってからいつも思います)

気持ちよく、酔いました

女による女のためのR−18文学賞受賞作だけあって、大人の女性が、ひととき浮世を忘れて気持ちよく酔うことができる、おいしいお酒のような作品だった。舞台は江戸吉原。ヒロインは遊女たち。そんな設定だから、遊女たちの、愛する人と一緒にいたいという夢は、この物語の中では、本当に「夢」だ。彼女たちには、わが身を縛る借金以外なにもない。自由も、幸せな子ども時代も、帰る場所も、なにひとつ持たない。そんな遊女たちが、身体ひとつで貫く本気の恋だからこそ、それぞれの物語が哀しくて美しい。女が酔える「純愛」です!


飯田久美子
(さとう珠緒『超教養』、ホントに名著です。)

女子のための『涼宮ハルヒ』

なぜか『17歳の処方箋』というアメリカの女の子映画を思い出した、時代も国も仕事も全然ちがうのに。いまの女の子たちとも気持ちが同じ感じがして、時代小説というより女の子小説として楽しみました。(でも素直にわかると思えたのは、たぶん江戸時代の吉原という舞台だったからこそ)恋よりも、吉原の女の子同士の気持ちの通い合いが、むしろ心に残っている。(「雪紐観音」が好きでした)生きてゆくには恋愛より女友だちと心底思ったけれど。あのコたちだって絶対そんなの知ってるけど。それでもつい、してしまう。叶うとか叶わないとかじゃない。夢を見たいんだよなあ。あのコたちも、わたしも。


服部美穂

(『太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中』特集で太田総理がマニフェストを発表します!)

あなた本当に新人ですか?

本作の力点は決してエロではない。著者は、ただ女の物語を描いているのだ。ここに描かれる遊女たちはみな哀しく美しい。私が特に印象的だった物語は、別々の女郎部屋に売られた姉妹が対照的な選択をする「十六夜時雨」だ。恋することに抗い生きる妹と、一生に一度の恋にすべてを賭ける姉。どちらの選択も辛く厳しい。しかし、姉妹は覚悟をもって各々の道を自ら選んだ。女って強いな、と思った。社会的弱者であろうとなかろうと、女は自分で決める。自分で決めた、と決めるのだ。著者は本作でデビューした新人。今後に大いに期待したい。


似田貝大介
(第2回『幽』怪談文学賞、作品絶賛募集中!)

逞しくもはかない遊女の恋

『幽』6号の特集で、吉原の周辺を取材した。現在も歓楽街として多くの風俗店が立ち並ぶ地域は、江戸末期に移転された新吉原として、随一の色街だった。当時の建物はほとんど残っていないけれど、雰囲気だけは色濃く残っている。遊女たちは過酷な労働条件のもと、逞しく生き、数多の恋をしていたのだと思う。そのほとんどが叶わぬ恋。でも彼女らが心底、不幸を感じていたのかはわからない。本作で艶かしく描かれた遊女たちの生き様からも、決して悲壮感だけが漂うことはない。恋をすることで哀しみ苦しみながらも、人を想うことを、生きることを楽しんでいるようにさえ思えた。


宮坂琢磨
(柴田ヨクサルの将棋マンガ『ハチワンダイバー』の2巻が1巻以上の熱気を放っている。来るか将棋ブーム)

恋愛は正義! じゃない

吉原の遊女は囚われている。売られてきた彼女たちは、来る日も来る日も客をとらされ、生きて吉原から出られる保証などない。初めての相手も、身請けしてくれるお大尽も自分では決められない。金の介在しない恋愛は、罪悪ですらあった。表題作『花宵道中』でも、朝霧を玩ぶ吉田屋ではなく、朝霧と彼女に恋に落ちた半次郎が、吉原のシステムから逸脱した存在として排除される。吉原にまつわる、約束された悲劇は、その狭く救いのない世界のなかからだからこそ美しく燃え上がる。『花宵道中』の名の通り、絢爛豪華な華やかさも持ち、その上で散り行く花の美しさが宿った作品だし、それを表現できる筆力にも圧倒される。


野口桃子
(ダ・ヴィンチ文学賞の発表が迫ってきました。今号では最終候補作を発表しています!)

簡単には泣けないせつなさ

遊女たちが恋しい人への想いを遂げられることは決してない。その悲痛な想いは読んでいて一緒に苦しくなるほどで、それぞれの短編で明かされていく人物相関を知れば、なおさら切なくなる。どれもこれも、ハッピーエンドというにはあまりに残酷。それなのに、この作品を読み終えて、何故か絶望することはない。それは、彼女たちが最後まで、想いだけは最後まで全うしているからかもしれない。翻弄され抗えない人生を歩んでいても、胸の中の想いだけは手放さない。そんな彼女たちが愛しくて、温かく優しい気持ちになれるのだ。

イラスト/古屋あきさ

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