2007年03月号 『獣の奏者』Ⅰ闘蛇編・Ⅱ 王獣編 上橋菜穂子

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/13

獣の奏者 I 闘蛇編

ハード : 発売元 : 講談社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:上橋菜穂子 価格:1,620円

※最新の価格はストアでご確認ください。

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

2007年2月6日

『獣の奏者』
㈵闘蛇編・㈼ 王獣編

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上橋菜穂子
講談社 ㈵闘蛇編・1575円、㈼王獣編・1680円

 凶暴な牙を持つ巨大な蛇のような生き物「闘蛇」。この獣を操る闘蛇衆の村に母と二人で暮らすエリン。母は厳しい戒律の中で流浪の生活をする「霧の民」であり、村の闘蛇の世話をする仕事をしていた。しかし、ある日、貴重な闘蛇を死なせてしまったことで処刑されてしまう。処刑に巻き込まれたエリンを助けるために、母は一族に伝わる禁断の「操者ノ技」を使用してしまう——。村を離れ、隣国に流れ着いたエリンはやがて「王獣」という獣に出会う。けっして人に馴れない、という獣とともに成長してゆく少女を描いた、長編ファンタジー作品。

撮影/冨永智子

協力/レプタイルショップ
イラスト/古屋あきさ

 
 

  

うえはし・なほこ●立教大学大学院博士課程単位習得。専攻は文化人類学。オーストラリアの先住民族アボリジニを研究。現在、川村学園女子大学助教授。『精霊の木』でデビューし、「守り人」シリーズが好評を博す。『精霊の守り人』で野間児童文芸新人賞など、『神の守り人』で小学館児童出版文化賞ほか受賞作多数。


横里 隆
(本誌編集長。『テレプシコーラ』第一部完結となる㉂巻が発売になりました。今号の特集ともどもぜひ堪能してください!)

コミック版『ナウシカ』
以来の傑作ファンタジー!

彼女は魔法を使わない。王獣と心を通わせ、その背に乗って空を翔けようとも、そうした行為は決して、神に選ばれし者が起こす奇蹟ではない。エリンは、他人よりも少し早く大人になることを強いられただけの、どこにでもいる女の子なのだ。それがいい。ナウシカだって、グインだって、ハリーだって大好きだけど、特別な力も、約束された運命も持たないエリンだからこそ、その成長にいちいち感情移入してしまう。蜂飼いとして過ごす、きらきらした日々など本当に素晴らしかった。尚かつ、“霧の民”の血を引く者としての疎外感、幼くして母を喪ったことによる孤独感、王獣と心を通わせることへの罪の意識……などなどがエリンのキャラクターに陰影をつけ、物語世界を奥深いものにしている。コミック版『風の谷のナウシカ』以来、ここまで感銘を受けたファンタジーはなかった。本当に、それくらい魅力的で、心をつかまれた作品だった。


稲子美砂

(本誌副編集長。主にミステリー、エンターテインメント系を担当)

大人とは誰か、
生きるとはどんなことか

エリンは幼い頃に母を喪うという非常につらい経験をしたが、その後の出会いは幸せなものであったと思う。傷ついた彼女を身心ともに癒し、生きていくうえで必要な厳しさを教えてくれた蜂飼いのジョウン、彼女の素養と熱意を信じ、いろいろな試みにトライさせてくれた王獣保護場の教導師長のエサルなど、しっかりとした大人たちが愛情を持ってエリンのことを支えてくれた。彼女が迷いながらも自らの進むべき道に邁進できたのは、こうした出会いがあってこそ。そして、大人たちもまた、エリンによって刺激を受け、視野を広げていくのである。『獣の奏者』の中では、さまざまな立場の人が理想と現実の間で揺れ動く。しかし、その葛藤こそが生きることだと、誰もが実感できるリアルなストーリー、ファンタジーが苦手という人にも薦めたい理由はここにある。


岸本亜紀
(本誌副編集長。主に怪談担当。大田垣晴子さん文庫新刊発売中〜)

魅力に尽きない、
夢中で読めるファンタジー


本書はハイファンタジーの分類になる作品だが、『指輪物語』や『ゴーメンガースト』ほど難解な世界設定でないし、『ゲド戦記』ほど、長い過酷な主人公の物語でもない。『ハリー・ポッター』のように魔法を自由に使える選ばれた存在でもないし、『ナルニア国物語』のように、行って帰ってこれるような現実と地続きの物語でもない。ほどよくブレンドされてはいるものの、傑作に仕上がっている。私は主人公のエリンが素直で賢いところに共感しながら読んだ。ファンタジーにお決まりの、冒頭での残酷シーンでエリンはいきなり大ピンチになるが、それがこの物語の大きな謎の始まりとなり、最後まで読ませる吸引力となっている。うまい! 先祖に怪しげな背景がありそうとか、王獣や闘蛇といった国家のタブーを匂わせたり、チベットの奥地に実際にありそうな王獣保護場の子供たちの姿……。文句なしの国産一押しファンタジー!


関口靖彦

(最近のマンガでは、古谷実さん『わにとかげぎす』がスリリングで目が離せません)

揺れながら、迷いながら
踏み出す一歩の重さ

主人公に何らかの苦難が訪れても、なんだかすごい魔法とか武器とか、「君はじつは○○なのじゃよ」で解決してしまう……上っ面だけのファンタジーを読むと、本当に悲しくなる。だが本作はそんな作品の対極にあって、主人公の葛藤と成長は読む者に切々と迫る。不思議な獣は登場するけれど、それを扱うにはさまざまな研究と学習が必要だし、簡単に心が通い合ったりしない。操れるようになったところで、それで万事が解決するわけでもない。それはまさにこの世のわれわれにとっての技術や職業と同じだ。そんな“リアル”をきっちり書き込んだうえで、壮大なビジョンで度肝を抜いてくれる……それこそファンタジーの醍醐味であり、本作の力だ。


波多野公美
(箱根駅伝をきっかけに、生まれて初めて“走る”ことに興味が……さっそく関連本が増殖中)

無心で物語を楽しむ幸福

老人から子どもまで、リアリティのある人物造形が際立っていて、ラストまで一気に読んだ。人物だけでなく、彼らが生きる世界もとてもリアル。獣も人も、匂い、声、肌触りまで感じられる生々しさがあり、彼らをとじこめた「本」そのものまで、体温を持っているように感じた。日常とかけ離れた世界で展開する、ただただおもしろい物語。それにひたる時間はなんて幸福なんだろう。読み逃さなくて本当によかった!私も闘蛇や王獣に乗ってみたい、と本気で思いました。子どもはもちろん、たまには無心で物語を楽しみたい大人にも最適です。

飯田久美子
(テレプシコーラ特集にご登場いただいた上野水香さんの美しさは必見です!)

荒野にひとり立っていた

子どものころのいちばん古い心象風景はなぜか、荒野にひとり立っている、というものだ。この本を読んであの荒野を思い出した。それから、この人たちみたいになりたい!という大人たちと出会ったときの、気持ち。自分の幼さや未熟さが気恥ずかしくてたまらず、彼らに少しでも近づきたいともがいていた日のことを思い出した。なのに、いつの間にか、自分の未熟さを愛嬌とすりかえてしまっている。エリンの姿に、そんな今の自分を反省しました。わたしだって、荒野にひとり立っていたんじゃないか、と。


服部美穂
(年末、実家で1年ぶりに会った友達に「2年ぶりだよ!」と突っ込まれました。あれ?)

信じることを恐れず生きる

王獣の子の世話で怪我を負ったエリンに対して、学舎の教導師長エサルは「すべての生き物が共通して持っている感情は〈愛情〉ではない。〈恐怖〉よ」と諭す。哀しいがこれは真理だ。私たちは大人になると、傷つくのを恐れ、人との適切な距離を測るようになる。お互いが平穏に暮らせるように、暗黙のルールに従うようになり、心震える喜びを得ることよりも、罪を犯さないことに腐心する。「音無し笛で王獣や闘蛇を硬直させるように、あなた方は、罪という言葉で人の心を硬直させている。そんなやり方は、吐き気がするくらい、嫌いです」物語の終盤、エリンが放った言葉に、私自身も射抜かれた思いがした。


宮坂琢磨
(柴田ヨクサルの『ハチワンダイバー』という将棋マンガにハマった年末年始)

世界のあらゆる対立を壊す力

この物語の主人公、エリンという少女は、母との別れ以降、数々の対立の狭間に立たされる。国と国、民族と民族、そして人と獣。それらの対立の中間に位置する彼女は、対立するもの同士を隔てる壁の存在に疑問を持つ。彼女がその壁にたいして、決して諦観することなく、無闇に反発するでなく、がむしゃらにぶつかりながらも知ろうしていく姿は真摯だ。人々の思惑や営みの中で形成された対立の壁は、やすやすと批判できるほど軽いものではない。そうと知りつつも、それでも壁を破ろうとする少女の意思は、閉息した気持ちを吹っ飛ばしてくれる、現実に及ぼすパワーがある。


似田貝大介
(第2回『幽』怪談文学賞の募集がはじまりました。詳しくは、第2特集をズバッと要チェックです)

獣は獣、かもめはかもめ

人と獣にはどうしても越えられない壁がある。獣が国や力を象徴する本作の世界では、獣を操ること=国を操ることになる。しかし国も獣も操れたと思うのは、双方の意思がたまたま同じ方向に働いているからにすぎないのかもしれない。獣に愛を感じる方もいっぱいいる。中には性的なものまで求めてしまう方も……。本作の著者は、アボリジニについて研究されているという。「霧の民」の如く、善悪ではない自然の摂理に生きる彼らから教わるものは限りがない。主人公は養蜂場で世話をしていた蜜蜂に刺されたとき、感情の前にある摂理を知ったのだろう。


野口桃子
(まだ半年足らずの新米です。緊張します)

現実を描くファンタジー

子どものころの純粋な気持ちを忘れたくない。そう言って、大人や社会を批判する声を多く聞く。けれど実際は、現実を見る大人が存在するからこそ子どもが夢を見られるのだし、規則は必要だから生まれるのだ、そう痛感させられる一冊だった。社会の醜さと子どもの甘さ、そのどちらに寄ることもなく正面から描かれている。現実を知るのは切ないし、厳しい。だけどこれを読んで、大人になりたくないとは思わない。子どものままでいたいとも思えない。ただ前進していきたいと強く願える、そんな物語でした。

イラスト/古屋あきさ

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