2007年02月号 『真説ザ・ワールド・イズ・マイン』全5巻 新井英樹

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/13

真説 ザ・ワールド・イズ・マイン (1)巻 (ビームコミックス)

ハード : 発売元 : エンターブレイン
ジャンル:コミック 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:新井英樹 価格:1,382円

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今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

2007年1月6日


『真説ザ・ワールド・イズ・マイン』全5巻

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新井英樹
エンターブレイン 各1344円

 正体不明の殺人鬼モンと、彼の力に惹かれて行動を共にするトシは、時限爆弾を仕掛けながら日本列島を北上してゆく。時を同じくして出現した、熊のような巨大生物ヒグマドン。両者は競うように無差別大量殺人を繰り返しながら、日本全土を混乱に陥れた。次第にトシモンとヒグマドンは、世界をも巻き込む脅威の存在になってゆく。すでに入手困難となっている小学館版『ザ・ワールド・イズ・マイン』に大幅な加筆修正と著者へのロングインタビューを加えた豪華版として復刻した『真説』。圧倒的な力と存在を問う伝説的な問題作。

撮影/川口宗道
 

あらい・ひでき●1963年、神奈川県生まれ。初の応募作品が『モーニング』コミックオープン・ちばてつや賞に入選。翌年『8月の光』でデビュー。『宮本から君へ』で小学館漫画賞を受賞。著書に『愛しのアイリーン』『あまなつ』『キーチ!!』などがある。


横里 隆

(本誌編集長。今号、TEAM NACS 特集で森崎さんの香川取材に同行したものの、ノロウィルスで倒れて役立たずに。皆さんすみませんでした…汗)

神、ヒト、人間、
世界は誰のものなのか?

神と、ヒトと、人間の、とてつもなく大きな物語だ。荒ぶる神である「ヒグマドン」は世界を殺そうとし、原始的なヒトである「モン」はただ生きるために疾走する。両者は人間社会に属さないという意味において共通であり、ゆえに人間たちは彼らと対峙し翻弄される。しかし僕にとって魅力的だったのは、超越的存在であるヒグマドンやモンではなく、それらと関わらざるを得なくなった特異な人間たちだ。皆、人間社会に属しながらも外側との境界上に立たされた者たち。社会維持のための盾となって戦う警察官「塩見、須賀原、薬師寺」、社会の脆さを自覚した首相「ユリカン」、己の掟をもって外の存在を狩るハンター「飯島」、飯島に導かれて閉塞した内側から解放された記者「星野」。彼らの何と人間らしいことか。何と弱々しくも切実で、美しいことか。神とか、世界といった外側とも、行き詰った人間社会といった内側とも、闘い、抗い、あがきつづける者たちにこそ「世界はあなたのものだ」と伝えたい。


稲子美砂

(本誌副編集長。主にミステリー、エンターテインメント系を担当)

マリアがいたから

3000ページ以上の作品なのに、どこにも緩んだところがなくて、その迫力にはただただ圧倒される。トシ・モンやヒグマドンに虫けらみたいにグシャッと殺される人でも、その人たちのこれまでの人生とか生活の匂いとかが描かれていて、そんなところが容赦ないというか、リアルというか。テロとか天災とかってきっとそんなものなのだ。隣の町でそれが起こっていても、目の前にくるまで実感のないのが今の私たちなのだろう。クセのある登場人物が多いなか、いちばん気になったのはマリア。彼女はその名のとおり聖母マリア的な存在として描かれるが、すべてを包み込んでしまうようなあの包容力には女性として人間として憧れる。彼女はずっと苦しみを背負っていたけれど、彼女がいたから読み通せた。


岸本亜紀

(本誌副編集長。主に怪談を担当。大田垣晴子さんの文庫新刊発売予定。お楽しみに!)

人類の破滅への壮大な物語。
素晴らしすぎる快作!

ものすごくたくさんの血を見た。体液やよだれ、汗、人間の身体の中にある液体のすべてもだ。まるで本が獰猛な生き物のようだ。世界を破滅させるのは、政治か権力か、宗教か愛か。いや、暴力だ。モンの世界の始まりがどんなに孤独で恐怖だったか。そしてマリアに出会い、モンが構築しなおした世界に、私は涙した。そこに一瞬の救いを見たような気がする。ストーリーやテー以外に、数々のキャラクターたちがいい。トシのようなダメキャラも、かっこいいマタギや成長す新聞記者、仕事熱心な警察官たちも魅力的。ネームは哲学的で、どこを読んでも感動する。傑作とはこういう作品をいうのだろう。


関口靖彦
(本棚最上部には、ほかに『火の鳥』『デビルマン』『逆境ナイン』など。結局、暴力とアジテーションなのか?)

乱舞する暴力と言葉
劇薬に酔うのは快楽か苦痛か

本作はオリジナルのヤングサンデー版で読んでいた。夢中だった。当時から現在まで私のオールタイムベストの一つであり、本棚のいちばん上に並べてある。初めて読んだときは、際限のない暴力描写に酔いしれた。だが読み返すうち、登場人物たちのあまりの饒舌ぶりに圧倒されてきた。誰も彼もが生と死を、殺すことの意味を、世界の美しさを、怒涛のように語る。それは読者の精神に対して、まさに暴力的なほどだ。それがいいことなのかどうかは今もわからない、ただ質量のデカさだけは比類ないもので、目撃しておくべきだと思う。ただし流されず、自考するよう。


波多野公美
(2007年は生活を変える予定。なるべく規則正しく夜寝て朝起きて、料理と掃除もします)

暴力や残酷を極めて
「道徳」に辿り着かせる神業

あらゆる種類の暴力が残酷に描きつくされている、と評判のこの長い物語を、最後まで読み通せるか、実は不安を感じていた。でもそれは杞憂だった。この物語では、無邪気で恐ろしい暴力と、その犠牲になる人々の両方が、同じリアリティで描かれる。そこには、人間の恐ろしさと哀しいはかなさが同時に現出していた。著者は、1巻冒頭のインタビューで「道徳の教科書を描いたつもりです」と語る。暴力や残酷を極めて「道徳」に辿り着かせるのは神業だ。そして、これはそれに成功した稀有な物語だ。一気読みして、深く味わってみてほしい。


飯田久美子
(小学校のとき男子にパンツを見せたら「そんなものには騙されない!」とグーで殴られました。グーで殴られたのは、人生でただ一度。おぼえてますか? 次長課長の河本くん!)

あらゆる暴力を描き尽くす

本を閉じた今となっては、読んでいたその時の恍惚感がよく思い出せない。思い出そうとすると、むしろ不快感ばかりがこみ上げてくる。たぶん暴力が苦手だからだと思う。だけど、読んでいる最中は確かにおもしろかった。分厚くて5巻もあるのを面倒くさがって、2巻しかおうちに持って帰らず、2巻を読み終えてしまった夜は続きが読めなくて激しく後悔したくらいだ。トシモンの疾走感ある暴力は、読む者にえもいわれぬ快感を与えてくれる。暴力を人間の根源的な欲求の一つだという人がいる。だとしても、わたしは、暴力に対する恐怖もまた人間に根源的に備わっている感情だと思う。本作は、暴力の恍惚とその先までを描いている。これほど深い不快感をもたらしていることこそが、本作の圧倒的な力の証左なのだろうと思う。


服部美穂
(クリスマスイヴはパーティー!——お人形のね。「ドールズ・パーティー」取材です……。)

カルトでは終わらない傑作
女性にもぜひ読んでほしい

モンちゃんとマリア。フェリーニの『道』のような二人だ。どちらも過剰でいびつだ。自分を肯定するため、片や奪い続け、片や与え続ける。自分を凌ぐ圧倒的な力に出遭い、人を殺めることができなくなったモンちゃんは、マリアの存在によって自分を取り戻していく。「人を救う」という“使命感”で自分を支えてきたマリアは、モンちゃんが自分を通して再び人を殺めた瞬間、壊れてしまう。しかし、最期に身を投げ出したマリアの笑顔には少しの偽善もなかった。モンちゃんはその笑顔を二度と取り戻せないことを知り、初めて心の底から泣いたのだ。暴力だけじゃない。愛と孤独も描ききった作品だ。


似田貝大介
(怪談之怪で『幽』怪談文学賞長編部門大賞を受賞した黒史郎氏のインタビューを掲載してます)

暴力に震えながらも
力の勢いに流される快感

圧倒的な力を神のごとく妄信してしまうように、新井英樹氏の描く人物、言葉、世界を妄信してしまう。個性的で強烈なキャラクターたちから言い放たれる、正面から叩きのめすような言葉の勢いに、余計な考えはすべて流されてしまう。「人類の究極の罪は想像力の欠如です」と語る由利総理。荒唐無稽な物語に現実を見出す想像力は必要だ。しかし想像すればするほど、荒々しく根底をかき乱される。大いなる熊神は人に全てを与え、全てを奪う。ヒグマドンという大いなる存在に対峙した人々が迎えるラストには盛大なるイヨマンテを思った。ただ、残酷すぎる本作を手放しで最高傑作とは呼びがたい。だからもっと著者の作品を読み続けてゆきたい。


宮坂琢磨
(WEB幽の絵日記を書くため、積極的に心霊体験をする必要性に駆られています。困った)

我々が覆い隠してきた
生そのものを描く

人は人を何故殺してはいけないのか。昨今、よく問われる言説だ。これを説明するために多くの人々が様々に説明を試みるが、その前提は見過ごされがちだ。この作品で繰り返し語られる言葉こそ、その前提である。「力は絶対だ」。物語の二つの怪物・モンもヒグマドンも容赦なく強大な力を行使し、殺害する。人間的な感情はなく、衝動で動く二者の前ではあらゆる宗教も法律も意味をなさない。彼ら二つを一瞬たりとも止めえたのはそれ以上の力を行使したからだ。力が支配し、力に突然奪われるこの不条理な世界で、何が価値があるのか、何を想うのか、決して目をそらさず描ききった本作は、僕にとっての福音の書だ。

イラスト/古屋あきさ

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