2005年04月号 『バッテリー』 あさのあつこ

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/26

バッテリー (角川文庫)

ハード : 発売元 : 角川書店
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:あさのあつこ 価格:555円

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今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

2005年03月05日

『バッテリー』 あさのあつこ 教育画劇 全6巻 1470~1680円 / 角川文庫 1~3巻(以下続刊)540~580円

pra0305.jpg ピッチングに関して天才的なセンスと強い自信を持つ原田巧は中学入学を目前に控えた春休み、父親の仕事の関係から、祖父の住む田舎、新田へ家族で引っ越すことになる。引っ越して早々、巧は永倉豪という地元の少年に出会う。野球で上を目指すことに具体的なビジョンを見出せずにいた豪は、巧という才能に出会ったことで失いかけていた情熱を取り戻し、バッテリーを組むことを熱望するのだが……。
 巧と豪の出会いから中学2年を前にした春休みまでの一年間を、巧という少年と、彼の才能に羨望や嫉妬心を抱きながらも関わってゆく人々の心情を細やかに描き出した青春小説。全6巻ついに完結。

あさの・あつこ●1954年岡山県生まれ。『バッテリー』で第35回野間児童文芸賞を、『バッテリー?』で第39回日本児童文学者協会賞を受賞する。著書に『スポットライトをぼくらに』『ラブ・レター』『あかね色の風』『タンポポ空地のツキノワ』など多数。

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横里 隆
(本誌編集長。『バッテリー』で10年かけて少年たちの生を、思いを、丁寧に描き切ったあさのさんに感服。見事です。震えました。個人的には瑞垣がよかった)

あさのあつこの直球を
受けとめて

全6巻、一気に読んだ。当初、ビルドゥングス・ロマン(成長物語)だろうと読み始めたが、実はまったくそうではなかった。成長物語には、子供から大人への通過儀礼の中で、社会との妥協や調和を、ほろ苦く描くものが多い。確かに、純粋で荒削りな幼い自意識が、成長していく過程で大人の壁にぶつかり、限界と現実を叩き込まれ、何かを捨てて諦めて、駆け引きも覚えて、結果、社会にバランスよく着地する。それが“成長”というものかもしれない。実際僕も39歳の今まで、何度も妥協して、多くのことを諦めてきた。しかしこの物語は、まさにその部分に反発する。成長と妥協を、成熟と堕落を、表裏一体のものとしてとらえることを強く拒絶した物語。だからこそ、少年たちは脆さを抱え、不安定なまま、それでも、鋭く屹立しようとあがく。何ひとつ諦めずに。そう、これは何も捨てず何も諦めない少年たちの物語だ。少し思い出す。才能とか夢とか、今や言葉にするのも躊躇うそうした何かを、やみくもに信じていた頃を。最近“妥協”や“諦め”に慣れすぎていたかもしれないと、目が覚める思いがした。著者あさのあつこの直球をど真ん中に受けとめて。


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稲子美砂

(本誌副編集長。主にミステリー、エンターテインメント系を担当)

いちばん読んでほしいのは
やっぱり中学生

早く大人になりたい」――校則は厳しかったし、やれ受験だ、やれ部活だと忙しかった中学生のころは、とかくそんな思いをよく抱いたものだ。大人になれば、自分のことは決められる、自分の好きなことがやれると。そんなこと全然ないのは、今よくわかっているのだが。読み始めたとき、登場する少年たちの大人びたやりとりに、「これが中学生?」と一瞬戸惑ってしまった。それぞれの性格はあるものの、彼らは非常によく人を見ているし、思慮深いし、自分のことをわかっているという意味で謙虚だ。それでいて熱い。あきらめない。巧というある種の怪物と出会ったとき、衝突はありながらも、彼を理解し、その才能を認め、受け入れていくさまはすごいと思った。大人たちのほうがそんな彼らによって変わっていく。中学生だってこんなにやれる。本書を大人が読むことは大賛成だ。でも、やっぱり巧や豪と同じ時間を生きている中学生にいちばん読んでほしい本である。


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岸本亜紀
(怪談、ミステリーを担当。『幽』2号が出ました。充実のラインナップ。真冬の怪談、なかなかいいですよ。全国の書店、ネット書店で好評発売中。)

天から与えられた才能は
魯鈍な大人をも変えていく

自分が天才だと知っている少年。物語だからいいが、実際にいたらなんとも面倒くさい子供だ。大人はたいがい愚鈍だと思っている。自分が納得できることしかしない。そして自分と同じ強度を持つ人間としか対話しない。天才にもいろいろいるが、巧はその繊細な感性と、頭脳明晰さを持ち、自分に与えられた才能を知りながら、ストイックに努力し続け、たったひとつの目標に向かって突進していく。なんとも孤独だが、この少年期にしかありえないような純粋な時間が流れる。それを陰で支えるのが豪という友人であり、先生であり、家族だ。みな時に腫れ物にさわるように巧を包みこむ。才能の美しさゆえに、周りの人々をも変えてしまうのだ。なんとも恵まれた環境! 物語では思春期から大人へと成長していく巧は描かれていない。それだけにこの短い期間(だけで終わってよかった)に凝縮されたガラス細工のような巧の存在に、心がふるえた。それは、ガラス細工ゆえにもろいが、本当に美しい、孤高の輝きを放つ宝物だからである。


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関口靖彦
(先日の地震で自宅の本の山が崩壊。賽の河原の小石のように積みなおしました)

「少年」という題名の、
一点の瑕もない彫像

女性読者についてはちょっと想像がつかないが、男性読者の多くは、この物語の主人公・巧が抱える孤独感に覚えがあるのではないか。小学校か中学校か、自意識が外に向かってぐいぐいと伸び、社会にぶつかったときの痛み。無理解な大人に怒り、焦点の定まらぬ友に苛立ち、自らの能力と目標との距離にあがき――曇りのない理想だけに拠って立っている時期だ。孤独というより孤高と呼ぶべき、少年期。やがてわれわれは協調と妥協によってその痛みを覆い、大人になってしまったが、この本には「少年」の純粋結晶が存在する。それは神話の神々を象った彫像にも似て、人の姿をしているが人ではない。本の中にだけ存在する、だからこそ繙いて触れる価値のあるものなのだ。


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波多野公美
(編集部内で巧にまったく感情移入しなかったのは私だけらしい。みんな巧なのか……と豪気分満点で自分の立場を自覚中)

丹念な人間関係の
描写が胸に迫る佳作

巧と豪の関係性で読むと、『バッテリー』は、誰かと真剣な人間関係を続けていく上で起こるさまざまなできごとを、狭く深く丹念に描いていく物語だ。清濁併せ呑んで関わりたくなる相手と出会ってしまったとき、または、関わらねばならないとき、その道行きはでこぼこである。『バッテリー』が大人にもおすすめだと思うのは、誰かと誰かが真剣に人間関係を築いていこうとするときに遭遇するそんな「でこぼこ」を驚くほど丁寧に描写しているからだ。その道行きの苦労は、大人も子どもも同じだ。作中で、その先に何があるのかは明かされない。ただ、彼らは歩き続ける。その道行きこそが人生だというように。


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飯田久美子
(巷ではインフルエンザが大流行なのに、ちっとも流行に乗れません)

わたしはコレでできている。

わたしの人生の半分は中学生だった3年間でできている。ということを思い出した。大人にならなければいけない恐怖がまだ他人事だった小学生ではもうなく、高校生みたいにそのうち無力な子どもでなくなる希望もまだ知らなくて、いつも戦場に出かけていくような気持ちで朝を迎えていた3年間の子細な出来事の数々を、そしてその子細な出来事がその後の人生に起きたいくつかの大きな事件よりも濃く、自分の中に残っていることを思い出した。『バッテリー』は全6巻もあるのに、流れた時間はたったの1年間で、公式な野球の試合は1回も行われない。だけど、まだ何も起きていないはずのその時間が、でも当の巧や豪たちにとっては人生のすべてみたいで、それはあの頃のわたしにとってはもちろん、今のわたしもそうかも、と思ってしまった。ホントはもう人生の1/10なんだけど。まだ何も始まってないはずの春休みのことだけで終わる1巻はとくに好きでした。


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宮坂琢磨
(今さらながらみなもと太郎先生の『風雲児たち』に大ハマリ。もう、とまらない、やめられない!)

才能を持つ者と
それに憧れる者

正直、残酷な作品だと思った。それは『バッテリー』の“才能”とそれに惹かれる人々の関係があまりに悲しいからだ。巧の持っている才能は、巧の人間性とは無関係に、完璧で美しく、不可侵なものだ。その才能を一度はコントロールできた豪は、それがいずれ自分の手から離れていくことも知ってしまう。それでも逃げない豪の姿は、一人の敬虔な信仰者のようでもある。だからこそ、そんな友を見ても巧は、ピッチャーとしては決して迎合することは無く、孤高の存在として屹立しつづける。そんな悲しすぎる業を、まだ若い二人の中学生が背負ってしまうこの作品は、残酷であり、だからこそ、途轍もなく美しい。


イラスト/古屋あきさ

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