今月のプラチナ本 2013年7月号『昨夜(ゆうべ)のカレー、明日(あした)のパン』 木皿 泉

今月のプラチナ本

公開日:2013/6/6

昨夜のカレー、明日のパン

ハード : 発売元 : 河出書房新社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:木皿泉 価格:1,512円

※最新の価格はストアでご確認ください。

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『昨夜(ゆうべ)のカレー、明日(あした)のパン』 木皿 泉

●あらすじ●

テツコは、7年前に亡くなった夫・一樹の父と、ずっと同じ屋根の下で暮らしている。なぜ一緒にいるのかも暮らしているうちに曖昧になりつつあり、義父のことをいつしか「ギフ」と呼ぶようになったテツコ。だが、亡くなった夫は「夫」のままだった。結婚からたった2年で遺されれてしまった嫁のテツコと、一樹の父・ギフ。ふたりはまわりの人々とともに、ゆるゆると一樹の死を受け入れていく。「なにげない日々の中にちりばめられた、コトバの力がじんわり心にしみてくる」――人気脚本家・木皿泉が綴ったはじめての連作長編小説!

きざら・いずみ●1952年生まれの和泉努と、57年生まれの妻鹿年季子による夫婦脚本家。テレビドラマ『すいか』で向田邦子賞、ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、『野ブタ。をプロデュース』でドラマアカデミー賞最優秀作品賞、『Q10』『しあわせのカタチ~脚本家・木皿泉 創作の“世界”~』で2年連続ギャラクシー賞優秀賞を受賞。ほかの作品に『セクシーボイスアンドロボ』など。ラジオドラマ、アニメ映画、舞台脚本などでも活躍中。シナリオブック以外の著書にエッセイ集『二度寝で番茶』。『昨夜のカレー、明日のパン』が初めての小説となる。

河出書房新社 1470円
写真=木村文香 
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編集部寸評

 

この世界を笑顔で生きるために

人はみんな、いなくなる。ひとりひとり、死んでいく。「もう、それしかないんだって」というくらい、うまくおさまった夫婦が、長く連れ添えるとは限らない。そして残されたほうは、生き続けねばならない。そんな、おそろしく残酷な世界にわれわれは生きていて、でも世界は、悲しみと絶望に覆い尽くされているわけではない。われわれはこんな世界を、笑顔で生きていけるのだ。作中でテツコが、「悲しいのに、幸せな気持ちにもなれる」と知ったのは、たった二斤のパンがきっかけだった。雪だるまの人形、車、傘……平凡な物が、ふとしたきっかけで、悲しみ以外のものに目を向けさせてくれる。その一瞬があれば、人はもうしばらく笑っていられる。本書にはそんな瞬間がちりばめられていて、「まだ生きていける」と思わせてくれる。それは現実逃避なんかではなく、この世界を生きていくために必要な、呼吸法なのだ。こわばった体がほぐれて、息がしやすくなる本。

関口靖彦本誌編集長。木皿さんが初めてアニメの脚本を手がけた映画『ハル』の公開を記念して、本誌196ページから評論家・宇野常寛さんとの対談を収録!

 

会話の妙、キャラクターの妙

ドラマ『セクシーボイスアンドロボ』『Q10』が大好きだった。何気なく交わされる会話の中に、胸が締めつけられるような切ない言葉や、宇宙の真理にも通じるような奥深い一節があって、一言たりとも聞き逃せない。もちろんストーリーにも十分魅了されたが、私にとって木皿さんは言葉の人だ。本書でも、その会話力は強力に発揮されている。ギフとテツコをメインとする登場人物たちは、佇まいの柔らかさとは裏腹に結構重たいものを抱えて生きている。妻と息子を亡くしたギフ(義父)と夫を亡くしたテツコ(嫁)の同居なんて(怪しい関係以外)通常ありえない設定を、冒頭のやりとりの中ですっかり読者に納得させてしまう。一言だけではきつい言葉も連なると不思議なリズムが醸しだされて、そこにまた別の意味が生まれる。物語の構成によるところも大きいが、脇を含めたキャラクターが立体的で、彼らの今後まで気になってしまう。みんなにまた会いたい。

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言葉の力、それは生きる力

巧いな~。最初から最後まで、ずっと。エピソードの挿入の仕方なのか、文体なのか、計算された会話のなせる技なのか。淡々としなやかに生きる(地味な)登場人物たちの素直なぶつかり合いは、どこか遠い人の話と思いながら読んでいるのだが、中盤、突然自分に向かって迫ってくる。この感覚は新鮮だった。それはどこに由来するのだろう。私はしばし考えた。「調子に乗ってあんな話したから、バチが当たったのかな。ほら、婚約者が山で死ぬなんて話」。文中で師匠が言う。ここで私自身の舵が大きく切られたのだ。主人公の夫の若すぎる死は相当なショックであったろうけれど、残された家族は、少しずつ生に向かっていく。そうか、それは言葉なんだ! 会話の力によって、だ。思っていることは言葉にしないと伝わらない。そして、言葉の端々にその思いは出るのだ。だから生きている限り、幸せは言葉で作っていけるのだと、感じ入った一作である。

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変わるものも、変わらないものも

身近な人の死は、自分の無力感や世の不条理をまざまざと感じさせる出来事だ。しばらくは、痛みにひたすら耐えることだけで精一杯だろうが、残された人間は生きていて、生活は続く。やがてお腹はすくし、眠たくもなる。働いて、生活しなきゃならない。そうして日常に戻っていくと、当たり前の生活をともに過ごした人がいないことで、生活の肌触りが変わったことに気づかされる。日々のささいなことにこそ、大きな欠落があることを感じさせられる。そんなふうに、繰り返し、繰り返し、喪ったものを確認しながら、残された者の生活は続く。泣くことでも語ることでも埋められない欠落を抱え、テツコとギフは、古い銀杏の家でともに生活を続ける。自分たちよりも長生きして、多くのものを見つめてきただろう家で、ゆっくりと丁寧に暮らし、一樹が死んだことをゆるゆると受け入れていくまでの二人の穏やかな時間は、とても切なく愛しい時間だと思った。

服部美穂8月号で、全国の街の本屋さんを紹介する特集を作るため、リサーチ中。たくさんの本屋さんが全国にあって、どの本屋さんにもドラマがあることを痛感しています

 

くたくたになるまで

大切なものを失えば、たいへん辛い。どうしようもない。それでも人は生き続ける。本書には、なにかを取り戻そうとあがく人々が描かれている。妻と息子に先立たれたオジは、笑顔をなくした隣人に「オレ、くたくたになるまで生きるわ」と宣言した。ただ理想を追いかけているだけでは前に進めない。卵をうまくおさめるためには、桐箱でもチタンのスーツケースでもなく、プラスチックの卵ケースが必要なように。選ぶのではなく、もう、それしかないのだと教えてくれる。

似田貝大介怪談専門誌『幽』19号を準備中。今号の特集は「能楽」と「ムー」です。原稿が集まるこの時期は冷やし中華を食べたくなる

 

毎日を生きるということ

『やっぱり猫が好き』『すいか』などの木皿泉脚本作品が好きだ。二人の初小説は、じんわり胸にくる感じ、ゆるゆるとした感じがやっぱり心地よい。テツコとギフのなにげない平穏な生活は永遠ではないし、人間には誰しも別れや死が訪れる。だがそんな切なさも、この作品で語られる言葉たちによって、なんだか救われる気がする。休日、明日からの生活にため息をつく“師匠”に「生き死にが、また始まるんじゃないですか」とさらっと答えるギフ。こんなセリフも、またいいのだ。

重信裕加今年の「上半期ブックオブザイヤー」特集にご協力いただきましたたくさんの皆様、ありがとうございました!

 

忘れるんじゃないってことだ

大切な人が、自分の前からいなくなる。その喪失は埋めるすべを持たないが、日常に没頭することで、悲しみから目をそらす方法を知る。よく“時間が解決してくれる”と聞くけれど、いままで私は、記憶も感情も、時がたつにつれて薄まっていくってことかな、と思っていた。でもそれは、時の流れによって忘れるのではなく、自分の中に、大切な人を眠らせておく場所をつくるのが、とっても時間のかかる作業ってことなのかも、と本書を読み終えて、思った。

鎌野静華オードリー若林さんの初エッセイ『社会人大学人見知り学部 卒業見込』。読者の皆さんから熱いコメントの数々届いてます!

 

“分かり合う”より“想い合う”

家族や恋人でも何でも分かり合えるわけじゃない。「全く理解できない」「一緒に住んでいるからこそ、絶対に秘密にしたい」ことも。分かり合わなきゃと縛られず相手を想えばいい。テツコやギフや岩井さんの姿にそう考えた。死者ともだ。「先に死んだ者たちと共に生きてみよう」、気負わない決意が沁みる。過去に囚われるというんじゃなく、全てが今に繋がり、悲しい中にも幸せはある。生きるっていいもんかもと思うのだ。「テツコさん、卵のケースなの?」(虎尾)が好きです。

岩橋真実『にこたま』『おはようおかえり』各5巻完結に感動中。名作。6月は『有川浩の高知案内』、『あちん』文庫が出ます。よろしくです

 

明日になればもっと美味い

まさにカレーだと思った。本作の登場人物たちは何かを確かめるように会話を重ねる。ときに失敗しながらも、そこには着実な前進がある。自分を受け入れ、自分が選んだ相手を受け入れることで、会話は圧倒的に洗練されたものになる。おいしいものがあれば尚いい。ビールをごくごく飲んで「うまそう」と書いてあるだけなのに、読者の喉はどうしようもなく乾いている。丁寧に磨かれた石のように、大人の掌にぴったりと収まる小説。本棚の一等地にまた一冊本が増えた。

川戸崇央上半期ブックオブザイヤー特集を担当。アンケートにご協力いただいたみなさま、誠にありがとうございました!

 

出会えて感謝の一冊

著者は数々の人気ドラマを生んだ脚本家。帯に『すいか』の文字を見つけて、心が弾んだ。本書は悲しさを抱えつつも、温かな心で毎日を過ごす人々を描いた連作長編。テツコの夫がガンだと知らされた帰り道に出会ったのはパンで、タカラが辛いとき出会ったのはお隣のお父さん。人は苦しい時や悲しい時、すごいタイミングで「救われる何か」に出会えたりする。大変疲れて人が嫌いになっていった時、私は本書に出会った。硬直した心がたちまち溶けていった。出会いに感謝。

村井有紀子大泉洋さん『大泉エッセイ』が1カ月で15万部を突破! 星野源さんの連載も今号から再開。色々めでたい~

 

毎日、生活していく幸せ

登場人物たちがどこかトボけているこの小説の大きなテーマは死だ。みんなそれぞれ、結婚生活2年で妻・テツコを残し25歳で死んだ一樹のことを考えている。しかし、もやもやはしているけれど、そこに絶望や悲壮感はない。でも劇的な救いもない。みんな、食べたり、怒ったり、くだらないことを話したりして、やや前を向きながら、日々を少しだけ幸せになるように一歩一歩進んでいる。そんな“生活”がある場所で暮らすことの大切さがじんわりしみてくる一冊。

亀田早希安曇潤平さん『ヒュッテは夜嗤う』発売中! 怖いけど、山に登りたくなる怪談です。私も今年は山デビューしようと計画中

 

 

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