今月のプラチナ本 2014年1月号『蛇行する月』 桜木紫乃

今月のプラチナ本

公開日:2013/12/6

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『蛇行する月』 桜木紫乃

●あらすじ●

道立湿原高校で同じ図書部員をしていた清美、桃子、美菜恵、直子、順子は、高校卒業と同時にそれぞれ違う道を歩み始めていた。そんなある日、地元で就職した清美のもとに、順子から「東京に逃げることにしたの」と電話がかかってくる。子供ができたので、妻のいる20も年上の男と駆け落ちするという順子。その後故郷を捨てて貧しい生活を送る順子だが、それでも「幸せ」だと言う彼女に、故郷で悩みや孤独を抱える同級生たちは引き寄せられていく─。2013年『ホテルローヤル』で第149回直木賞を受賞した桜木紫乃の最新作!

さくらぎ・しの●1965年、北海道釧路市生まれ。2002年、「雪虫」で第82回オール讀物新人賞を受賞。07年、初の単行本『氷平線』が注目を集める。12年に『ラブレス』で第1回「突然愛を伝えたくなる本大賞」を、翌年、同作で第19回島清恋愛文学賞を受賞。13年に『ホテルローヤル』で第149回直木賞を受賞。近著に『起終点駅(ターミナル)』『無垢の領域』他がある。

双葉社 1365円
写真=木村文香 
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編集部寸評

 

「幸せ」はどこに存在するのか

「幸せ」という言葉は、本当に意味がわからない。金や愛情や家族に恵まれていなければ「幸せ」でない気がするが、それらを持っていても「幸せ」とは限らないらしい。「幸せ」とはどんな状態なのか、個人的には39歳になる現在までほとんど実感したことはない(といって、「不幸」な生い立ちではまったくない)。そんな私が本書を読んで、「幸せ」というもののかたちに触れられた気がした。清美、桃子、弥生、美菜恵、静江、直子。6人の女性の物語から、もうひとりの女性の「幸せ」が浮かび上がる巧緻な構成。だが上記の6人も、ただ単に「不幸」な引き立て役ではない。満たされない状況の中、彼女たちも何かを吹っ切ったり、違う視点を得たりして、力を得る瞬間がある。ひょっとしたら「幸せ」というのは、周りから見たら「不幸」な状況の中で、一瞬きらめくだけのものなのかもしれない。でも確かに、この世に存在するのだ。そんな希望を抱かせてくれる一冊。

関口靖彦本誌編集長。「幸せ」や男女について、箴言のように研ぎ澄まされた文章があちこちにあり、ハッとさせられる本でした。厚さは薄いけど、中身はすごく濃いです

 

悲しみは女を強くする

6人それぞれに愛おしいと思った。女性はとかく人とくらべて自分の幸せを計ろうとするが、本書に登場する女たちは自分なりに尺度を持って、人生に立ち向かっている。そこがすごく清々しいし、読後感の良さにもつながっている。失っても失っても歯をくいしばって立ち上がる、静かな強さに力づけられた人も多いだろう。東京と北海道ということで、環境の大きな違いから、自分と彼女らの人生を重ねることはできなかったが、スタンスがいちばん近いなと思ったのは、老舗「幸福堂」の女主人・弥生だった。店を継ぐために婿に入った職人の夫は、若い店員とかけおち。弥生は夫や若い女を怨むこともなく、女の両親にも謝罪し、店の暖簾をどのように守り、女一人どう生きていくのかを冷静に考えている。前向きな諦念に貫かれたその人生観にはとても共感した。桜木さんが今後どんな女性たちに注目し、どう描いていくのか、非常に興味深く楽しみである。

稲子美砂穂村弘さんのエッセイ集『蚊がいる』が3刷と好調です。初めて穂村さんの本を読んだという読者の方も多く、横尾忠則さんの装丁パワーも書店で光っています

 

温泉のように、心にしみる物語

経済がなかなか上向きにならない昨今、桜木紫乃の優しい視点が心にしみる。売れているのは、多くの読者のささくれだった現実を癒しているのだと思う。以前、『ホテルローヤル』で取材させていただいたとき、「地方の経済状況って、都会の人が想像するよりもずっと悲惨なんですよ」とおっしゃっていた。お金はあったほういいだろう。けれど、現実はない。そうなると人は、「私はあの人より幸せ」と思ってやりすごそうとする。人間なんてそんなものだ。桜木さんはそう思う人間側にも、そう思われる人間側にも、その両方に優しい目線を注ぐ。それは、苦労をして世の中を見つめた人でないともてない視点だ。桜木さんは「誰かと比べて幸せ、なんておかしい。人の数だけ、幸せがある」という。かつて宮本輝や伊集院静が描いた昭和のどん底の暮らし。平成の今、桜木紫乃が救世主のように、多くの人々の現実に寄り添って描いてくれているのだと思う。

岸本亜紀加門七海さん刊行ラッシュ。12月『怪談を書く怪談』という5年ぶりの怪談実話集を、『もののけ物語』と『女たちの怪談百物語』(共著)は1月25日角川文庫で刊行

 

多くの女性たちに読んでほしい

私は桜木作品に登場する女が好きだ。桜木作品に登場する女たちはみんな、不幸も幸福も関係ない、とにかく生きている。その潔さがかっこいいのだ。本作は、そんな女の幸不幸を真っ向からテーマにした物語だ。同じ女子高出身の同級生たちが、25年間の時の流れの中で、自分の「幸せ」について考えていく。それぞれの女たちは、リアルで身につまされるような現実を生きている。彼女たちの物語の中に必ず登場する順子は、傍からみたら、決して「幸せ」にはみえない人生を歩んでいるが、順子のことを、彼女たちは不幸と思い切れない。自分の人生を真っすぐに生きる彼女のことを思う時、むしろ自分を振り返ってしまうのだ。それはそのまま私の思いに重なった。そして訪れるラストシーン。多くの女たちによって浮かび上がる一人の女の人生に、本当に感動した。自分の幸せを測れるのは自分だけ。私は私の人生を堂々と生きればいい。そんな勇気をくれる一冊。

服部美穂1売「桜木紫乃特集」取材で明日から桜木さんと釧路巡りの旅へ。本作のモデルとなった高校や『ホテルローヤル』から見える湿原も訪ねます。楽しみ!

 

人生いろいろ、女もいろいろ

1990年。桃子は、男と駆け落ちして東京の外れでつつましく暮らす順子と会う。世間はバブルに浮かれている時代。同級生の桃子たちからどう見られても、順子は幸せなのだ。章ごとに時代や視点が変わり、そこで描かれる女性たちをとりまく世界も変化してゆく。ひとりひとりが、苦しみながらもしっかりと生きている。自分ははたして恵まれているのだろうか。自分の幸せは自分だけが知っていればいい。人の数だけ、人生の数だけ、幸せのかたちがあるのだろう。

似田貝大介16日に発売される怪談専門誌『幽』20号の特集は「怪談文芸アメリカン」。日本にも多大な影響を及ぼした米国怪談を紹介します

 

それぞれの生き方

「二十歳を過ぎたら女の人生は早い」というような言葉を聞いたことがある。それは実際本当で、順子の母親の手からこぼれ落ちた、転がり続けるジャガイモのようだ。本書には10代から60代までの女性が登場する。1984年から2009年までの25年間、それぞれの女性の人生の光と影が描かれていく。順子はなぜ、ずっと「幸せ」なのか。「いつも前しか見てないし、打算も予算もない」と直子は言う。それは順子のひた向きでまっすぐな生き方に集約されているように思えた。

重信裕加先日、中島みゆきさんの公演『「夜会工場」VOL.1』を観劇しました。前人未踏のステージと歌に感動しっぱなしの夜でした

 

みんな幸せになれる

男でも女でも、会社員でも自営業でも家事でも、働ける体があるうちは、働くのがよさそうだと個人的に思っているので、女性たちが、生きるために当たり前に働いていることがいいなと思った……思ったけれども、生きるって大変だということも、ひしひしと。順子の母・静江の章は、読み進めるのがつらくなるほどに、リアルだった。自身に置き換えて身震いし、老いへの覚悟を新たにした。あぁ、遠くない未来、少しでもやさしい老後が私に訪れますように!

鎌野静華トトトのトークイベントへ。トトトはトイレットトレインの略。相当面白い。そして今月から「やましげのミカタ」がスタート!

 

わたしなりの幸せの姿

周囲の女性たちの人生の合間から、徐々に明らかになる順子の生き様。その幸せの姿は、もろいものなのではと思っていた。だが、最後にたどり着いた彼女の「幸せ」は、とんでもない凄みを持って魅せられるものだった。なぜそこにすがる、と傍から見えるものを突き詰めた先にこんな深い悟りがあるのならば、そんな風に生きてみてもいいな、と思う(出来るかはさておき)。誰もが、それぞれの重荷を背負って生きていく。蛇行しながらも、きっと進んでいるのだ、と思いたい。

岩橋真実益田ミリさん『わたし恋をしている。』角川文庫で復刊。女たちの甘いだけじゃない恋心を川柳+ショートストーリーでどうぞ

 

やがて本物の月になる

桜木紫乃さんが描く女性は〝生きている〞。北の大地に生を受けた彼女たちはみな、それぞれに難しい事情を抱えている。満たされない日々の中で、粘度の高いむき出しの感情と対峙する。彼女たちの頭上で輝く月は夜ごと表情を変え、見るものを妖しく惑わせる。しかしそれは彼女が見つめるべき月ではないのだ。自分のためだけに満ち欠けを繰り返す月を求める旅は辛く険しいが、順子はそれを見つけた。自らの運命に抗い、愛に生きた順子は〝生ける月〞となったのだ。

川戸崇央ブックオブザイヤーを担当。今年大活躍を見せた壇蜜さんが桜木紫乃さんの『ホテルローヤル』を朗読。本誌204PへGO!

 

複雑で、そして愛おしい関係

大人の女の友人関係って複雑だ。純粋に一緒にいることが楽しくて、ひたすら笑いあっていた学生時代から、年を重ねるごとに就職や結婚があって、時に嫉妬し、少しずつ距離も生まれて、心根を打ち明けづらくなる。本書には、女性同士のリアルな関係も描かれている。でも、読んで改めて思う。私たちは、どんな形であれ、友人に幸せになって欲しいと心から願っている。寂しくて、厳しくて、優しくて、柔らかくて。そんな女性同士の友情は、すごく愛おしい関係でもある。

村井有紀子今年は『大泉エッセイ』で大泉洋さんに大変お世話になった年でした。楽しくお仕事させていただき大感謝です

 

幸せの極北

「幸せ」を求めることを、心底怖いと思った。年上の男と夜逃げをして、東京で貧乏の淵にいながら「幸せ」を語る順子、それを見つめる同級生や家族の立場も思いもやりきれない。どん底で得る幸福と少しマシな状況で空しく過ごす日々のどちらか。お前ならどちらを選ぶのかと問われた気がして、戦慄を覚えた。寒く厳しい釧路の情景と無機質で寂れ蒸し暑い東京の情景が、生々しい。人生の岐路に立ったとき、怖がらないように、この本のことを思い出したい。

亀田早希高橋葉介先生の『ヘビ女はじめました』発売中です! 足かけ10年の連載原稿をまとめた豪華な作品集です

 

 

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