【ダ・ヴィンチ2014年10月号】今月のプラチナ本は『シャバはつらいよ』大野更紗

今月のプラチナ本

公開日:2014/9/5

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『シャバはつらいよ』大野更紗

●あらすじ●

2008年に突然、日本ではほとんど症例のない「皮膚筋炎」と「筋膜炎脂肪織炎症候群」というふたつの難病を発症した著者が、9カ月の入院生活を経たある日、「一人で生きていく」ことを決めた。発病する25歳までは健康だった彼女は、久々に「シャバ」での生活を始めるが、新居のドアを開けるのも視界がゆらぐほどの一苦労。近所のコンビニや病院への往来も彼女にとっては地獄の道のり。全身を襲う激痛や感染症の不安に耐えながら、マニュアルのない難病生活を、自分らしく生きていく。20万部を突破したベストセラー『困ってるひと』から3年、大野更紗のエンタメ闘病記第2弾!

おおの・さらさ●1984年、福島県生まれ。作家。上智大学外国語学部フランス語学科卒業。ミャンマー(ビルマ)難民支援や民主化運動に関心を抱き大学院に進学した2008年、自己免疫疾患系の難病を発症。その体験を綴ったデビュー作『困ってるひと』がベストセラーになる。2012年、第5回「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」受賞。2013年より明治学院大学大学院社会学研究科社会学専攻博士前期課程。

ポプラ社 1300円(税別)
写真=首藤幹夫 
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編集部寸評

 

つらいシャバを変えていくのは

本書は、ベストセラー闘病記『困ってるひと』の、単なる“続き”ではない。発症〜入院生活を描いた『困ってるひと』と、退院後の独り暮らしを描く本書は時間的には連続しているが、次々に降りかかる苦難を伝えることで精一杯だった前作に比べ、「伝えることによって社会を変えよう」という意志が、本書からはあふれている。闘病するのみならず、社会と、制度と闘う意志。シャバはつらいよ、でも「シャバが、好きだよ」という著者は、シャバを変えると決めたのだ。難病や震災で“困ってるひと”たちが、なかなか手助けを得られないシャバを。そんな前向きな決意に鼓舞されつつ本編を読み終え、「おわりに」の1行目で涙がこぼれた。「濃い霧の中で、たった一人きりのような気持ちになります」。こんなにおびえながら、震えながら、それでも前を向こうと決めた人がいる。ならば自分も何かしなくては。そう思う読者の一人ひとりが、シャバを変えていくのだ。

関口靖彦 本誌編集長。今の日本は「健康で定収があり、幼児・老人・病人は家族にいない」という人しか、まともに暮せない気がする。そんな人が、いったい何人いるのか

 

人を救うのはやっぱり人だ

大野さんに取材でお会いしたとき、なんてチャーミングな方だろうと思った。自分の身体を維持するために日々いろんなルールにがんじがらめになりながらも、大野さんはシャバの生活を楽しんでおられるようで、お話をうかがっていてとても楽しかった。本書を読むと、人はどんな状況でも人を救うことができる、自分にもやれることがあるとわかって、気持ちがふっと軽くなる。大野さんのエッセイはユーモアがちりばめられていてすこぶるおもしろいのに、彼女の感じる痛みやとまどい、切実な願いは笑いながら読んでいてもしっかりと心に沁みてくる。“病は、人を孤独にします。病の苦痛とは、身体が病理に侵されてゆくことに耐えることでもあり、その苦痛が「結局誰にも伝わらない」現実と対峙することでもあります。”それは、こうした孤独に打ちのめされながらも書き続けた彼女の文章に、さまざまな感情が潜んでいることの証のような気がしてならない。

稲子美砂 「ちょっと一服ひろば」の三浦しをんさんの「まほろ駅前」シリーズ番外編がすばらしいです。といっても本誌に載っているのは第一話だけなので、ぜひWEBも

 

マイノリティよ、社会を動かせ!

難病女子と自らを語る大野さん。文体は軽妙で明るいタッチだが、書かれている内容は重い。書かれていない様々な苦労がどれほどあったのか。けれどそれを怒りや感情で読者に押し付けることなく、冷静に観察し記していく。それは常人にできることではない。病気のことは病気になってみないとわからないし、差別も差別されて初めて理解する。人は頭だけではわからないのだ。わたし自身、子どもを持つ社会人として、それなりに悔しい思いや悲しい思いをしているマイノリティだと思っている。大野さんに比べたらその苦痛は比較にならないが、弱いものの立場になって初めて理解できたことがある。声を出しても届かない──。これが一番辛いことなのだ。大野さんの日常を通して、知らない世界をたくさん知ることができた。ひとりでも多くの人がこの状況を理解し、弱者が救われるような社会システムに繋がっていけたらという願いを込めて、本書を推薦したいと思う。

岸本亜紀 11月刊行で伊藤三巳華さんの「視えるんです。」シリーズ最新刊、Mei(冥)5号、人気ヒーラーのライトワーカーれい華さんの新刊を準備中

 

知性とユーモアを武器に生き抜く

『困ってるひと』を読んで、こんなに壮絶な闘病記なのに、こんなに面白いなんて!と衝撃を受けたが、本書はまた一段違うステージを感じさせる内容で、著者の覚悟と勇気にあらためて感服した。難病を発症して受け入れていくまでを描いた前作。だが、彼女の人生、日々の生活は、その後もずっと続いているのだ。彼女が、七転八倒しながらも、常に“いま”と向き合い、より人間らしく、自分らしく生きるべく、好奇心と柔軟な視点を持って生きる様に、何度もはっとさせられた。私なら「難病者」という枠の中に自分を留め置いて、諦めてしまわないだろうか。結局、無理。と言い訳をして、思考することを投げ出してしまうのではないか。そして、果たして私は“いま”を生きているのだろうか?本書の最後に書かれた「社会は、人間は、変わるかもしれない」という言葉が重みを持って響いた。他人の闘病記では終わらない、多くの気づきをもたらしてくれる一冊。

服部美穂 次号「大人になるためのムーミン」特集のために原作本を読み返しています。子供の頃、何度も読んでいたのですが、いま読むとムーミンの深さを痛感。すごい物語

 

日々は陽気に命懸け

台風や土砂災害など胸が痛むニュースが続く。天災の前では人間の無力さを痛感する。科学や技術に保護されて暮らす我々は、身ぐるみをはがされた感覚を味わう。ただでさえそうだ。なかには日常を命懸けで生きている方もいる。大野さんもそのひとり。彼女らが非日常に直面するときを想像すると、そら恐ろしい。ぼんやりと生きる自分の悩みなんてふき飛びそうだが、そうではない。彼女の陽気な文章は、身にしみる。小さな悩みでも、じっくり見つめてゆきたくなる。

似田貝大介 『進撃の巨人』特集で著者の故郷・大分県日田市大山町に伺った。諫山さんのご両親をはじめ多くの方にお世話になりました

 

「自由」を生きる、しなやかな強さ

「わたしは今日、“かわいそうじゃないなあ”“わたしは、死なないほうがましだなあ”」。難病を抱え、こんなふうに自分と向き合えることは並大抵の強さではないと思う。大野さんは言う。「絶望することはとても“楽”」なのだと。その心の強さに、思わず溜め息が出た。私たちには計り知れないほどつらいであろう闘病生活を、明るくユーモラスに綴っている本書。病院の外でひとりで生きていくことを決めた現実と対峙する勇気と、しなやかな姿勢に力をいただきました。

重信裕加 麻酔なしで切開をした大野さんが、自分の痛みよりも、その状況下のドクターを思いやる話にも感動しました。人生の学びの書です

 

フルに想像力を発揮し読みたい

働けない人、介護が必要な人……、その立場になってみないとわからない日本社会のセーフティーネットの貧弱さ。日本は家庭にその役割を分担し、今後はその分担をさらに増やそうとしているようだけど、またそこに格差が、しかも生死を分ける深刻な格差が横たわるのだということを、本作を読んで痛感した。生まれた時すでに親や親類の縁が薄い人だっている。世界は平等じゃないなどという前に、社会を構成する一員として、構造を考え直す機会と捉えたい。

鎌野静華 都市政策など専門の市川宏雄先生がゲストのイベントへ。品川が国際都市へなど興味深く。弱者と共存の都市へ舵をきってほしい

 

しなやかな強さと明るさ

「心が折れる」とか「正気を失う」というのは、薄氷一枚隔ててすぐそこにあるが折れる」とか「正気を失う」というのは、薄氷一枚隔ててすぐそこにある──本当にその通りだ。それをよくわかっているという著者だが、難病患者だからということじゃなく、誰しも抱える普遍的なこととして、幅広い視野と機知で私たちに伝えてくれていると思う。震災を経て一足先に「難」のクジを引いたポジションと自らを感じ、「わたしも、ほかの人も」生きのびるほうを向く。弱さを亡きものとしない、そのうえでの更紗さんのしなやかな強さと明るさに心打たれた。本当にその通りだ。それをよくわかっているという著者だが、難病患者だからということじゃなく、誰しも抱える普遍的なこととして、幅広い視野と機知で私たちに伝えてくれていると思う。震災を経て一足先に「難」のクジを引いたポジションと自らを感じ、「わたしも、ほかの人も」生きのびるほうを向く。弱さを亡きものとしない、そのうえでの更紗さんのしなやかな強さと明るさに心打たれた。

岩橋真実 辻村深月さんもしなやかな強さ明るさを振りまいてくださる素敵な人。特集を担当、女神級の温かいメールなどに感涙しつつ進行

 

エール交換

人が自分らしくいるのは、それだけでけっこう大変だ。大野さんは病院を飛び出し、シャバ暮らしを選んだ。そこから辛く孤独な生活が始まるが、病院に残るのもじつは辛い。難病を患うなんて極端な例にも思えるけれど、同じ人間の話である。フラれるのは辛いけど、黙っているのもそれはそれで辛い……。病も恋も等しく人を変えます。そしてこの本も人を変える力を持っていると思います。リズミカルな文体とシリアスな内容のギャップに大野さんの決死の覚悟がつまっている。

川戸崇央 『進撃の巨人』特集を担当させて頂きました。ご協力頂いた皆様には本当に感謝の言葉しかありません。ありがとうございました

 

シャバに出る難しさったらば

「病は、人を孤独にします」との一文。実は私も大病を抱えた身内がいるのだが、全く外に出なくなってしまい、鬱っぽくなり「気力が出ない」と漏らすばかり。「頑張って」と声を掛け続けるものの、これ以上「しんどい」ものを受け入れたくないんだろうな、とも思う。本書を読み、改めて「誰にも伝わらない」という感情が当事者にはあって、孤独なんだと胸が痛んだ。シャバに出た大野さんの気合いに心から敬意を。そしてその姿勢を文字にし、勇気をくれたことに感謝します。

村井有紀子 マンガ雑誌『ゲッサン』チームに便乗させていただき、今夏は、あだち充先生との甲子園観戦へ。幸せでした~

 

変えられないものなどない

365日、途切れることのない痛みと、大量の薬、膨れあがる診療代への不安。さらに、融通のきかない社会制度と闘いつづける著者の勇気と根気に感服する。特に東日本大震災のとき、自力で動けない人、障害を持つ人たちを心配し、ツイッターで発信しつづけたエピソードがとても印象的だった。「方法がないなら、新しく考えればいい。これまでなかったなら、今つくればいい」というポジティブな言葉に、元気がふつふつとわいてくる。そう、きっと未来は変えられる。

光森優子 中山市朗さんと乗ったエレベーターは、階数ボタンが反応しないのにドアが閉まる! 中山さん曰く「地獄行きのエレベーターやな」

 

大野節、シャバでも健在!

『困ってるひと』から3年。前作よりも伸びやかに解き放たれた言葉は、心地よく胸に刺さっていく。彼女の何が凄いって、いつ何が起きてもおかしくない日常を、渾身の力でもって分解、相対化を試みる勇気だと思う。荒ぶる感情を落ち着かせて、自分の心と誠実に向き合う勇気。読む人の心をこんなにも打つのは、そうやって魂を削り絞り出された言葉だからだ。降りかかる不条理をものともせず、電動車いすで優雅にシャバを疾走する大野さんの次回作が早くも待ち遠しい。

佐藤正海 この作品を担当した斉藤さま。大野さんの新刊、凄く感動しました。この本を励みにここでしばらく頑張ろうと思います

 

「生きる」というエネルギー

生まれてこの方入院したことすらない私。しかし、難病を抱えた筆者に、恥ずかしながらエネルギーでは勝てる気がしないのだ。深刻な病状が、日記のように淡々と綴られている本書。毎日当たり前に玄関を開け働きに出られる私は、行間に詰まった苦労に、呆然としてしまう。健康な自分が筆者に負けてはいられないと、真っ直ぐな活力をもらった。人生順風満帆の人に是非読んでほしい。普段気づけない社会の理不尽さと人間の気高さが、文字通り“命がけ”で記された一冊。

鈴木塁斗 『進撃の巨人』特集補佐。クリエイターの方々の仕事に触れ、全力で働くことの格好良さを今更ながら実感。頑張らねば

 

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