2009年02月号 『パリのおばあさんの物語』スージィー・モルゲンステルン セルジュ・ブロック

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/6

パリのおばあさんの物語

ハード : 発売元 : 千倉書房
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:スージィー・モルゲンステルン 価格:1,728円

※最新の価格はストアでご確認ください。

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『パリのおばあさんの物語』

スージー・モルゲンステルヌ
セルジュ・ブロック/イラスト 岸 惠子/訳

●あらすじ●

著者はアメリカで生まれ、フランスに住む児童小説・絵本作家。フランス語で多数の作品を著し、大人から子どもまで広く読まれている。本書のほか、「エマといっしょに」シリーズなどが邦訳されている。本書は、パリに暮らす一人のユダヤ人の老女が、過ぎ去ってしまった昔のことを思い出しながら、今の日常を語る物語。過去の悲惨な日々への恨み、現状への不満や愚痴は一切漏らさず、耐えていけば楽しく輝かしい日々や嬉しい驚きが戻ってくると信じる老女の前向きな姿が素朴な挿絵とともに描かれる。「わたしにも、若いときがあったのよ。わたしの分の若さはもうもらったの。今は年をとるのがわたしの番」。フランスで20年以上読み継がれている絵本を、長くパリに暮らした女優の岸惠子が初めて翻訳した、上品な大人の物語。

スージー・モルゲンステルヌ●1945年、アメリカ生まれ。作家、イラストレーター。60冊以上の児童・若者向け絵本・小説をフランス語で執筆。現在はフランス・ニースに在住、大学で英語も教えている。

パリのおばあさんの物語
千倉書房 1680円
写真=下林彩子
advertisement

編集部寸評

思い出があれば生きていける

パンドラの箱に唯一残ったのは“希望”だった。何もかも失っても、人は未来への希望さえあれば生きていける。しかしその希望を持ちづらくなったとき、支えてくれるものがもうひとつある。それは“思い出”だ。人は思い出を糧に暗澹たる今日を生きていくことができる。ひとりぼっちのパリのおばあさんは、街を歩くこともおぼつかず、ときどき記憶が曖昧になっても、思い出とともに今日を健やかに生きている。誰もが年をとり、多くのもの(健康な身体、愛しい人々、未来への希望)を失うが、代わりにたくさんの思い出を手に入れる。“希望と思い出”は、“残された時間と重ねてきた時間”とも言える。どちらも僕たちを生かすもの。今の苦しみは未来の希望に繋がり、それはいつか過去の思い出となって僕たちを支えてくれるだろう。

横里 隆 本誌編集長。新年あけましておめでとうございます。今年もあなたが素敵な本と出会えますように。どうか

上手にあきらめられるように

「もういちど若くなってみたいと思いませんか?」という問いに、決然と「いいえ」と答えるおばあさん。“私に用意された道はひとつだから”と。自らの終焉が見えてきたとき、こんなふうに即座に自分の人生を受け入れることができたら。「老い」への不安は誰でも漠然と抱えているが、とりわけ「おひとりさま」の女性たちは30代になったころから頭を悩ませていることだろう。でも、結婚しても子どもがいても結局は一人なのだと、この本を読むとしみじみわかる。老いることはあきらめること。普通だったことがどんどん普通でなくなっていくときに、どうやって心の平穏と日常生活を保っていくか–。せつない絵本だけど、岸惠子さんのやわらかな訳が実際のおばあさんの心持ちがそうであるかのように優しく、読後感もとてもいい。

稲子美砂 伊藤比呂美さんの『女の絶望』も、アラフォーの女性たちに元気をくれる一冊です

苦楽を全て受け入れるおばあさん

パリの市井に住むふつうのおばあさん。白洲正子さんとか、須賀敦子さんでないのに、芯のたおやかさがあるというか。歩くことや市場でお金を払うこと、家の鍵を開けるのも、もはや精一杯。その上一人ぼっちだし迫害の歴史も体験しているというのに、自分の顔に刻まれたしわを見て、「なんて美しいの」とつぶやけるなんて!もういちど若くなんて絶対なりたくないというくだりはもっとすばらしい。さまざまな歴史に折り合いをつけながら、目の前の生を精一杯楽しむ。そんなこと簡単にはできません。ほんの少しの幸せだったら気づかないでしょう、普通。文句や不幸が先にくるでしょう。私がこのおばあさんのように年を重ねるために、今から自分に用意された道をしっかり味わって生きていかねばと殊勝な気持ちになった一冊です。

岸本亜紀 幽10号発売中。2月6日発売の『赤い月、廃駅の上に』有栖川有栖、初の幻想怪談集。ご期待ください!

思い出もあきらめも超えるもの

けっきょく、ごくごく普通のおばあさんの話なのだ。楽しいこともつらいこともあった。体も記憶も衰えてきた。静かなあきらめと、あたたかな思い出を支えに余生を過ごしている・・。万国共通の、ごくオーソドックスな寓話だ。だが私は、ある箇所でグッと胸が詰まった。「おばあさんは、薬を飲むのを忘れます。記憶が薄れるだけでなく、物忘れがひどいのです。だから、お誕生日だって覚えていないの。でも、雪が降ったことは覚えている…。」雪が降ったことは覚えている!ここでこの寓話は急に血肉を持った。灰白色の風景、ひえた窓ガラスの感触、対してあたたかな部屋。人を本当の意味で支えていくのは、こうした感覚なのではないか。薄れていく意識と、鮮やかに息づき続ける感覚の対比に、くらくらするほど強烈な読後感を覚えた。

関口靖彦 私の脳は加速度的に記憶を失っています。大学までの思い出が、ぜんぶで5シーンくらいしかない

おばあさんになってもいまがある

夭逝願望がある。第一希望は伊藤野枝だ。若くして、好きな人と一緒に、暗殺されるなんてかっこいい。とくに、好きな人と一緒に、というのが重要。だけど、どんなに醜くてひとりぼっちでも、生きてることはいいことだとおばあさんは教えてくれる気がした。海や山にお出かけできなくて、大好物が食べられなくて、本を読むのもままならなくても、生きてることは、それだけでどんな思い出や経験よりも価値があることを。

飯田久美子 山崎ナオコーラさんのキュートな新連載『モサ』始まります。モサの正体は、本誌140ページを!

こんなおばあさんになりたいな

可愛らしく、笑顔の素敵なおばあさんになりたい。が、それはきっと容易くない。大好きだった祖母の眉間には、笑っていても怒っているような皺が常に寄っていた。なぜ?と尋ねる幼い私に、元に戻らないの、と祖母は眉を寄せたまま微笑んだ。祖母は戦争経験者だ。苦労をしたのだと思う。老いた体も、消せない過去も、不意に襲う不安も、全て受け入れ、穏やかに暮らすパリのおばあさんの姿に、祖母のあの笑顔が重なった。

服部美穂 今月からWEBダ・ヴィンチでほしのゆみさんの新連載「チワワでも飼ってみようか」がスタートします!

ゆっくり歩いていこう

自由に操っていた腕力も視力も弱まり、大切な思い出も薄れてゆく。まるで自分をとり残すように力強く歩を進める世の中には、怖るべきものが溢れている。それでも、おばあさんは前を向き、ゆっくり歩む。私もいつか年老いて、さまざまなことを不自由に感じるのだろう。でも本当はいまだって不自由なことばかり。いま本棚にある本を読むので精一杯だし、冷蔵庫に残った食材だけで美味しい夕飯が食べられる。それでいい。

似田貝大介 昨年はたくさん肥えました。きっと今年はより肥えることでしょう。人間ドックに行ってみたいです

人生を優しくみつめるとき

長い人生をふりかえりながら、思い出と対話するひとり暮らしのおばあさんに、少しだけ自分を重ねてみたら、あんなに楽しかったはずの思い出や辛いと思った出来事が、とてもちっぽけなものに思えてきた。あたり前だが、人生の重さがまったく違う、と。カラーとセピアのイラストで幸せと苦難の記憶を交互に語るこのおばあさんの物語は、優しくもあり哀しくもある、私にとっては戒められる1冊でもある。

重信裕加 会社と外の気温差が激しいせいか、風邪をひきずっている毎日。とうとうマスクを箱買いしました


穏やかに老いるため、必要なもの

老いへの不安は誰しもあると思います。祖父母、そして両親を近くで見ながら、自分なりに少しずつその準備をしているつもりですが、“パリのおばあさん”の生活を覗いていると、そんなに怯えなくても大丈夫なのかしら、という気分にさせられます。あるがままを受け入れる柔軟さを養う事さえできれば。“パリのおばあさん”と同じころになるには、まだ少し時間があるので、穏やかに生きられるよう強くなりたい。

鎌野静華 体力がないので今年は運動をしようと決意。でも学生時代からのブランクが長すぎて体がいう亊を聞きません

彼女のように、道を歩きたい

いつだってないものねだり、本当は悔しいだけなのに怒りをつい人に向けてしまう、そんなちっちゃな自分が大きらいだ。おばあさんは言う。「わたしに用意された道は、今通ってきたこの道ひとつなのよ」ずーん、と響いた。彼女が潔く道筋を認められるのは、つらいことも幸せなことも全部受け止めて、“今”を大切にしているからだ。それっていちばん単純で、いちばん難しい。そんなふうに年を重ねたい。強く、憧れた。

野口桃子 『獣の奏者』のアニメ試写会で、あまりのクォリティの高さに感動感涙。スキマスイッチの曲もぴったり!

ひとつの境地を支えるもの

不満や焦りを過酷な過去の日々においてきたような、静かで心安らかな日々を生きるおばあさん。こういう風に年をとるって、きっと誰にでもできることじゃない。あるひとつの人生の境地はここにあるのかも。そんな彼女の穏やかな日々に、たとえばときどき息子からの電話がかかってきたりする。短くて簡単な電話でも、彼女の心は確かに深い深い安らぎを得たようにみえた。僕もちょっと祖母に電話してみようかな、と思った。

中村優紀 年末年始はひさびさの長いお休みでした。いろんな煩悩を振り払い、実家に帰ってしばしのんびりしました

たとえばまいにち灯りを点すとき

表紙〜折り返し部を開くと広がる街並みの中、灯りの点った一軒の部屋。それがおばあさんの家と取材で伺った。昔のようには身体が動かなくても、まいにち、できることを紡ぐおばあさん。「今日のわたしは、ちょっとへん」でも、「今日うまくいかなくても、明日になればきっと良くなるわ」。魔法の言葉だ。たとえば、帰宅して灯りを点すとき、そしてケトルを火にかけるとき、きっと、このおばあさんを思い出すんだろうなぁ。

岩橋真実 今月の「この本にひとめ惚れ」、帯付きの本書の表情と、訳者の岸惠子さんのインタビューをぜひご覧ください

読者の声

連載に関しての御意見、書評を投稿いただけます。

投稿される場合は、弊社のプライバシーポリシーをご確認いただき、
同意のうえ、お問い合わせフォームにてお送りください。
プライバシーポリシーの確認

btn_vote_off.gif