「文春ジブリ文庫」創刊! “今だからこそ読みたいジブリの世界”

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更新日:2013/8/13

 スタジオジブリのアニメ作品を一度も見たことがないという方は、あまりいないのではないだろうか。文藝春秋創業90周年記念事業として立ち上げられた「文春ジブリ文庫」は、そんなジブリの世界をもっと深く知り、今までとは少し違った角度から観られるようになる新レーベルだ。本稿では「なぜいまジブリなのか」という視点から、文春ジブリ文庫の魅力について解説しよう。

子どもから大人まで、幅広い世代に愛されるジブリ作品

 ダ・ヴィンチ電子ナビ読者に「好きなジブリ作品は?」というアンケートをとってみたところ、1位「となりのトトロ」(342票)、2位「天空の城ラピュタ」(213票)、3位「風の谷のナウシカ」(172票)、4位「魔女の宅急便」(161票)、5位「千と千尋の神隠し」(153票)という結果だった。

 世代別で見ると、20代では「風の谷のナウシカ」よりも「もののけ姫」の票数が多いというのが興味深い。「風の谷のナウシカ」は劇場公開から29年経っているので、20代以下の方にとっては「生まれる前の作品」ということになる。生まれる前の作品より、16年前に公開された「もののけ姫」の方がより身近に感じられるということなのだろう。

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 作品に触れた年代によって、受け止め方も変わる。子どものころ観たのか、思春期に観たのか、学生時代に観たのか、社会人になってから観たのか……それぞれの作品公開年と、その年にあった大きなできごとを年表にまとめてみたので、自分がいつごろ観たのか、そのころ何が起きていたかを思い起こしてみて頂きたい。

ジブリ作品年表

「ジブリの教科書」とは?

 そんなジブリ作品の世界を、より詳しく知るための解説書が「ジブリの教科書」だ。シリーズ第1弾は、ジブリの原点である「風の谷のナウシカ」だ。ご存知の方も多いと思うが、映画「風の谷のナウシカ」の制作はスタジオジブリではない。そして、制作当時は原作マンガが完結していない段階だったので、映画版のストーリーは原作とは異なっている。そういったナウシカ誕生までの物語や、あの世界観の背景にあるものを、高畑勲氏や宮崎駿氏へのインタビュー、鈴木敏夫氏による回想録、作家・評論家によるさまざまな視点から解き明かしている。一部を抜粋して紹介させていただこう。

『ジブリの教科書1 風の谷ナウシカ』

スタジオジブリ+文春文庫 編

凶暴な美しさを秘め、友愛を体現する唯一無二のヒロイン像と圧倒的なSF世界ー1984年公開の映画『風の谷のナウシカ』は戦後のカルチャー史の中でも異彩を放つ作品だ。当時の制作現場の様子を伝える貴重なインタビューに加え、映画の魅力を立花隆、内田樹、満島ひかりら豪華執筆陣が読み解くジブリの教科書シリーズ第1弾。

○ 立花隆氏 「前人未到の巨大世界、ナウシカ」
結局、映画『ナウシカ』が発表された翌年に再開された原作コミックの連載は、その後九年かけて九四年に完結することになる。そしてこの間に、リアルな世界のほうではソ連が崩壊し、冷戦が終結し、世界の冷戦構造も消え去るという世界史的大異変が生じた。ある意味で、ナウシカの背景をなしていた世界構造は、冷戦構造の世界だった(P21)

○ 鈴木敏夫氏 「汗まみれジブリ史 今だから語れる制作秘話」
もう時効だから話しましたが、映画『風の谷のナウシカ』誕生のきっかけは博打だったんです(P52)

○ 内田樹氏 「二つの『ナウシカ』――物語に選ばれた人」
『(マンガ版)ナウシカ』は、宮崎駿さんが「自分が描きたいものを描く」というやり方で仕上げた作品ではなく、作品の方が宮崎駿さんを「自分を表現させるための通路として使役した」というのに近い状況であったのではないか(P126)

○ 椎名誠氏 「夢と生きる力を与えてもらったナウシカ」
この作品は、かつて感じた以上に話の奥が深く、とてつもないロマンと噴出する生命賛歌に満ちており、仰天するほどに、未来への警鐘に満ちた「大人の読み物」でもあったのだな、ということに気がついたのだった(P204)

○ 長沼毅氏 「腐海の生物学」
原油流出事故といえば、1989年に発生した「エクソン・バルディーズ号」の事故が史上最大の生態系災害といわれている(中略)20年以上経ってもまだ修復が終わっていないのだ。汚染された土地を腐海が浄化するのに数千年かかるという物語の設定が重く心にのしかかってくる(P215)

○ 川上弘美氏 「ナウシカの情熱」
あのころ、私は自分が、そしてナウシカという少女の存在が、耐えがたかったのだ。何度も言うようだが、強すぎる自意識のために。現在の私は、自分も、そしてほかの人間も、嫌うほどにはたいしたものだとは思わなくなった。ナウシカという少女も、生態系の中の一生物、人間という種の中の一個体にすぎない、と思えるようになった。私は決して特別ではないように、ナウシカだって特別ではないのだ(P229)

○ 佐藤優氏 「『風の谷のナウシカ』と国家」
宮崎駿氏が、どこまで自覚的に物語を構築したかは別にして、『風の谷のナウシカ』は二十一世紀における国家、戦争、さらに国家に対する非対称の国境を越えるテロリズムの脅威について、深く理解するための教科書である(P240)

○ 大塚英志氏 「『風の谷のナウシカ』解題」
ぼくは3.11の後、海外のアニメーション研究の学会で外国人たちが、日本は何故、ジブリ作品を含め核をめぐる寓話を描いてきながら(『ナウシカ』はやはり「核」の問題を描いた、と理解されている)フクシマの問題を引き起こしたのだ、と聞かれた。そして、いや、まんがやアニメと現実は違うし、と答えかけた自分に愕然とした(P310)

○ 満島ひかり氏 「遅く起きた頭のがんがんする朝に」

満島ひかり
いちばんに、風の谷の族長ジルの子ナウシカ(この名乗り方、すてき)の、風に乗ってメーヴェで空を飛ぶ姿が好き。映画でも漫画でも、シンプルで澄んでいる。どんなに過酷な状況でも、どんな表情をしていても、彼女が空を飛ぶ姿は心の底から美しい(P196)

「作画汗まみれ」とは?

 こちらは伝説の作画監督、大塚康生氏の回想録だ。初稿は徳間書店の「月刊アニメージュ」1981年3月号から1982年2月号まで連載されたもので、1982年12月にアニメージュ文庫として刊行されている。それが19年後の2001年5月に「増補改訂版」として単行本化され、31年後の今回は「改訂最新版」として文庫化、通算3度目の刊行だ。文庫化にあたっては、高畑勲氏と宮崎駿氏に関する記述を中心に加筆修正が行なわれている。設立当初の東映動画で育った大塚氏の「キャラクターを動かすことによって、キメの細かい演技をさせるのがアニメーション」という視点と、それによって「世代を超えて鑑賞できる映画を作りたい」という願いをもとに書かれた本だ。60年代以降のアニメ制作の歴史が、「職人」の視点から綴られている。大塚氏によるイラストが随所に散りばめられており、非常に密度の濃い1冊だ。

『作画汗まみれ 改訂最新版』

大塚康生・著

多くのアニメファン、仲間から慕われ、高畑勲、宮崎駿と共に青春時代を過ごした職人的アニメーター大塚康生。麻薬Gメンからアニメーターになった異色のキャリアから、『太陽の王子ホルスの大冒険』等で高畑、宮崎らと過ごした熱き日々までー日本アニメーションを黎明期から支えた氏が語る数々の傑作アニメ誕生の舞台裏。

文春ジブリ文庫創刊の経緯

 スタジオジブリは徳間書店のアニメージュから生まれたということもあり、今回はなぜ文藝春秋による文庫化なのか?と不思議に思う方も多いだろう。スタジオジブリに関する書籍は、スタジオジブリを生んだ徳間書店(アニメージュ)はもちろん、角川書店、新潮社など、さまざまな出版社から刊行されている。それを一つにまとめる形で、次の世代に繋いでいきたいという鈴木敏夫氏の意向があったそうだ。また、文藝春秋は映画に関する出版物を多く手がけており、映画に対する関心も非常に高いと評価していたとのことで、「だったらぜひウチにやらせて欲しい」と、文藝春秋から鈴木氏に企画を持ちかけたという。つまり今回の文春ジブリ文庫は、スタジオジブリに関する書籍の総決算ということになるわけだ。

 文庫化にあたっては、例えば徳間書店から刊行されていたフィルムコミックは「風の谷のナウシカ」は4分冊されているが、これを文春ジブリ文庫のシネマ・コミックでは1冊にまとめる再編集を行なっている。単純に縮刷したわけではないのだ。その再編集工程が、宮崎駿氏と高畑勲氏の「すべてのセリフ・すべてのシーンを載せること」という指示のもとに行われており、ギュッと濃縮されてはいるが欠けている部分はないという1冊になっている。

シネマ・コミック「風の谷のナウシカ」

 映画館で観る時には、気になるシーンがあったとしてももちろん巻き戻すことはできない。DVDやブルーレイなどのパッケージであれば静止したり巻き戻し再生したりできるが、それでも流れの中では画面の端の細かな描写に気が付かない場合も多いだろう。すなわち、シネマ・コミックの魅力はストーリーをちゃんと追いつつ「止め絵」をじっくり見られるという点にある。止め絵だからこそ初めて気づくような描写や、その場面の意図に気づくということもあるのではないだろうか。映像を見る時というのはどうしても動いている部分に目が向いてしまうが、こうして止め絵で改めて背景を見ると「ここまで細かく書き込まれていたのか!」と驚かされる。

シネマ・コミック「風の谷のナウシカ」中面

(c)1984二馬力・GH

 どのカットを選ぶのか、セリフをどの場所へ入れるのか、効果音をどう表現するかといった部分は、編集の腕の見せ所だろう。とくに、動きのあるシーンを限られたスペースでどう表現するかというのは、結構難しい部分だと思う。ただ、何度も見た映画のシーンなので、読んでいると省略されているコマが自然に脳内で補完されるような気がする。下図は、映画の冒頭で、腐海から飛んできたナウシカがメーヴェから降り立つシーンだ。

『シネマ・コミック1 風の谷のナウシカ』

(原作・脚本・監督 宮崎 駿)

産業文明が滅びてから千年。瘴気を発する腐海に人々はおびえて暮らす中木々を愛で、蟲と心を通わせる少女ナウシカの壮大な物語が幕を開ける――スタジオジブリの設立のきっかけとなった不朽の名作を、繊細で鮮やかな画とともに文庫版として新たに編集したシネマ・コミック。映画の全カット、全セリフを掲載した愛蔵版。

シネマ・コミック「風の谷のナウシカ」中面2

(c)1984二馬力・GH

 文庫化でコンパクトになったスタジオジブリの世界を、ぜひバッグに入れて持ち運んで頂きたい。それが文庫の魅力だ。

文春ジブリ文庫刊行スケジュール

第1期
2013年 4月 風の谷のナウシカ 「ジブリの教科書」「シネマ・コミック」大塚康生「作画汗まみれ」
2013年 5月 天空の城ラピュタ 「ジブリの教科書」「シネマ・コミック」
2013年 6月 となりのトトロ 「ジブリの教科書」「シネマ・コミック」
2013年 10月 火垂るの墓 「ジブリの教科書」「シネマ・コミック」

第2期
2013年 12月 魔女の宅急便 「ジブリの教科書」「シネマ・コミック」
2014年 2月 おもひでぽろぽろ 「ジブリの教科書」「シネマ・コミック」
2014年 4月 紅の豚 「ジブリの教科書」「シネマ・コミック」
2014年 6月 平成狸合戦ぽんぽこ 「ジブリの教科書」「シネマ・コミック」

第3期
2014年 10月 耳をすませば 「ジブリの教科書」「シネマ・コミック」
2014年 12月 もののけ姫 「ジブリの教科書」「シネマ・コミック」
2015年 2月 ホーホケキョとなりの山田くん 「ジブリの教科書」「シネマ・コミック」
2015年 6月 千と千尋の神隠し 「ジブリの教科書」「シネマ・コミック」

第4期
2015年 8月 ハウルの動く城 「ジブリの教科書」「シネマ・コミック」
2015年 10月 ゲド戦記 「ジブリの教科書」「シネマ・コミック」
2016年 2月 崖の上のポニョ 「ジブリの教科書」「シネマ・コミック」
2016年 4月 借りぐらしのアリエッティ 「ジブリの教科書」「シネマ・コミック」

文春ジブリ文庫公式サイト