数学は史上最高のエンターテイメント 数の世界の感動体験をあなたにも!

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更新日:2014/1/29

「算数」「数学」の文字を見ただけで苦手意識が働いてパスしてしまう人は多いだろう。そんな数学アレルギーの人の固定観念を払拭するべく、“数”の世界の魅力を伝え続けている桜井進さんの本が、昨年から売れ続けている。その名も、『親子で楽しむ! わくわく数の世界の大冒険』。テレビや講演会などで、数学をエンターテインメントとしてアピールしている内容の一部を、絵本にするという新しい発想がヒットにつながった。

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桜井 進
さくらい・すすむ●1968年山形県生まれ。東京工業大学理学部数学科卒業。同大学院社会理工学研究科価値システム専攻卒業。2000年、サイエンスナビゲーターとして数学の驚きと感動を伝える講演活動を開始。著書に『面白くて眠れなくなる数学パズル』『夢中になる!江戸の数学』『感動する!数学』『雪月花の数学』など多数。

「これはもともと『毎日小学生新聞』で連載していたものですが、中学受験とはまったく関係ないところでスタートしました。この本の表紙を見ていただければわかるように、“算数”とか“数学”といった言葉さえもどこにも入れていません。勉めを強いるなんていう一番悪い“勉強”の二文字はもちろん、“学習”“学ぶ”といった文字もありません。逆にどうしても入れたかった言葉は“楽しむ”。つまりこれは、ひたすら楽しむだけで終わる本なのです」

 ページをめくってまず目に飛び込むのは、ふわこういちろうさん描くカラフルな絵とキャラクターたちだ。ヒック船長と主人公の少年プーラス、プーラスの相棒でクマのカッケルが案内してくれるのは、普段、見慣れている0から9までの数が作り出す不思議な世界。誕生日がわかる数あてマジック、知ってびっくりする魔法の計算方法、数の謎解きミステリー……。

「最初にイメージしていたのは、連載を読んだ子どもが数の不思議を面白がって、両親や祖父母に話して聞かせたくなることです。この連載が一家団らんのネタになって、一家全員で盛り上がってもらう。そのために誰が読んでもわかりやすくするため、専門用語は入れませんでした」

 タイトルの「数」という字にも、意味がある。

「“数”と“数字”はまったく違うことを強調したかったんです。“まったく”違うものなんですよ。それなのにほとんどの人は、数と数字を同じものだと思って使っています。数字は印刷された“文字”です。これにはアラビア数字、漢数字、ローマ数字……、いろいろありますね。英語で数字はフィギュアといいます。スケートのフィギュアと一緒で“形”を意味するのです。ところが数には形がありません。この世には存在していない。つまり概念なのです。それなのに絶大なリアリティを持っている。そのことを最初に発見したのが、2500年前のギリシャ時代の偉大な思想集団です。ピタゴラス、プラトン、アルキメデス、アリストテレス、ソクラテスといった人たちのおかげで、数学だけでなく天文学、物理学、政治経済などの壮大な物語がはじまった。数学というのは文字通り概念上の形や数の世界にあるルールを探究する学問ですから、その世界は非常にドラマティックなのです。人類が生み出した史上最高の芸術、普遍的な至極の芸術といってもいい。それぐらい美しい数学の魅力を知ったときの感動は、言葉になりません。人間は素晴らしい。こんなにも美しいものを使いこなして。本当に驚きの連続です。それなのに数学嫌いな人が多いことが、残念で仕方ないのです」

私たちの日常に溢れている
数の世界の不思議

 数学嫌いを多く生み出している一番の弊害は、もっとも感性豊かな時代に巻き込まれる受験社会だ。

「日本人は元来、数が好きなんです。江戸時代には和算が庶民の間で広まって、究極の計算機の日本式算盤を生みだした、世界に誇る数学大国です。今でも数独パズルは人気ですし、数学は嫌いでも日常的な計算は嫌いじゃない、数字そのものは好きな人が多いんですね。ところがみんな受験勉強のなかでテストのためだけの受験算数を強いられて、数学アレルギーになってしまっている。数学が合格するための単なる手段になり下がって、本来の楽しみを知らないままでいるのです」

 かくいう桜井さんも受験を経験したわけだが、そのずっと前に数の魅力にとりつかれたことが幸いした。

「子どもの頃は電子工作が好きで、特にラジオの設計にハマッたラジオ少年でした。電子工作には必ず計算が必要ですから計算は大好きで、電卓をがちゃがちゃ押しては遊んでいたんです。電卓って押せば押すほど真実の値を返して、いろんなことを教えてくれるんです。でも電卓はものを言わないから、なんでこんな値になるんだ?とか無言の対話をくり返しながら数の不思議な世界にハマっていった。一方で算盤も習っていたのですが、こちらは大の苦手でなかなか進級できず、6年生でようやく4級をとって3級なんて冗談じゃない!と逃げ出した(笑)。僕には算盤より電卓のほうが性に合っていました。

 もうひとつこだわったのはスピードです。中学時代は山形県でトップレベルの陸上部に入っていて、速さを競う生活をしていたので、計算でもスピードを追求していました。筆算も、算盤も、電卓も使わず、できるだけ早く答えを導き出す計算方法を考え出したらどんどん楽しくなっていった。つまり遊びの延長で数学の面白さに目覚めていったのです」

 中学時代は天文学者や物理学者の本を読み漁り、世界は数学で成り立っていることを知り感動した。その後、科学者の夢を捨てきれずに山形大学から東京工業大学数学科へ。在学中、塾の講師を経験して受験算数の弊害を目の当たりにしたことがきっかけで、数学エンターテインメントの伝道師「サイエンスナビゲーター」となったのだ。

「数学と聞くと小難しく感じるかもしれませんが、実は私たちにとってとても身近なものなのです。例えば西洋の絵画や建築物でよく使われている美と調和を象徴する黄金比(1:1.618…=約5:8)は、私たちが普段やりとりしている名刺にも使われていますよね。日本の建築物などの美を象徴する白銀比(1:√2=1:1.414…=約5:7)は、A判とかB判のコピー用紙やノートの縦横の比率です。こういう話を中高生にすると、次の日からメジャーを持ってあちこち測りはじめると先生たちから連絡が入ります。僕はそれを聞いてとても嬉しくなるんですね。測ることが数学の原点ですから。女性の顔の美しさにも、実は比率が関係していると思っています。今はかなり知られていますが、顎の先端と両方の眉の端を結んだ線の角度が45度なら美人角だと考えついたのは僕なんですよ。なぜ45度にこだわったかというと、正方形を対角線で折ると45度と45度の直角二等辺三角形ができるでしょう。これを比になおすと、1:1:√2で約5:5:7。五七五の俳句と同じで、日本の浮世絵や茶道などのあらゆる美に用いられている。これを僕は雪月花の数学と呼んでいます。そういうことを書いた著書を、テレビや雑誌が面白がってかなり取り上げてくれました」