「脱社畜」への道── 市民派弁護士宇都宮健児 + 脱社畜ブログ管理人日野瑛太郎

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更新日:2014/4/18

2014年4月1日。やや遅まきの桜前線の北上にさきがけ、この日全国で一斉に開花したのは、希望に胸を膨らませたビジネス・フレッシュマン&ウーマンたちだ。しかし、そんな彼らをも取り込もうと、虎視眈々と狙っているのが「社畜への道」である。サービス残業、消化できない有給休暇、パワハラ&セクハラによる精神的ストレスなどなど……。そんな労働環境であっても違和感を覚えない「社畜」にならないためには、どんな意識が必要なのか。市民派弁護士の勇、宇都宮健児氏と、新著『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)が好評の「脱社畜ブログ」管理人、日野瑛太郎氏に意見を交わしていただいた。

「あたりまえでない」からこそ「あたりまえ」のことが注目される

──「脱社畜ブログ」は月間50万PV、新刊著書『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)も順調に版を重ねているそうですね。管理人&著者である日野さんの率直な感想は?

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日野瑛太郎

日野瑛太郎
ひのえいたろう●1985年生まれ。東京大学工学部卒。東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。大学院在学中に起業するも失敗。結局、大学院修了後に民間企業に就職する。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき「脱社畜ブログ」を開設。ブログは一躍月間約50万PVの人気ブログになる。現在は会社を退職し、フリーランスでソフトウェア開発を行いながら、ブログと著書で情報発信をしている。著書に『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)、『脱社畜の働き方』(技術評論社)がある。

日野:本やブログの記事を多くの方に読んでいただけていることについては、率直に嬉しく感じています。「会社」という閉鎖的な組織の中でしか通用しない独自の価値観を押し付けられて、それで苦しんでいる人が「おかしいのは会社のほうだ」と、僕の本やブログによって気づいてくれたとすれば、これに勝る喜びはありません。
とはいえ、僕の本やブログに書いてあることは、一言で言えば「あたりまえ」のことばかりです。「あたりまえ」のことばかり書いてあるブログや本が、これだけ注目されてしまうということは、それだけ日本人の働き方が「あたりまえでない」という表われでもあると思いますので、その点については素直に喜べないという気持ちも当然あります。

──複雑なところですよね。そこで本日は、日野さんのご出身である東大の先輩にもあたる、弁護士の宇都宮健児さんをお呼びしました。一緒に、法的な観点からも「脱社畜」への道を考えていきましょう。

日野:宇都宮先生は尊敬する大先輩です。

宇都宮:先輩かも知れないけど、卒業していないんだよね(笑)。

日野:いえ、在学中に司法試験に合格されたのですから、すごいですよ。

宇都宮:日野さんも大学院在学中に起業されたんでしょう?

日野:はい、うまくはいきませんでしたが……(苦笑)。

多忙な業務に追われる弁護士に「残業代は出る?」

──では最初に、お二人が体験した職場の勤務環境を教えてください。

宇都宮:弁護士の場合、独立できるまでは誰かの法律事務所に雇われますね。事務所のオーナー弁護士は「ボス弁」、雇われ弁護士は居候を意味する「イソ弁」などと呼ばれます。私は独立できるまでに13年ほどかかりましたので、「イソ弁時代が長いね」とよく弁護士仲間たちから言われていました(笑)。

宇都宮健児

宇都宮健児
うつのみやけんじ●1946年生まれ。1968年、東京大学在学中に司法試験合格。71年より弁護士活動を開始し83年、「宇都宮健児法律事務所」(現・東京市民法律事務所)設立。以降、サラ金、ヤミ金による多重債務問題、消費者金融問題の草分け的弁護士として、一環して、被害者の救済に取り組む。日弁連消費者問題対策委員会委員長、日弁連多重債務対策本部本部長代行、東京弁護士会副会長、年越し派遣村名誉村長などを歴任。2010年〜2011年、日弁連会長を務める。被害者救済にあたり、豊田商事事件、地下鉄サリン事件、KKC事件、オレンジ共済事件なども手掛ける。著書、テレビ出演等多数。

労働環境としては、弁護士の場合は、携わる案件によりフレックスな働き方をするというパターンもあれば、定時出勤などのパターンもあり、事務所もしくはボス弁との契約の仕方によってさまざまです。私が最初に勤めた事務所は、時間的な拘束は緩く、その代り「ちゃんと仕事してね」という感じでしたね。

日野:「ちゃんと仕事をする代わりに時間的な拘束は緩い」というのはフェアだと思いますね。

宇都宮:ただ弁護士の場合、依頼主を始めとする訴訟関係者との面談や、書類作成や弁護対策を練る時間など、夕方定時で業務が終わらないことはざらですね。そして残業代が出ないこともざらですよ(笑)。

日野:うーん(笑)。

宇都宮:それでも勤務時間・労働体系を巡って、雇用者と訴訟トラブルになる、ということは、まあ聞いたことはないですね。まあ弁護士の場合はイソ弁であっても、事務所の仕事とは別に自分個人の依頼主を抱えるというケースがあり、そうしたオプション収入も見込めるので不満は出ないのかもしれません。

日野:そうですね、独立がほぼ定石の弁護士さんの場合、一般のサラリーマンとはちょっと世界が違うのかもしれません。たとえばサラリーマンでも、外資系コンサル企業に3年勤めて、独立して起業する人なんかもいます。最初から目標を持ち、ある一定期間勤めた後に独立する。僕はそうした働き方はもちろん「あり」だと思っています。

一方で、僕が大学院時代に起業したのは、もうちょっと消極的な理由からでした(苦笑)。新卒で入社してうまくやっていく自信が無かったので、友人と会社を作って試しにやってみたわけです。大学には少数ですがそういう進路を取る人もいて、社畜にされるぐらいなら自分たちも挑戦してみようかな、と考えたのです。でも残念ながら事業はうまくいかず、結局、大学院修了後にソフトウェア開発をしている企業へ就職しました。

──ソフトウェア開発会社といえば、サービス残業+徹夜勤務もあたりまえで「社畜量産業界の有力候補?」との声も聞こえてきますが、日野さんのお勤めになった会社の環境は?

日野:服装は自由でしたが、基本的に朝には出勤してミーティングに出ていました。ソフトウェアの仕事には厳守すべき納期があります。この納期前になると泊まり込みをする人も出てきます。僕は「絶対に泊まり込みはしない」と決めていたのでタクシーを使ってでも帰っていましたが、中には泊まり込み続けてほとんど会社に住んでいるような状態になる人もいましたね。また、インターネット上で稼働しているソフトウェアを手掛けていましたので、アクセス過多等でトラブルが発生した際の「緊急対応」は、曜日・時間を問わず、よくありました。休日に遊びに出かけている先でアラートメールを受け取り、真っ青になるようなことも少なくなかったですね。ただ、残業代はしっかりと支給してくれる会社でした。

宇都宮:会社というのは、社員に残業をさせたら「残業代を払う」、これは本来、あたりまえのことなんですけどね。就業規則や雇用規約で決められた社員の所定労働時間が、1日7時間、1週間35時間であったとします。この社員がある日10時間働いて、3時間残業した場合、そのうち1時間は法定内残業ですので割増賃金にはなりません。ですが、2時間分は法定が残業となるので「割増賃金で支払う」というのが、法律が定めた本来あるべき残業代の姿なんですね。

「有給取りますんで!」と主張できない事情とは?

会社勤め(フルタイム)に関するアンケート

──では次に、ダヴィンチNEWSが調査した20代~30代男女アンケート結果(有効回答数560名)をもとに、話を進めていきましょう。右のグラフは「残業」と「有給休暇の消化」に関するアンケート結果です。

宇都宮:「残業」に関しては、ちゃんと残業代が支払われているのかどうかが気になりますね。

日野:残業がほぼ避けられない職務の場合、自分で勤務時間や仕事の進め方などを自由にコントロールできる「裁量労働制」という契約にされることがよくありますよね。その結果、実際は12時間ぐらい働いたのに、会社側には8時間とみなされ、なんだかキツネにつつまれたような感じになる。

宇都宮:また、「有給休暇」に関しては、「消化する権利」があるのだから、そこはやはり主張していいわけです。

日野:その権利の主張が「会社の空気」によって巧妙にかき消されてしまうんですよね。有給休暇の取得については、会社が従業員を妨害するというよりは、従業員同士でお互いに牽制しあってそれで取りづらくなっていることが少なくないと思います。「みんな忙しいのにお前だけ有給か」みたいなモヤが漂い、結局、みんなで有給を我慢しているみたいなところがありますよね。その空気も押しのけて「有給取りますんで!」と実力行使すれば、今度は勤務評価に差し障るかもしれないと気になり、主張できない人は多いと思います。

また、社員全員が有給休暇を消化したら労働力が足りなくなる、という企業は多いのではないでしょうか。つまり「有給は全部は消化できない」ことを前提にした人材登用が考えられているとしたら、そこに問題があるような気がします。

宇都宮:そうですね、その結果、サービス残業もそうですが、長時間労働による過労死・過労自殺などにつながってしまう。これは日本の大きな社会問題で、世界的にも有名です。じつは調査でドイツに行った時に、「KAROUSHI」という名前の喫茶店があったんですよ。笑いたいが決して笑えない話です。

労働者の権利に関して熱弁をふるう宇都宮氏。

労働者の権利に関して熱弁をふるう宇都宮氏。

最近では、過労自殺に追い込まれた社員の遺族からの提訴も増えています。ひとりに長時間労働をさせず、もうひとり人材を雇用すれば、雇用も増えてまさに一石二鳥なのに、なぜか日本企業にはそういう発想が無いのですね。先だっての都知事選挙の際には「過労死防止条例を作る」という政策提言はしていたのですけどね……。

「社畜」は正社員だけでなくアルバイトにも及ぶ

──最近、某牛丼チェーンにおいて「ひとり勤務」「24時間労働」など、劣悪な業務環境の改善に「首都圏ユニオン」という団体が関与し、待遇改善がなされたそうですが?

宇都宮:はい、「首都圏ユニオン」というのは、会社に労働組合が無い人などが、誰でも参加できる労組団体です。アルバイトの人も、正社員もひとりで参加できます。そしてもし会社でトラブルがあれば、ユニオンの人が会社と交渉してくれるわけです。また困った際の駆け込み寺としては「日本労働弁護団」という団体もあります。ここは労働問題のスペシャリスト弁護士が1000名以上会員になっていて、電話相談もできます。こうしたことを皆さんは知りませんよね?

私がとても問題だと感じるのは、労働者が自分たちを守るための方法や知識に関して、教育不足で、まったく教えられていないということです。憲法の27条では賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準を法律で定めることになっており、28条では勤労者の団結権と団体交渉権が認められています。憲法といえば、最近では「9条問題」が盛んに議論されていますが、労働問題も同じくもっと議論されるべきですね。

日野:教育の問題に関しては、著書でも触れていると思いますが、宇都宮先生がおっしゃったことを僕もまさに思っていました。小学生の頃に職業体験のようなものがあって、例えば、ガソリンスタンドで簡単な仕事を体験させてもらったりして、「働く」とはどういうことなのか? を考えさせられたりするのですが、一方で「有給休暇とは」のような、労働者のあたりまえの権利についてはまったく教えてくれません。僕の場合は、父親が平日に家にいるのを見て「あ、これが有給休暇なんだ」と知ったわけです(笑)。もっとみんなが知るべき情報を教えるべきですね。

宇都宮:最近はアルバイトをする高校生も増えましたが、有給休暇はアルバイトでも使えるんですよ。きっとそうした「アルバイトの権利」はちゃんと教えられていないでしょうね。ですから今では、ブラック企業に酷使され、日野さんの言う「社畜」にされてしまうのは、正社員だけでなくアルバイトの人たちにも及んでいるというわけです。

日野:きっと、そういう働く側の権利は教えずに「アルバイトであっても店の顔なのだから、しっかりと責任を持って仕事をしろ」などと教育されているのでしょうね……。

 

※本記事は、東洋経済オンラインとの共同企画です。対談の続きはコチラ

⇒権利の主張が「脱社畜」への王道 宇都宮健児・弁護士に聞く

 

あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。

あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。

日野瑛太郎 / 東洋経済新報社

「脱社畜ブログ」で注目の日野氏が指南する、自分らしさを大切にした働き方、生き方のススメ。主な内容は、第1章「ここがヘンだよ、日本人の働き方」第2章「日本のガラパゴス労働を支える『社畜』第3章「社畜が生まれるメカニズム」第4章「脱社畜のための8か条」で構成されている。