異例の大ヒット! 人外×少女ラブストーリー『魔法使いの嫁』 ヤマザキコレインタビュー
公開日:2014/12/6
ヤマザキコレ マッグガーデン ブレイドC 各571円(税別)
羽鳥チセ15歳。身寄りも、生きる希望も、術も、何一つ持たぬ彼女を金で買い、「弟子」そして「花嫁」として自宅に招き入れたのは、悠久の時と寄り添う、ヒトならざる魔法使いだった……。イギリスを舞台にした異類婚姻幻想譚!
やまざき・これ●北海道生まれ。2013年に『ふたりの恋愛書架』(芳文社刊)にてデビュー。現在、オンラインマガジン・コミックブレイド(マッグガーデン)にて『魔法使いの嫁』連載中。
大ヒット作は、ある偶然から生まれた。
『ハリー・ポッターと賢者の石』
J・K・ローリング/著 松岡佑子/訳
静山社 626円(税別)
自分が魔法使いであることを知った孤児のハリー・ポッターは、ホグワーツ魔法学校に入学。さまざまな経験を通して成長していく。
父親は失踪、母親は目の前で亡くなり、身寄りも生きる希望も失った日本人の少女・羽鳥智世。しかし彼女には、人には見えないモノが見える能力があった。自らを裏オークションに出品した彼女を金で買ったのは、イギリスに住むヒトならざる魔法使い・エリアス。彼はチセを「弟子」そして「花嫁」として自宅へ招き入れ、魔法使いとしての教育を開始する――。
「人外×少女」という刺激的なキャッチフレーズと、読者を一気に引き込む圧倒的な世界観が、幅広い層からの支持を受けている、ヤマザキコレのファンタジー漫画『魔法使いの嫁』。今年4月に発売された第1巻は、発売初日に書店注文が相次ぎ、即日重版が確定。現時点ですでに第1巻と第2巻合わせて80万部を突破している。
この大ヒット漫画が世に出たのは、ある偶然からだった。昨年2月、ヤマザキさんが創作同人誌即売会用に発行した同人誌に、『魔法使いの嫁』の原型となる作品を掲載。たまたま通りがかった担当編集者の目に留まり、『月刊コミックブレイド』への連載が決定したという(現在は『月刊コミックガーデン』に掲載)。
「その同人誌には、本当は別の、もっとダークな話を載せるつもりだったんです(笑)。でもなかなかまとまらず、気がついたら締切まで1週間しかなくて。仕方なく、以前から温めていた『魔法使いの嫁』を一気に描き上げました。だからこそ、話がシンプルにまとまって、かえって良かったのかもしれません」
北海道で生まれ育ったヤマザキさん。もともと絵を描くことと読書が好きな子どもだったが、小学校高学年あたりから「日本の妖怪もの」に強く惹かれるようになったという。
「特に印象に残っているのは、吉川うたた先生の『すっくと狐』(ぶんか社刊)と、みなぎ得一先生の『足洗邸の住人たち。』(ワニブックス刊)。どちらも、人間と妖怪の関係性がとても面白くて、読みはじめたとたんに電流が走りました。基本的には幽霊や怪物が出てくるオカルト・ホラーが好きなんです」
「ハリー・ポッター」シリーズをきっかけに……。
『魔法少女レイチェル 滅びの呪文』(上)
クリフ・マクニッシュ/著 金原瑞人/訳
理論社 648円(税別)
邪悪な魔女が支配する、暗黒の星イスレアに連れてこられたレイチェルと弟のエリック。果たして彼らはこの星を救えるのか?
一方で、やはり小学生の時、友人の母親から「ハリー・ポッター」シリーズを勧められたのをきっかけに、「ダレン・シャン」シリーズや「ネシャン・サーガ」など、イギリスのファンタジー小説に傾倒していった。
「中でも好きだったのが「レイチェル」シリーズです。“一人の大魔女が圧政を敷くある星に、レイチェルとエリックという地球人の姉弟がさらわれてきて、大魔女と戦うことになる”というお話なんですが、主人公のレイチェルがとにかくかっこよくて。いつか、レイチェルのような素敵な女の子を描きたいという気持ちは、ずっと私の中にありました」
過酷な運命に翻弄されながらも、エリアスと共にさまざまな経験を重ね、魔法使いとして、一人の女性として、少しずつ成長していくチセは、そんなヤマザキさんの思いから生まれたキャラクターだ。
なお、「ハリー・ポッター」シリーズからたどり着いたのは、小説だけにとどまらなかった。元ネタを調べていくうちに、ヤマザキさんはイギリスやドイツ、アイルランドなどの伝承そのものに興味を抱くようになったという。
「新紀元社さんのファンタジーシリーズから始まって、徐々に専門的な本を読むようになりました。冨山房さんの『妖精事典』は今でも愛読しているし、話の展開や登場させる妖精を考える際に、たくさんのヒントをもらっています。ただ翻訳ものの場合、文献によっては、日本語訳のせいで雰囲気が壊れてしまっているものもあるような気がして。できればラテン語と英語を勉強して、さまざまな書物を原語で読めるようになりたいと思っています」
伝承の生き物たちが好きなヤマザキさんが、チセの「師」であり「夫」でもある魔法使いのエリアスを「ヒトならざる者」としたのは、当然のなりゆきだといえるかもしれない。
「私は人狼が好きで、もともとは人狼と女の子の話を描きたいと思っていました。ただ、人狼についてはすでに描き尽くされてしまっている感があって。どうすれば独自のキャラクターになるだろう、と考えていた時に『そうか、皮をなくせばいいんだ』と思いつき、大型犬の頭蓋骨と魔法の象徴であるヤギの角を組み合わせることにしました(笑)。それから、私は王子様的な男の子を書くのが苦手なので、エリアスに関しても、これから少しずつ自分勝手な部分も出てくるだろうな、と。今はまだ、チセのありのままを受け入れてくれているように見えますが、エリアスにもいろいろと事情があります。またチセを、ただ優しさに溺れていくような子には描かないつもりです」
この世界には、美しいものがたくさんある。
『ダレン・シャン ―奇怪なサーカス―』
ダレン・シャン/著 橋本 恵/訳
小学館 713円(税別)
偶然、奇怪なサーカスのチケットを手に入れたダレン・シャン少年。しかしサーカスを見に行った夜から、彼は数奇な運命を背負うことに。
現在、北海道に腰を据え、作家活動を行っているヤマザキさん。大自然に囲まれた生活が、創作活動に与える影響は大きいという。
「子どもの頃から、お盆には母の実家のある山奥に行ったり、農作業を手伝ったりしていたので、自転車で少し走れば原生林があるという環境は、とても落ち着きます。北海道とイギリスは気候的にも似ているそうなので、イギリスの自然を描く際に、身の回りの風景を参考にしている部分もありますね。実は東京にも1年ほど住んだことがあるんですが、なかなかペースについていけなくて。結局北海道に戻ってしまいました」。
また近くに住む家族も、さまざまな形でヤマザキさんの活動をサポートしている。
「『将来は物語を作る人になりたい』という思いを持ち続けていられたのは、家族が応援してくれたおかげです。昔から私が描いたものを見せると『うまく描けてるね』とか『ちょっと首が長いんじゃない?』とか、率直な感想を聞かせてくれたし、就職に失敗した時、『早く漫画を描きなさい』とはっぱをかけてくれたのも両親でした。あと、母や姉が朝、起こしに来てくれるおかげで、生活のリズムが保たれている部分があるかも(笑)」
そんなヤマザキさんの目下の悩みは、仕事が忙しく、読書を含め、なかなかインプットの時間がとれないことだ。
「時間ができたら、やはりイギリス周辺を旅行したいですね。特に興味があるのは、古い伝承が残っているマン島とアイスランド。アイスランドには、『アイスランド魔術博物館』があるんです。それから、アイスランドの最高裁判所が、『道にも岩にもエルフ(妖精)が住んでいるから、高速を作らないでほしい』という自然保護団体の訴えを受け、判決が下るまで建設をストップさせていたらしくて。今、とても気になっている国の一つです」
ファンタジーと大自然と家族をこよなく愛するヤマザキさんらしく、『魔法使いの嫁』の各エピソードには、いずれも救いのある結末が用意されている。
「私は本当は、もっと救いのない、重い話が好きなんです。ただ、救いがないと、読んでくださる方も描くこちらもしんどいですよね。もちろん、救いのある話もない話もどちらも楽しいのですが、今は現実社会にあまり余裕がないように思われるので、せめて本の中だけでも、ある程度の救いが必要な気がして。『確かに大変なことも多いけど、世界には美しいものもたくさんあるんだよ』というメッセージが、少しでも伝わるといいな、と思っています」
取材・文=村本篤信
©ヤマザキコレ/マッグガーデン