読売新聞×ダ・ヴィンチ ミステリーブックフェア2015 【鼎談】今野 敏×湊 かなえ×間室道子(代官山 蔦屋書店 文学担当)<前編>

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更新日:2017/6/30

本格警察小説の旗手として日本推理作家協会の代表理事も務める今野敏さんと、デビュー作「告白」で本屋大賞を受賞以来、ヒット作を送り出し続ける湊かなえさん。ミステリー界が今もっとも注目するお二人が、読書のプロである書店員の間室道子さんを交えて「読書の醍醐味」「ミステリーの作り方」など大いに語った鼎談を、前後半の2回にわけて代官山 蔦屋書店よりたっぷりとお届けします。

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(右)「本屋さんでは独特の高揚感に包まれる」湊 かなえ
みなと・かなえ/広島県生まれ。主婦業をこなしながら2005年に「BS-i新人脚本賞」に佳作入選。07年、「聖職者」で小説推理新人賞を受賞。09年、「聖職者」を収録した「告白」が本屋大賞を受賞。デビュー作での本屋大賞受賞は史上初。同作は映画化され、その後も「夜行観覧車」、「Nのために」など多数の作品が映像化されている。12年には、「望郷、海の星」で日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞。最新刊「絶唱」が好評発売中。

(左)「課題図書や感想文はなくてもいいかも」今野 敏
こんの・びん/北海道生まれ。上智大学在学中の1978年に「怪物が街にやってくる」で問題小説新人賞を受賞。06年、「隠蔽捜査」で吉川英治文学新人賞を受賞。08年「果断 隠蔽捜査2」で山本周五郎賞、日本推理作家協会賞を受賞。13年より日本推理作家協会理事長(現・代表理事)に就任。「隠蔽捜査」、「安積班シリーズ」、「ST 警視庁科学特捜班」など映像化作品も多数。本格警察小説の第一人者であるとともに、アクションやSFなど幅広いジャンルを執筆する。

本屋さんは未知の世界

今野 敏

間室:私は実家が書店で、生まれた頃から本に囲まれて育ったのですが、お二人の本との最初の出会いは何でしたか?

今野:実は、小学生の頃は小説、特にミステリーが嫌いだったんですよ。当時、ミステリーといえばエラリー・クイーンなどの本格ミステリーが中心で、「読者に挑戦」するという姿勢に腹が立って(笑)。だから、漫画ばかり読んでいました。小説を読み始めたのは、中学に入って友達に薦められた北杜夫からですね。

:私は、実家が農家で朝が早かったので、起きると一人ということが多く、その代わり母親が「怪盗ルパン」シリーズを置いていてくれたんです。でも、3冊しかなかったので、図書館で続きを探すようになって、そこで江戸川乱歩や赤川次郎に出会いました。

今野:図書館もそうですが、本屋という空間はすごく特別で、子供の頃はドキドキしませんでしたか? 僕も初めて北杜夫を買いに行った時、圧倒的な本の量に囲まれて不安になりました。

:私の実家(広島県因島)の近くには本屋がなく、中学3年生の時にようやく開店したんです。それで、ちょうど新聞広告に載っていた与謝野晶子訳の「源氏物語」を「中学生で読むなんてカッコいい!」と背伸びして買いに行ったことを覚えています。未知の世界に囲まれる独特の高揚感がありますよね。

本が作る意外な出会い

間室:近所に本屋が出来たことで、湊さんの読書人生は変わりましたか?

:読書友達との交流が盛んになりました。高校生の頃、アガサ・クリスティーが大好きだったのですが、お小遣いで全部集めるのは難しいじゃないですか。だから、同じミステリー好きの友達と「私はミス・マープルを集めるから、あなたはポワロをお願い!」って分担して(笑)。読み終わったら交換して感想を語り合ったり、とても素敵な思い出です。

今野:心に残る本に出会うと誰かに薦めたくなり、そこから人間関係が深まっていきますよね。同じ本を読むことで、相手の感性や考え方がダイレクトに伝わる部分がある。

:青年海外協力隊の隊員として2年間トンガに在住していた時も、日本人の集会所に隊員たちの「マイベスト」が集まる本棚があって、本を通じて様々な感性に刺激を受けました。ただ、新刊は年に1度、ひとり2冊しか頼めなかったので、「私はこれを買うから、あなたはこっちね」って。高校生の頃と同じですね(笑)。

今野:読書とはそういうものだと思います。僕の作家人生に大きな影響を与えたクライブ・カッスラーの「タイタニックを引き揚げろ」も、レコード会社時代の同僚が偶然持っていたものでしたし、ミステリーと同じく、意外なところに意外な出会いがあるんですよね。だから、面白い。

広がりと自由をもたらす読書

湊かなえ

間室:そうした出会いがありつつ、今はお二人とも物語の作り手となっているわけですが、改めて読書の醍醐味とは、どんなところにあるとお考えですか?

今野:読書とは、読者が自分の好きなように想像力で世界を作っていく行為だと思っています。そのために、登場人物の外見はあまり限定しないようにしています。もちろん、外見以外の表情やしぐさは描きますが、それをもとに読者が理想の人物を想像してくれればいい。単純に文章を追うだけならばとても窮屈な行為ですが、その文章を起点として自分だけの世界を作ることができた時、読書は非常に大きな広がりと自由を獲得するのだと思います。

:私も、「こう読んで欲しい」という思いはありません。ひとつの物語から、読者の数だけ異なる世界が生まれた方が面白いじゃないですか。私にとっての読書の醍醐味は、「物語を通じて様々な体験・経験を重ねた〝達成感〟」にあるんです。例えばスポーツなら、トレーニングを積み重ねることで、自分が成長した手応えを感じることができる。それと同じことを、読書なら、いつでもどこでも、最後に「読み終えたぞ!」と手軽に味わうことができるんです。

間室:最近の子どもたちは「本の中では、ゲームのように登場人物を思い通りに動かせない」と読書を嫌がっていると聞きます。ですが、思い通りにならないことを想像力を駆使して乗り越えるからこそ面白い。まさに、人生そのものだと思います。

:そして、真っ白な気持ちで作品に向きあった方が独自の世界が広がります。そのためには、なるべく事前に面白そうだということ以外に情報を入れないこと。

間室:今の時代、ネットのレビューなど情報過多ですから、読者の想像力を限定しないよう、上手く作家さんや本のイメージを伝えるのも書店員の仕事かなと思います。

まずは本を手に取ってみることから

間室:私は長年、書店員をやってきて、読書とは何と奇妙な行為であることかと思うんです。映画もゲームも誰かと同じ時間を共有できますが、読書は究極のひとりぼっち。でも、だからこそ感動できる本に出会った時、誰かに伝えたくなり、それが豊かなコミュニケーションにつながっていきますよね。

今野:その過程を楽しめるか、面倒臭いと感じるかで、読書はまったく別のものになってしまいます。子どもたちが本を読まなくなったからといって、「あれを読め、これを読め」というのは意味がない。まずは、〝読書本来の面白さ〟に気づかせてあげることが大切です。無理やり読ませる課題図書や読書感想文は、なくてもいいかも。

:私も子ども向けのミステリーと一緒に漫画を読んでいて、そこから徐々に広がっていきました。

今野:いきなり大人が薦める本を読まされると、いまいち共感できなかったり、難しくて、読書自体が嫌いになってしまう。それよりも同世代の友人の間で回し読みができるような、〝面白い〟本を読むべきでしょう。ミステリーでもラノベでもいい。その一冊だって、何も最初から読破する必要はなく、興味をひかれた部分だけ読む〝乱読〟で構いません。とにかく面白い本を手に取って、読み始めてみること。

間室:ぜひ若い皆さんには、読書友達を作って、一緒に本屋に遊びにきてほしいですね。

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