永作博美、作家・白石一文が語る“男のセックス信仰”に、「勉強になります(笑)」

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更新日:2015/8/6

 3.11以降、心の中にどうしようもない終末感を抱える男と、結婚式を間近に控えた「いとこ」の女。再会した2人は、結婚式前の数日間、かつての情熱を反芻するかのように激しいセックスを繰り返す――直木賞作家・白石一文氏の『火口のふたり』(河出書房新社)は、追いつめられた人間たちのどうしようもない衝動をクールに見つめ、危ない愛を描き出す衝撃作だ。その文庫化を記念し、かつて白石作品のドラマ化(『私という運命について』/WOWOW)で主演をつとめた女優・永作博美氏との対談が実現。結婚や出産、男と女の意識や性欲の違い…普段なかなか聞けない2人の本音が次々と飛び出した。

普通に生きている人をちゃんと書く

『火口のふたり』(白石一文/河出書房新社)

白石:一度、女優さんに聞いてみたかったんですけど、本は仕事と切り離して読まれるんですか? たとえば読みながら、演じている自分をイメージするとか。

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永作:私の場合は、本は完全に仕事と切り離して読みますね。ただ、読みながらも風景とか色とか人とか、勝手に浮かんでしまう時もあって、そういう場所は「何か縁があるのかな?」って感じます。そんな感覚で(出演を)決めた作品もありますね。

白石:浮かんでこない場合は断るんですか?

永作:それでもその作品に関わっている方に興味があったらご一緒したいと思いますし、ケースバイケースですね。ただどうしても浮かんでくる時は大体決めてますね。感情移入というより、リンクする瞬間があるんですよね。一瞬、ほわ~んと匂いがするように絵が浮かぶというか。実は前に白石さんとご一緒させていただいた『私という名の運命について』は、ラストに馬が出てくるあたりで超ドキドキしちゃって…。

白石:そうだったんですか。ちょっとオカルト的な展開(注:『私という名の運命について』では亡くなった夫の魂と白い馬の姿が重なる)なんですけど、僕の作品にはそういうのがすぐに入っちゃうんですよね。

永作:私好きです。

白石:いやぁ、うれしいなあ。実は僕も、ああいう内容を一番書きたいんですよ。なのに、そこを批判されることもあるので、いろいろ現実に即したディテールを描いて少しでも荒唐無稽に見えないようにしていて。だから『火口のふたり』は思い切ってそれを封印して、普通に生きてる人たちをちゃんと書こうと思った作品でもあるんです。

親戚とのセックスはいいか、悪いか?

白石:ところで永作さんって、親戚とセックスしたことってあります?

永作:…い、いや、ないです…考えてみてもないです…ね。

白石:僕もないんです。ただ、こういう状況(地震や噴火などの天変地異に追いつめられる)の中で何をしたいかといったらセックスだと思うし、だけど、誰とでもすぐできるわけじゃないから、ちょうどいいのが血のつながってる相手かなって思って、それでいとこ同士の2人にしたんです。

永作:はぁ……。

白石:実は僕、最近どんどん女性がわからなくなってるんですよ。女性というのは、スーパーマーケットでカートにいろんな商品をいれていくみたいに、自分の中にいろんなバリエーションや形というのを同時にもっていて、全部まとめて「これが私よ」ってなる。男性はひとつの商品しかカゴにいれないし、性欲もものすごく単純で、方法や情熱は10代のときから何も変わらない。だから複雑な女性が怖いんだけど、でもやっぱり親しくなりたいと思うわけですね。

永作:多くの男性の頭の中はどこまでいってもそこが一番なんですかねぇ。

白石:一番です。で、実は男は女性も怖いけど、男性も怖いんです。昔からどんな映画やアニメでも、主人公のまわりはバタバタ死んでいきますけど、それって大抵は男ですよね。つまり男にとっての男というのは、「敵対する関係」なんです。そうすると、女性しかいないし、仲良くしたいけど、わからないから怖い。

永作:それをもっと探りたいみたいにならないんですか(笑)?

白石:なりますよ。一生探りたい。でも僕も、50代も半ばになってくると冒険心も体力もないわけで、全部とっぱらっても基盤としてつながりがあるといいな、と思うわけです。それで「血縁」なんですよ。

永作:ああ…(笑)。

白石:ベースに血が流れてると、うまくいかなくてもなんとかなるようなところがあるじゃないですか。永作さんも、たとえば法事なんかで遠くから親戚がきたとして、なんとなく親近感とかあるでしょう?

永作:親戚っていわれれば、そういうのはあるかも。

白石:血縁って思うだけで、何かあるでしょ。僕は言葉以上の何かがあると思うんですよね。最後の命綱を断ち切られないで済むんじゃないかという。生身で他人と向き合うのは怖いことだし、策略をめぐらせたりしなきゃいけないし、でも、うまくいかなくなったら終わってしまう。だけど、血縁者にはそれがない。だったら、セックスもいいのかなって。

永作:(笑)。だけど、主人公の女性のほうも、ちょっと都合がいいですよね(注:セックス三昧のきっかけは、結婚式の数日前にかつての経験を忘れられない女が1日だけ昔のように交わろうと男性に持ちかけた)。

白石:こういう描写においては血縁というのは女性にもエクスキューズになるかなというのはありました。原始社会においては近親での交配は通り相場だったと思うし、 強烈なアンチが働くにせよ、最小限の単位としてあったものでしょうから。

 衝撃的な「いとこ同士」の話題でひとしきり盛り上がった後、話題は次第に永作さんのプライベートに関する質問へ。包容力を感じさせる永作さんの回答に、白石さんは「男」と「女」の違いに、さらに深く感じ入って!?

結婚は「するしかない」もの!?

白石:永作さんにとってダンナさんって、どんな存在ですか? 魅力的?

永作:一緒にいることで、私に必要なことが得られると思うので、いてくれていいなとは思います。結婚前は、「私はたぶんずっと一人でいるのかもしれない」と、糸の切れた凧のように生きてきたのが、結婚で凧糸をつけられたことによって、あまりいろんなところに行けなくなって、自分が目をそらしていたことを見なきゃいけなくなったというか。なので、生きるのに大切なところを見せられている気がしていて。

白石:たとえばどういうこと?子どものこと?でも、結婚して出産して、女性にとってはキャリアを中断することになるから、恐怖だったりするんじゃないんですか?

永作:いや、私の場合、単純に出産で仕事が休めるのはうれしかったです(笑)。「大切なところ」というのは、夫とは他人同士なわけで、家族としての間を埋めていく作業というのが新鮮で、他では味わえないってことで。自分で作っていく感覚というか、こんなのヤダって言えないし、自分が子どもだった部分が少しずつ減っていくようにも思うんです。

白石:あー、なるほど。そのへんが男と女では全然違うんだと思うんだよね。男のほうにはレンガを積むように家族を作るとかそういう育む感覚はほとんどないと思う。子どもにしても、「教育者」として接すればうまくいくけれど、そうでなければ妻という女を奪うライバルでしかないし。この『火口のふたり』でも、女が子どもを生みたいから結婚するといったら、男は何も言えなくなっちゃうでしょ。文句はいうけど、その理由の前では、男性としては用意する言葉がない。男性がしたいのはセックスだけなんだから。

永作:(笑)。でも、男性も結婚はしますよね。私の場合はこっちに行くべきなんだなって思ったので、それに抗わずに進んだ感じでしたけど。

白石:たしかに、結婚というのは、「その飛行機に乗らなくて済んだかといえば、絶対に乗らなきゃならない」みたいなところがあって、途中下車の可能性はあるけど、乗る事は決まっているというものですよね。結婚することと長続きすることはまったく別のことで、悪い結婚になる運命の人もいれば、うまく結婚できる相手を見つけられる人もいる。おそらく、ふさわしい結婚相手って4、5人はいるんだと思いますよ。

男は一生、性欲に振り回される

白石:結婚っていうと、よく女の人は結婚式を大事に思って血道をあげますよね。それは結婚の成就において、「結婚式」が大事なタイミングだって女性はわかってるからなんだよね。実は男にはその感覚はないから、あんなに盛大にやりたがる気持ちがわからない。男にとっては好きな女と最初に寝た時のこととか、自分のものにした時のほうがよっぽど記号的に大事なんです。

永作:自分のものという証というか。

白石:だけど、それも案外「錯覚」なんだよね。この小説の主人公の男にしても、小さい頃から守ってあげたってことと、俺が開発した女って根拠しかない。完全な男性神話でしょう。

永作:身勝手ではありますけど、男性はよりシンプルな本能でしか生きられないんだなって思いました。

白石:鼻面を取って引き回すっていうけど、実は男性はそうじゃなくて“下にあるもの”に一生引きずり回されてるんです。たとえば知り合いの作家は、80歳を過ぎても一生懸命、女性に興奮しようとしていて、そこには当然「作家たるもの」って思いもあるけれど、男性ってそういうものだってのがある。10代の頃から抱えている性的欲求をずっと飼い続けているから、世界の終わりがきたらセックスしたいとしか思わない。あまりみんなホンネを言いませんが男の7割はそうなんじゃないかな。だけど、女性は男性のそんなことはわからないまま生きていくわけです。女性自身に性衝動はあっても、我々のように急迫したものではなくて、もっとゆったりとしているし、子どもというゴールもある。

永作:そうですね。女性には何かしらの区切りの感覚があるかもしれませんね。

白石:そう。区切りをつけて生きていくから、長生きもできるんだと思いますよ。

永作:(笑)。男性はやっかいなものをもって生きてるんですね。つくづく勉強になります。

白石:男なんて性欲ばっかりでさ、それでも永作さんは男って必要だと思う?

永作:うーん、ふふふ…必要ですね。(笑)ただ私の感覚がおかしいと思うんですけど、もともと男女の違いを意識していない面があって、男とか女とかあんまり考えないんですよね。みんな同じ友達というか。だから、そんなに惚れっぽくもないし、そういう意味では人生が少し楽かもしれませんね。一番めんどくさいのが、恋愛のごちゃごちゃだったりしますから。

白石:でも、それが楽しいってとこもあるわけじゃない?

永作:そう、楽しいことは楽しいんですけど。

白石:うーん、むしろ永作さんみたいな考え方だと、強いのかもしれないですね。でも、やっぱり僕は、この先も女の人がますますわからなくなりそうです(笑)。

取材・文=荒井理恵、写真=善本喜一郎

白石一文

1958年8月27日福岡県出身。『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』で山本周五郎賞を、『ほかならぬ人へ』で直木賞を受賞。2014年には『私という運命について』がドラマ化され、初の映像化作品となった。

永作博美

1970年10月14日茨城県出身。94年から本格的に女優業を開始。映画、テレビ、舞台、CMなど幅広い分野で活躍。映画「八日目の蝉」(2011年公開)では第35回日本アカデミー賞最優秀助演女優賞など、多数受賞。

書籍情報
火口のふたり
著者:白石一文
出版社:河出書房新社 
価格:590円(税別)

 

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