第3回野性時代フロンティア文学賞 『ホテルブラジル』 古川春秋インタビュー

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更新日:2012/9/11

 一度聞いただけで脳裏に刻まれるタイトル。さりげなく韻を踏む軽妙さと、どこか洒落の効いたテイストは、作品に流れるセンスをそのまま表している。

「骨格として浮かんだのは、男と女が喧嘩をし、ラストには仲直りして帰る、そこに非日常的なストーリーを盛り込んでいくということでした。日本にあるのに、なぜか〝ホテルブラジル〟という名を持つ舞台を得た途端、その非日常的物語は、僕の中でどんどん増殖していきました」と、執筆当時を振り返り、古川さんは言う。
 

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ふるかわ・しゅんじゅう●1977年、熊本県生まれ。龍谷大学文学部卒。現在はIT企業に勤める。文学賞初投稿となった本作で「第3回野性時代フロンティア文学賞」受賞。好きな作家は、村上春樹、伊坂幸太郎など。

 プロポーズの最中、喧嘩を始めてしまった次晴と夏海。そんな二人が「会社」の裏取引で得た1億円を持って逃走中のチンピラ・江古田に遭遇してしまったことから、突然ストーリーは走り出す。二人が逃げ込んだ冬期休業中の〝ホテルブラジル〟に次々と集まってくるのは、厄介な極道の人たち―江古田を追う頭脳派の船越に、江古田と船越の粛清に乗り出す、元高校球児の危ない武闘派・喜界島……。ストーリーは、ホテル内に散らばる生き残りを賭けた12人をカメラで追いかけるように展開していく。

「もともと映画が大好きなので、小説で映画的なものを描きたいと思ったんです。視点を切り替えることで、各々から見える映像をイメージし、ひとりの視点では描ききれない多場面をカメラワークのように追いかけて行きました」

 絶妙のタイミングで切り替えられる視点はストーリーに弾みをつけ、勝てば1億円丸儲け、負ければベンガル虎の餌という熾烈な戦いの中で繰り返される逆転劇を加速させていく。登場人物たちに考える隙も与えないほどのスピーディな展開で、真っ向から捉えられていくのは、心理描写をものともしない、度肝を抜くアクションや笑いのセンスが弾ける会話。

「一番書きやすかったのは、キーパーソンとなる掃除屋のちっこいおっさん(笑)。お笑い番組が大好きなので、関西弁で喋りまくる彼のセリフは、どんどん筆が進んでしまいました」

「人間業とは思えない逆転劇の数々」と、選考委員の池上永一氏を唸らせた本作だが、実は文学賞初応募にして、初めて書きあげた小説。古川さんのもとに「小説の神様が降りてきた」と、池上氏が語るのも頷ける本作を自身はどう捉えているのだろうか。

「これまで何度も途中まで書いては止まってしまっていたので、ラストまで一気に書きあげることのできた本作は、僕にとって非常に意味のあるもの。そして、独自の世界観で、読む人をわくわくさせるエンターテインメント作品を、これからも書いていきたいと心が定まったものともなりました。次回作にもぜひ期待してください」

 映画が執筆意欲を触発するという古川さんが名前を挙げる、スタンリー・キューブリック、デヴィッド・リンチらの映画監督の名前。本作は、そのハリウッド映画の基本からは少し外れた、クセのある作品が放つ空気とどこか通じている。

「キャラクターの中にも、映画マニアが登場します。彼らの映画談議や、ある名作にひっかけた部屋番号など、映画好きな方にも楽しんでいただけると思う。バイオレンスの連続ですが、それほどエグくないので、ぜひ女性の方にも読んでほしい。ラストには幸せがちゃんと置いてあります」
 

紙『ホテルブラジル』

古川春秋 角川書店 1260円

勝てば1億丸儲け、負ければベンガル虎の餌! 冬期休業中のホテルに危ない人々が集結。身長2mを超す大男に、超合金バットを振り回す粛清人、謎のちっこい掃除屋……一般人の次晴と夏海は無事に生き延びることができるのか?