ミステリーファン必見!北村 薫が語る 映画『推理作家ポー 最期の5日間』

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更新日:2012/10/5

ミステリーの始祖と呼ばれるエドガー・アラン・ポー。映画『推理作家ポー 最期の5日間』は、その偉大な作家の謎の死を題材とした意欲作であると同時に、彼自身が探偵役を務める奇想溢れる作品だ。ミステリーをこよなく愛する作家・北村薫に、ポーという作家と映画の魅力を語り尽くしてもらった。

ミステリーのマニアでも、初心者でも、それぞれに楽しめる映画です

「われわれミステリーファンにとってはポーというのは非常に偉大な存在です。ですから大いに期待して映画を観せていただきましたが、その期待は裏切られなかったですね。逆にポーのことをあまりご存じない方は、映画を観た後で彼の小説にあたって、これがあの場面の元ネタなのか、というふうに発見することができる。マニアと初心者の両方が楽しめる作品だと思いました」
 映画には、北村も感心するような場面が多々あったという。
「マニアぶりが中途半端じゃなくて、しっかりしているんです。観ながら書き手の目になって、この話はどう落とすのだろうとずっと考えていたんですが、最後には納得させられました。落としどころも本好きならではのものでしたし。とりあえず、ジュール・ヴェルヌは良かったね、と。その意味は映画を観ればわかります(笑)」

ポーの作品はミステリーのふるさと

 ポーが書いたミステリーとして、もっとも有名なのが『モルグ街の殺人』である。本書は、世界初の推理小説として、その手法は後世の作家に多大な影響を与えた。彼が生涯に書いたミステリーは決して多くない。しかし、その中には後のミステリー作品に出てくるすべての手法の原型が登場しているとも言われる。ポーは創始者であると同時に完成者でもあるのだ。その偉大さを示す例として、北村は現代の歌人、吉川宏志の作品を例に挙げた。
「○○○○○○○が犯人やったんか」布団のなかで子は声を上ぐ
 伏せ字部分には『モルグ街の殺人』の犯人を示す言葉が入っている。

 

北村 薫
きたむら・かおる●1949年、埼玉県生まれ。早稲田大学卒業後、89年に『空飛ぶ馬』でデビューを果たす。『夜の蝉』で第44回日本推理作家協会賞、『鷺と雪』で第141回直木賞を受賞。ミステリー創作以外にもアンソロジー編纂などの活動により広い層のファンから支持されている。

「この歌に詠まれた情景はよくわかるんです。小学生くらいの息子が本を借りてきて布団の中で読んでいて、叫んだんでしょうね。うぶな子供が声をあげるほどに驚く気持ち。そうしたミステリーのふるさとのような思いがこの歌には表れている。『モルグ街の殺人』というのはミステリーを愛する者の心のふるさとであり、世界のミステリーの入門として読むべき作品でもあるということを、この歌が端的に表しているんですね」

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偉大な作家は、現実の事件の解明にも取り組んでいた

 『推理作家ポー 最期の5日間』という映画の魅力の一つに、作家であるポーに探偵の役割を与えたという趣向のおもしろさがある。
「ポーは非常に論理的な思考を持っていた人で、実際の未解決事件を小説の形で謎解きしようという試みをしていたんです。そうした作品の一つに、この映画の中でも言及される『マリー・ロジェの謎』(※)があります。現実の事件と虚構の小説は別物ですから、何か事件が起きた時、推理作家に“真相はどうなんでしょう?”と聞きにくるのは的はずれなことで、それは幻想小説を書いてる人に『ちょっと空を飛んでみてください』というのに等しい(笑)。しかし、ポーは自分の推理が現実の事件の真相から外れていると、うろたえたりもしているんです。そこがちょっとおもしろい。彼は自分のミステリー的な論理を本当に信じていた。やっぱりただ者じゃありませんね」
 ミステリーの始祖は、自身も興味深い人物だった。そのキャラクターに魅せられて、本格ミステリーの大家であるジョン・ディクスン・カーなども、ポーを作中人物として登場させている。
「やっぱりそういうことを書きたくなる人物なんです。実在の人物を探偵として使う作品は古来数多くありましたが、その中でも特に探偵役が似合う人だと思います」

映画の世界観にも注目

 本作は、事実とフィクションを融合させて作り上げた大胆なミステリー映画。ポーの死の謎を解く要素はプロット中に埋め込まれており、構成も非常に凝っている。その仕上がり具合について、プロの作家である北村はどう感じたのだろう。
「いろいろ盛り込まれていて、一生懸命やっているなということに尽きますね。つい同胞意識で観てしまったので、終わった後では監督の肩をたたいて『ああ、わかるよ』って言いたくなりました。この中で扱われている異常心理は、スティーヴン・キングの『ミザリー』などにも通じるものがありますから、ポーを知らない人でも理解しやすいでしょう」
 舞台となっているのは19世紀半ばのアメリカ・ボルティモアだが、時代性を表現するためにブダペストなどの東欧の都市でロケが敢行されたという。その雰囲気も映画の魅力の一つだ。
「ポーはやはりミステリーのふるさとなんです。ふるさとというのはすごく古いところという意味でもあるわけで、映画はそういう感覚を空間的にもよく再現しています。小説に小説でしか描けない世界があるように、映画でしか実現できない世界観というものもある。そういうものが映像として的確に表現された作品だと思います。監督は、ポーという題材を使って一つのワンダーランドを作ったようなものです。だからこそマニアも初心者も、同じように楽しむことができるのでしょうね」

※『マリー・ロジェの謎』…『モルグ街の殺人』の続編とされる本作は、実際にニューヨークで起こった未解決のメアリー・ロジャーズ殺人事件をモデルに書かれたミステリー。
舞台こそフランスに移したものの事件の設定はほぼそのまま、迷宮入りの様相をみせていた現在進行中の事件解決に、探偵デュパンの名を借りて、ポー自身が挑んだ。

元気でいてよ、R2-D2。

北村 薫/集英社文庫/473円

ふとしたきっかけで日常にほころびが生じる瞬間を、女性を主人公とした8つの短編で描き出す。2通の手紙が得体の知れない恐怖を呼び込む「腹中の恐怖」には、なぜ妊娠中の女性は読むべきではないという但し書きがされているのか。ぞわぞわと怖い恐怖小説集。