ほんらぶインタビュー あの人のトクベツな3冊 角田光代さん

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更新日:2013/1/22

角田光代が選ぶトクベツな3冊とは?

人気作家・角田光代さんが選ぶ「トクベツな3冊」は、「旅」を描いた作品。もしかしたら人生まで変えてしまうかもしれない、興奮的に面白い、旅の掘り出し本をご紹介!

 23歳で作家デビューしてまもなく、初めてタイを旅したことがきっかけで、バックパックを担いでの自由旅行にハマってしまった。旅から帰ってきても、しばらくすると、行かずにはおれない衝動に駆られ、多いときは年に3回、2週間~1カ月の、行きあたりばったりの貧乏旅行に出た。それと同時に、紀行文や旅をテーマにした小説からも多くの刺激を与えられ、それが自身の小説を書く原動力にもなった。旅しては小説を書き、読んでは小説を書いた20代──。そんな時期、角田さんが出合い、まさにトクベツな印象を受けたのが、今回の3冊なのだという。
「順番でいうと、最初に出合ったのは、沢木耕太郎さんの『深夜特急』。初めて完全にフリーな旅をした直後に読んで、“なんで今まで知らなかったんだろう!”と悔しくなるくらい、もう本当に、興奮的に面白くて──。たとえばマカオのカジノで“大小”というゲームをやるくだりの描写なども、見事ですよね。あのゲームって単純だから、そのまま書くとつまらないはずなのに、読んでるだけでどんどん興奮してくる。また、香港の占いをする女の人に沢木さんが“孤寒”という文字を書かれるところも、ひとりの人間にとってものすごく象徴的なエピソードで──。あと個人的には、ポルトガルでファドを聴くところも大好きでした(笑)。
 でも、この本を読んで何より感じたのは、“ある年齢で出合ってしまう旅”というのがあるなということ。たとえばこの本では、作者が26歳で仕事をやめて旅に出るわけですが、これが18歳でも何か違っただろうし、32歳でもやっぱり違うんだろうなと思うんですね。つまり、26歳で旅したからこそ、それがその個人の基礎になってしまったのだと。そして今、沢木さんの書くものを読んでいても、ものすごくこの旅が土台になっていると感じるんですね。たとえば少し前に雑誌で読んだエッセイに、同行者に、どうしてあなたは旅に出るとそんなに貧乏性になるの? と言われたというエピソードが書かれていました。20代のあの旅からもう30年以上経っているのに、節約しようとして

角田光代
かくた・みつよ●1967年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。90年『幸福な遊戯』で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。2005年『対岸の彼女』で直木賞、07年『八日目の蟬』で中央公論文芸賞、11年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞ほか、多くの文学賞を受賞。
ちなみに今、もしも1カ月休みがとれたら旅したいのはクロアチア。理由は「海がきれいでいいところで、羊もおいしいと聞いたから」。

しまう。でも私はその気持ちがすごくよくわかる気がするんです。たぶん、若い頃にこういうこと(=旅)に出合っちゃうと、もう逃れられないんですよね。きっと、その“旅観”というものから、一生、逃れられない。だから私もたとえ50円でもボラれたら、今でも絶対許せない。お金の問題じゃない、自分の名誉の問題だと思って、本当に泣くぐらいの喧嘩をしてしまいそうになるんですよね(笑)」
 と、そういうふうに自らの人生の土台さえ決定しかねない、ある年齢で出合ってしまう旅と本──。それは、ジャック・ケルアックの自伝的小説『オン・ザ・ロード』でも強く感じさせられたのだと角田さんはいう。

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ある年齢で出会ってしまった旅はその個人の土台まで作ってしまう

「ケルアックの『オン・ザ・ロード』は、『深夜特急』のしばらく後、20代の半ばに出合いました。小説家としてデビューしたのち、自分があまりにも本の知識がないことがすごいコンプレックスで。それでとにかくノンジャンルで本を濫読していたとき、たしかビート・ジェネレーションの作家であるということに引っかかって、手にしたんだと思います。そして、読んでみると、主人公たちの旅にものすごい共感したんです。つねに焦燥感に駆られていて、行っては帰ってきて、でもじっとしていられなくて、また行って──。そんな“行きあたりばったり感”が、ものすごくわかるなぁ、と。
 でも最近、青山南さんの訳の版が出たということで、40歳を過ぎて読み返したら、“あら、嫌だわぁ、こんな旅”というふうに全然気持ちが変わってしまっていて(笑)。その変化が自分でもとても面白かった。つまり、やっぱり、彼らの旅は“若い旅”なんですよね。だから今、改めてこの本を読み返すと、“旅というものがいかに年齢と関わっているか”ということを思い知らされるんです」
 ある年齢で出合ってしまう、いわば宿命的で運命的な旅と、その本。だからこそ得られる刺激と興奮──。だが、こと『犬が星見た』に関しては、角田さんはまた違う思いを持っているのだという。
「この本は20代の後半に出合ったのですが、じつは本書を読むまでは私、ツアー旅行の魅力を知らず、ツアーなんて何のハプニングもなくてつまらないし、書くに値しないと思っていたんです。でも、この本を読んで、考えが変わった。たとえお決まりの旅であっても、人ってこれだけ自由に楽しめるんだというのが、本当に驚きでした。
 私は、武田百合子の面白さは無垢な子供のような視線=目線の自由さだと思うんですが、それが旅というものにも存分に出ているんですね。また、武田泰淳との関係も本当に素敵で。『富士日記』を読んでもそうなんですが、武田百合子と、その夫の武田泰淳の関係は、ある種、理想的な恋愛関係だと思うんですね。この人たちは、相手がいないとすごく困る。たとえ長く夫婦でいても、いつまでもお互いが面白くってしょうがない。しかも武田百合子の書く泰淳って、ものすごいチャーミング。だから、この本は恋愛小説として読んでも面白い。旅行記と思わなくても、とにかく面白いから読んでほしい! と、本当に強く思います(笑)」
 そして最後に、今、角田さんは旅の本について、改めてこんなことも思うのだという。
「今回の3冊に出合った頃、旅をして旅の本を読みながら、紀行文というのは何だろう? と考えたし、自分が何かを書くときも、それは紀行文になり得るのか? と、ものすごく考え続けました。そして結論としては、紀行文と旅のエッセイは別物であると思ったんですね。紀行文というのは、たとえ50年、100年経っても、その土地の本質、それは匂いだったり緑の感じだったり湿気だったりが、がっとそのまま真空パックであるもの、それだけが紀行文と呼べるのではないかなと私は思うんです。でもそれは本当に難しくて──。自分の筆不足もあるけれど、たぶん時代もある。情報も氾濫しているし、変化も速い。掴んだ! と思っても、たぶんその国は10年でものすごく変わってしまうから。だから今、私が書いているのは旅のエッセイであって紀行文ではない。いつか紀行文を書きたいけれど、書けるかどうかもわからない。いつまでも書けないような気さえする。私のなかでは、そういう気持ちが20代の頃からずーっとあるんです。
 たとえば今回の『深夜特急』と『犬が星見た』は、本当にすばらしい紀行文です。そして『オン・ザ・ロード』は、“原始的な感覚”が詰まった小説。だから今、ぜひこの本をみんなにおすすめしたいなと思うんです。今は、私の20代の頃と違って、海外を自由に旅する人がめっきり少なくなったと聞きました。でもその気持ちはすごくわかる。豊かな時代だったからこそ、みんな不安で不便なことが平気だったけど、こんな景気の悪いときにわざわざそんなことはしたくないよね、と。旅の形は年齢とも関係あるけれど、きっと時代とも関係しているから。でも、だからこそ、本で存分に自由な旅を満喫してほしいなあと。実際に面倒なことをしなくても、読めば予想もしない所までトリップできちゃう。それぐらいこの3冊には、トクベツな旅感が詰まっていると思うのです」

取材・文=藤原理加 写真=冨永智子

 

角田光代さんのトクベツな3冊

『深夜特急』(全6巻)

沢木耕太郎/新潮文庫

インドのデリーからイギリスのロンドンまで乗合いバスで行く。なぜか、そう思い立った26歳の〈私〉は、仕事を投げ出しバックパッカーとして旅に出た。そして始まるユーラシア放浪──。人生という旅の自由と孤独を鮮やかに描き出した、永遠の旅のバイブル。

『オン・ザ・ロード』

ジャック・ケルアック:著、青山 南:訳/河出文庫

安住に否を突きつけ、若者たちはアメリカ横断、さらにはメキシコまでの旅を続ける──。ビート・ジェネレーションの誕生を告げ、ボブ・ディランをはじめ、世界中の若者たちに決定的な影響を与えた青春の書。躍動感溢れる言葉を完璧に掬った青山南の新訳も必読

『犬が星見た ロシア旅行』

武田百合子/中公文庫

生涯最後の旅を予感している夫・泰淳とその友人・竹内好のロシア旅行に同行した著者。星に驚く犬のような心と、子供のように無垢で天真爛漫な目を持って綴られた旅行日記は、今こそ新鮮。優れた紀行文としてだけでなく、稀有な、理想の夫婦の記録としての感動も!

『月と雷』

角田光代 中央公論新社
ふつうの家庭、すこやかなる恋人、まっとうな母親像……「かくあるべし」からはみ出した30代の選択は? 流れて漂う生き方の怖さと人間のたくましさを活写した、角田ワールド堪能の一冊。

 

3 SPECIAL BOOKS」とは、Honya Clubがこの10月からスタートした「ほんらぶ」キャンペーンのスペシャルサイト。「トクベツな3冊」を通じて人と本がつながる、本好きのためのコミュニティだ。このサイトでも、角田光代さんの選んだ3冊&コメントを紹介中。ほかにも、野村萬斎さんや優木まおみさんなどさまざまな方がキュレーターとして登場し、想いのこもった「トクベツな3冊」を紹介している。もちろん一般ユーザーもそれぞれの「トクベツな」本を登録できる。新たなキュレーターも続々登場予定とのことで、「本、Love」な人は見逃せないサイトだ。みなさんもぜひ、「トクベツな本」を登録してみては?

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