大人の女性だからこそ“逃げ場”はあっていいと思います

新刊著者インタビュー

更新日:2013/12/4

 耳の奥でやさしくリフレインするような、心地よい響きのタイトルは、主人公が親友と2人で営む小さな店の名前。鎌倉駅から由比ヶ浜に向かって進む途中の脇道にある、手づくりアクセサリーと雑貨の店《トオチカ》。ロシアの防御用陣地〈トーチカ〉をもじったそこは、恋愛はもうこりごりな32歳・里葎子がやっと築いた心の避難場所。ゆったり穏やかな、おひとりさま鎌倉暮らしを楽しむための拠点のはず、だったのだが──。

崎谷はるひ

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さきや・はるひ●熊本県出身。専門学校卒業後、ジュエリー会社に在籍。1998年、『楽園の雫』でデビュー。ボーイズラブ業界屈指のヒットメーカーとして「ブルーサウンド」シリーズ、「慈英×臣」シリーズ、「白鷺」シリーズなど、100冊を超える著作を持つ。近著に『吐息はやさしく支配する』など。鎌倉市在住。
ヘアメイク=木下きのこ

 

「恋愛ってドラマとしては小さなことなのに、心のアップダウンを激しく描くことができる。私にとって、人を書くための一番面白い題材」と語る、ラブストーリーテラーが主人公をそのままにしておくわけがない!

「ブルーサウンド」シリーズをはじめ、熱狂的な読者を持つ崎谷さんは、デビューから15年目で著作100冊を超える、ボーイズラブ業界屈指の大ヒットメーカー。海外ロマンス小説顔負けの濃密エロスや奥深い心理描写、緻密なそのストーリー展開から、ファンの間で熱望されてきたのは一般文芸作品。本作は満を持しての、その第1作となる。

「編集の方との打ち合わせに3年、電子書籍『小説屋Sari-Sari』の連載期を含めた執筆に2年と、完成までに5年もかかってしまいました。一番、時間を費やしたのは、時代劇にまで範囲を広げて模索した物語の方向性。これまで私が書いてきたBL小説って、ハッピーエンドがお約束の、物語としての方向性がかっちり決まっているジャンルなんです。その枠を外した時、何を書けばいいのか、わからなくなってしまって。ぐるぐる考え、行き着いたのは30代から40代の女性が一番読みたがっているものは何かというところ。それは、やっぱり明るめの恋愛小説だと思ったんです」

「コメディタッチのロマンス小説があってもいいんじゃない?」と、紡ぎ出されたのは、身長172cmのクールビューティーながら、つい身構え過ぎてしまう、生真面目キャラの里葎子と、男の色香をふりまきながら、“なんでそんなにガード堅いの?”“あんたって、ほんと、よくわかんないな”と、ズカズカものを言う、強引イケメン・千正との胸きゅんストーリー。これまでずっと書き下ろし作品を手掛けてきた崎谷さんにとって初めての連載作。その執筆形態も、思いがけない展開をもたらしていったという。

「筋自体は、当初考えていたものと変わらなかったのですが、里葎子がどんどん変化していったんです。見た目まんまの姉御キャラを想定していたのですが、バイヤーとして里葎子の店にやってくる千正とのやりとりを書いているうちに“この人って、もしかして人間関係ヘタくそな人?”って(笑)。そんなぶきっちょな言動に拍車をかけたのが、連載中、ツイッターなどに寄せられる読者の声でした」

“その気持ち、わかる”と面白がりながら、応援する声を受け止め、リアルタイムでできあがっていったという里葎子。ことに“何で、そんなこと言っちゃうの!”とツッコミたくなる、千正に対する地雷踏みまくりの物言いには、まるでその場に居合わせているかのように、ハラハラドキドキさせられる。

「これ、言ったらダメだろう系はあえて言わせました(笑)。私自身にもある、“やっちゃった!”っていう経験は、おそらく読者もしていると思うし。その後、里葎子がどうフォローしていくかというのも、きちんと書いてみたかったところです」

 そこには、いくら失敗をしても、周りの登場人物たちが、つい味方をしたくなってしまうような生き方をしている里葎子の、説得力ある魅力が滲み出る。

「ヒロインだから好かれる、モテるという“主人公補正”という言葉があるのですが、それは絶対にしたくなかった。描きたかったのは、主人公だから、ではなく、“この人だから”というところ。現実の人と向き合う感覚で“この人は、なぜ好かれているんだろう”という思いを常に巡らせ、人物を深く掘り下げるように書いていました」

 それだけに里葎子が抱えるトラウマは、心にずきんと刺さってくる。仕事も恋も失うことになってしまった、過去の恋人から受けたモラルハラスメント──それは、長身イケメンだった元カレと似通うところのある千正との関係にも複雑な影を落とし、ストーリーに横たわる大きなテーマとなってくる。