愛嬌たっぷりの光秀が戦国をゆく 満を持して放った初の歴史小説

新刊著者インタビュー

更新日:2013/12/4

「最終的に狙っているとこは、ここでした」
そう言って、垣根さんが浮かべたのは会心の笑みだ。デビューしてから13年、ジャンルという枠に力点を置くことなく、ミステリー、冒険、恋愛、職業小説と、八面六臂の活躍の中で書き続けてきた小説群。そこに存在する一貫した垣根スタイルを生んできたものが、ついに本作で、狙っていた“ここ”にピタリと照準を合わせた。

垣根涼介

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かきね・りょうすけ●1966年、長崎県生まれ。2000年、『午前三時のルースター』でサントリーミステリー大賞と読者賞をW受賞し、デビュー。04年、『ワイルド・ソウル』で大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞、05年に『君たちに明日はない』で山本周五郎賞を受賞。『狛犬ジョンの軌跡』など著書多数。
 

「僕は人物を抉っていくのが好きなんですよ。細かく描写し、その人物に迫って何かを見たいというのは、小説を書き始めた頃から変わっていない。だからジャンルにこだわらず、いろんなものを書いてきたんですけど、それに最も適する形式は、実在の人物に史実を肉付けし、自分の解釈を入れて、キャラクターを立てていける歴史小説だろうと。もしプロとして10年書き続けられていたら、歴史小説を書き始めようと決めていたんです」

 そして、そのための準備は着々と進んでいたという。

「歴史小説は、ある水準までの歴史的、時代的知識、そして膨大な資料の前で自分なりの歴史観をつくらなければならない。なおかつ中世、近世を書くには、当時の精神性を理解するために、仏教のことは外せないでしょう。なので、この10年間、歴史の資料とともに仏教書も読み込んでいました。メインはもちろん執筆活動でしたけど、本作の準備に全精力の3割ほどは充てていましたね」

 その主人公として選んだのは、主君・信長を裏切り、さらに“三日天下”なるゲンの悪い四字熟語まで生んでしまった明智光秀。日本史上、1、2を争う負のイメージを持つ男だ。

「印象、暗いですよね(笑)。そこをなんとかしたかった。資料をひもといていく中で僕が感じたのは、彼の人的な魅力だったんです。秀吉に敗れた山崎の戦いって、兵の数の圧倒的な違いからして、負けることは明らかだった。でも直属の部下たちは逃げ出すことなく、最後まで光秀についていっている。彼はきっと、それに足るだけの何かを持っていたんだろうと」

 その“何か”を「それは地味な愛嬌!」と読みとったところに、垣根涼介の本領がある。『光秀の定理』は、斎藤家の内紛“道三崩れ”で道三側に与したことから離散の憂き目に遭った明智一族の嫡流として、光秀が悩み、考え、選んでいく過程を、滋味あふれる人生として構築した快作だ。

「もちろん愛嬌を示すものは史実には残っていません。それをいかに引き出すか、ということで、光秀に友だちをこさえてあげようと(笑)」

 その友だちというのが、路上での博打を生業とする謎の坊主・愚息と、剣の達人ながら食い詰め、辻斬りに走ろうとした若造・新九郎。年齢も、身分も、立場もまったく異なる、けれどなぜか馬の合う奇妙な3人組が駆け抜けていく戦国の世は痛快で、深い定理に満ちている!