少年よ、飛べ! 読者を選ばぬ飛行機冒険活劇

新刊著者インタビュー

更新日:2013/12/4

 架空戦記と呼ばれるジャンルが一大ブームを巻き起こしたことがある。実在の歴史(主に戦争)を題材に、「もし、あのとき〜だったら」という筋立てであるため「IF戦記」と呼ぶ人も多い。新たな時間の流れとその世界に生きる人々─しばしば、実在の人物が登場する─の活躍を描いた作品群は一種の思考実験としての楽しみもあり、同様の設定である時間改編SFとともに古くからこの枠組みを使った物語が世に送り出されてきた。もっとも盛り上がりを見せたのは檜山良昭や荒巻義雄を中心に幾多の人気シリーズが発表された1980〜90年代だろう。

 東西に分断された戦後日本を描いた『レヴァイアサン戦記』でデビューした夏見正隆さんは、しばしば架空戦記作家と紹介される。しかし、彼自身は同作を「異世界ファンタジーの一種と考えてもらった方がしっくりくる」と語っている。
 新作『ゼロの血統 九六戦の騎士』もまさに史実をベースにした、異世界冒険活劇だ。

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夏見正隆

なつみ・まさたか●1960年千葉県生まれ。小説家。「レヴァイアサン戦記」「わたしのファルコン」「スクランブル」など数々のシリーズを発表。ファンタジー作品は水月郁見名義で発表しており、こちらには「護樹騎士団物語」シリーズや『イグドラジル─界梯樹─』などがある。航空アクションの第一人者。
 

史実を下敷きにした
ヒーローとお姫様の物語

 猟師の一人息子龍之介は、第二次世界大戦前夜の不穏な空気の中、歴史の流れに翻弄されるかのように戦闘機乗りとして成長していく。こう書くと架空戦記の解説そのものだが、そこは夏見さん。物語の核心は「昭和初期を舞台にしたヒーローとお姫様の物語」なのだという。お姫様は、実在した清国皇族の第14皇女をモデルにしているが、夏見さんは「設定を考えたあとで調べたらピッタリの人物がいたのでラッキーだった」と笑う。

「実在の事件や人物をベースにしているので史実の取り扱いには細心の注意を払っています。ただ、それだけだと目指している冒険活劇にならない。重要なのは史実の裏でどんなことが起こっているかであって、あまりにも現実にとらわれていてはおもしろいものが書けないんですよ。登場人物の言動や行動パターンにも、現在の視点を採り入れています」

 たしかに虚実のさじ加減が、異世界ファンタジーの興奮を決めるといっても過言ではない。史実や当時の風俗、昭和初期に生きた人々の思想や行動に縛られてしまうと物語は異世界へと羽ばたかないのだ。

 お姫様である皇女の群羊(日本名:仁美)は “ツンデレ”。主人公は高い能力と天性の勘の良さを持つパイロット。一般的な軍人のイメージとは違い、今風のヒロインに翻弄されるタイプの青年だ。さらに、謎めいた美少女(しかも有能で強い)の存在も絡むのだが、彼女の正体については読んでみてのお楽しみだ。

「実は一番読んでほしいのが10代の読者たちなんです。主人公とヒロインのイメージは『未来少年コナン』のコナンとラナ、『スターウォーズ』のルークとレイア姫といったらわかりやすいでしょうか。ヒーローがお姫様を助ける冒険譚の王道パターンなんです」

 古今東西、この類の冒険活劇は少年少女をターゲットにしたものが多い。現代的視点のもとで造形されたキャラクターはライトノベルの読者にも受け入れられやすいはずだ。

「最大の理由は、彼らが学校で習った日本史をもう一度振り返ってほしいから。僕たちの世代もそうだったけど、近現代史では『日本は悪いことをした』というところばかりがクローズアップされている。でも、そればかりじゃないと思うんですよ。異世界ファンタジーの形を借りて、日本を一つの視点から良いものとして書いてみようと考えたのです。ただし、それを作者の視点で書いてしまっては台無しになる。あの時代に生きた若者たちの中にも、こんなタイプがいたんじゃないか。いたとしてもおかしくない。そういうところから再考してもらえると嬉しいですよね」