【海堂尊インタビュー】ミッシングリンクになるのは明るく楽しい学園小説だった

新刊著者インタビュー

公開日:2014/7/5

 海堂尊『アクアマリンの神殿』は奇妙な成り立ちを持つ小説だ。海堂の小説はすべて同じ世界観の中で書かれており、当然のことながら作品相互にも関連がある。同じ登場人物が複数の作品に顔を出すのである。1冊を読むとさらにもう1冊を読んでどのように世界が広がっているのかが知りたくなる。そこが大きな魅力でもある。
 ところが1つの問題が起きた。複数の作品に顔を出す佐々木アツシというキャラクターについて矛盾が生じてしまったのだ。

 こっそりと修正して辻褄を合わせる手もあるが、海堂はそうしなかった。あっと驚くアイデアで小説を書き、矛盾を是正してしまったのである。それが2010年に発表された『モルフェウスの領域』(角川文庫)だ。『アクアマリンの神殿』はその続編に当たる作品である。主人公は佐々木アツシ、桜宮学園中等部3年に在籍する学生であるが、同時に桜宮湾に存在する未来医学探究センターのたったひとりの職員でもあった。彼には級友の誰も知らない秘密があるのだ。

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海堂 尊

かいどう・たける●1961年、千葉県生まれ。2006年、『チーム・バチスタの栄光』で第4回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、デビュー。自身の専門である医療の世界を題材とし、主としてミステリーを中心に多数の作品を発表し続けている。主な著書に『輝天炎上』『モルフェウスの領域』など。
 

突き詰めて考えたら物語の舞台は学園になった

「『モルフェウスの領域』は日比野涼子という女性がアツシの庇護者になる作品でした。あれを書き終えたとき、裏返しの作品が必要になるな、と思ったんです。年上の女性から男性への愛情を描いた内容なので、それをひっくり返して今度は若い男性が年上の女性に憧れる作品を書こうと。しかし、いざ着手してみたら全然書けなかった。理由を考えたら、日比野涼子は大人の女性で完成した人格を持っているので、生活が確立できているし、自分の意志で動けるんですね。しかし今度の主人公であるアツシはまだ中学生なので、いきなり自分の任務に集中できるわけがない。それで彼の生活というものがわからなくなったんです。開き直って、いっそのこと学園ものにしようと(笑)」

 そうなのである。本書は海堂尊が初めて手がけた、本格的な青春学園小説でもあるのだ。ある理由から生い立ちの秘密を隠さなければならないアツシは、級友との間にも心の壁を作ってしまっている。そんな彼に接近してきたのは、傍若無人な性格の持ち主の美少女、麻生夏美だ。夏美が結成したサークル「ドロン同盟」にアツシも無理矢理参加させられてしまう。

「部活はやっぱり学生生活の華ですからね。帰宅部じゃカッコつかないですよ(笑)。ドロン同盟のメンバーたちは、自動的に出てきました。学校にいるということは友達と何かをするということです。アツシを巡る人間が夏美だけだと学校という場が成立しないので、部活の仲間が出てきたり、彼に横恋慕する少女が登場したり、展開に要請されるように増えていきました」

 青春小説として見た『アクアマリンの神殿』は人物配置が完璧で、1人として要らないキャラクターはいないし、また登場すべき役割の人物が不在ということもない。非常にバランスがとれているのだ。

「世界を成立させるために登場人物を増やす時には天秤のバランスを見ながらやっていくんです。できるだけ広い世界を作ろうと思うときには、重量の分布を考えながら少しずつ配置をしていく」

 そうした均衡のとり方が、実は作品の魅力にもつながっている。未来医学探究センターに一人で閉じ籠って暮らしているアツシにとって、世界は非常に狭いものだ。しかし桜宮学園で知り合いが増えていくことによって、それが次第に広がっていくのである。少年は、次第に世界を獲得していく。

「小学校高学年のころの自分を思い返すと、自分の世界って小学校の周りで、その一番果てはちょっと遠い駄菓子屋くらい。そこから先は未知の領域で、なんか崖になっていて海がざあざあ落ちてるんじゃないかという感覚でしたね(笑)。でも中学生になると、認識できる土地の単位が市単位になり、たまには東京に遠征して冒険してみたりということが可能になる。さらに高校になるとそれが修学旅行で行った京都・奈良まで広がりました。そういうような感覚を意識して書いた部分はあります」