『スノハレ』作曲家・山田高弘氏インタビュー「偶然の出会いが、僕を救った」

アニメ

公開日:2014/7/27

2014年春クールの名場面を聞かれたら、筆者は迷いなく「μ’s 9人の想い」のこもった言葉が呟かれた『ラブライブ!』TVアニメ2期の第8話を挙げます。名曲とアニメ本編が、理想的なリンクをした瞬間に、同じく心震わされたかたも多いのではないでしょうか?

季節はすっかり夏になってしまいましたが、4年ほど前に発売されたにも関わらず今でも愛される名曲『Snow halation』。このアニソン史に残るであろう楽曲はどのように生まれたのか、そしてどんなバックボーンを持つ人が作ったのか――それを確かめるため、今回から2回にわたって同曲の作曲家・山田高弘氏の話をお届けします。
 

▲『Snow halation』は作詞に畑亜貴、作曲は山田高弘、編曲は中西亮輔という陣容で作られた。

◆居酒屋の出会いがなければ数々の名曲も産まれなかった!?

――まずは山田さんのこれまでを教えてください。

山田:親の意向で京都の音楽幼稚園に行っていました。そこは音楽の授業がわりと多かったので、おかげで音楽に触れるのが当たり前になっていましたね。

――ご両親は音楽系なのですか?

山田:全然そんなことはなく、親父はダンプに乗っています(笑)。幼稚園もあったので小さいころからエレクトーンを弾いていたのですが、中学生くらいからギターを始めてロックが好きになりました。と言っても邦楽ばかりで、ギターがフィーチャーされているB'zとかGLAYとかその辺りですね。当時はよくB'zの『Calling』や『Liar! Liar!』などをコピーしていました。

――バンドはされていたのですか?

山田:いえ、しなかったですね……19歳か20歳のときに一度だけ大人の事情でやりましたけど。僕はとにかくギターが好きなだけで、速弾きを極めるとか、そういった方向の楽しみ方でした。ただ大阪の音楽の専門学校に行きながら「将来はセッションミュージシャン、スタジオミュージシャンになりたいな」と漠然と思ってはいました。

――なるほど、あまり外に出て音楽活動、という感じではなかったのですね。作曲を始められたのはいつから?

山田:25か26ぐらいですね。専門学校を卒業してから2、3年ブラブラしていたのですが、「ミュージシャンなりたいなあ」という思いはあって。それでとあるツテで、デモテープを持って上京しました。それでも上手くいかず、東京でまた3年ほど無駄な時間を過ごしていたのですが、ある時、飲み屋で面白い奴がいて。「初対面なのに馴れ馴れしい奴やな」と思いながら、僕も若気の至りで音楽系の仕事もしていないのに「俺はギタリストや」と言っていたら、相手はビクターのディレクターだったんですよ。もう「すみませんでした!」ですよ(笑)。それで彼に「音楽で食べるなら曲を作るのがいいよ」と言われて。それで作曲を始めたので、かなり遅いですね。それから2年ほどかかって、2009年に初めて僕の曲が世に出ました。

――その居酒屋での出会いがないと……。

山田:実家に帰ってダンプに乗っていたでしょうね(笑)



▲関西出身らしく(?)、ジョークも交えつつ過去を振り返ってくれた山田氏。



◆編曲家によるアレンジが作曲家の醍醐味?

――すごく基本的な質問なのですが、作曲家と編曲家はどう違うのですか?

山田:作曲家はメロディを作る人、編曲家は作曲家が作ったメロディを色々なアプローチで加工して、皆さんが聴いてるように仕上げる人ですね。僕は両方をしますが、どちらかと言うと自分が作曲したものをほかの人に編曲してもらうのが好きです。自分にはない引き出しで仕上げてくれるので、出来上がりが楽しいです。編曲家の人達は、本当に色んな音楽を聴いていますから。

――山田さんは作曲の段階でどれぐらいまで作られますか?

山田:ものによりけりですが、バンドものならギター、ベースは家で弾いて、ドラムは打ち込んで、仮歌まで入れます。仮歌は自分で歌うこともあれば、友達にお願いしたり、女声だと女性に歌って頂いたり。今は仮歌はマストでしょうね。

――仮歌に歌詞はあるのですか?

山田:僕は自分で付けています。たとえばアニソンのコンペなどがあった時に、レコード会社の人だけでなく、アニメ関係者などもいらっしゃいます。そういった場所で勝負する際に、「ラララ」か歌詞が入っているかでイメージは変わるでしょう。なので、僕は仮歌詞は頑張って作ります。

――普段アニメは観られますか?

山田:観ますよ。前期はかなり少なくて、自分の関わった『ラブライブ!』と、あと特番でやった『GJ部@』だけでしたが……。小さいころはアニメばかりずっと観ていたし、好きなんですけどね。

――最近好きだったアニソンは?

山田:最近だと『ジョジョの奇妙な冒険』第1期のOP『ジョジョ ~その血の運命~』ですかね。田中公平先生が作曲されているのですが、「なるほど、さすがだな」と。とにかくテンションが上がりますよね。あと最近ではないですが、『シティハンター』の『Get Wild』も頭に染み付いていますね。
 

▲山田氏が好きな曲として挙げた『ジョジョ ~その血の運命~』。ベテラン作曲家・田中公平氏の新たな代表作と言える一作だ。


◆知らぬ間に始まった『ラブライブ!』との歩み

――『ラブライブ!』に関わるようになったきっかけは?

山田:実はあまり覚えてないですね(笑)。いつのまにか「これを『ラブライブ!』の曲として使うことに決まりました」という連絡があった、という感じだったかな……。それが『僕らのLIVE 君とのLIFE』だったはずですが、少し記憶がふわふわしていますね。

――『僕らのLIVE 君とのLIFE』の聴きどころは?

山田:高田暁さんの素晴らしい編曲です。作曲段階ではギター、ベース、ドラムの本当にシンプルなバンドアレンジだったのが、あそこまで華やかになって、本当に驚きました。
 

▲1stシングル『僕らのLIVE 君とのLIFE』。こちらも未だに根強い人気を誇る1曲。

――続いて2ndシングルの『Snow halation』も作曲されました。TVアニメ化前からアニソン好きな人の間では評価が高かった印象があります。

山田:本当にうれしいことです。僕はただメロディを書いただけで、作詞の畑亜貴さん、編曲の中西亮輔さんのおかげですね。僕は畑さんの歌詞がすごく好きで、大先輩なので恐縮ですけど、メロディに対して言葉のはめ方がすごくいいんですよ。たとえば自分が「ここは『なー』って伸びなあかんやろ」と思うところで、「んー」で伸ばす作詞家さんもいらっしゃる。もちろん作詞家の考えもあるのはわかるのですが、「何やってんねん!」と思いますよね。でも畑さんはそれがないんですよ。すごいです。

――編曲の中西さんともご縁があったみたいですね。

山田:ご縁があって、1年間、中西さんのアシスタントをさせて頂いてお世話になりました。『スノハレ』の時にはもう彼の元は離れていましたが、自分にとっては兄のような存在で。そんな恩人にアレンジしてもらうことになり、「今、山田の曲アレンジしてるよ」って途中で聴かせてもらって、「これはすごい!」と感じたのは覚えています。

今回はここまで。意外にあっさりとしていた山田氏と『ラブライブ!』との出会いだが、実はかなり思い入れは深いよう。『スノハレ』以後に生み出した2曲や、その他のアニソンについては次回をご覧ください。

(取材・文=はるのおと)