加瀬 亮「観るたびに好きなシーン、好きなせりふが変わるんです」

あの人と本の話 and more

公開日:2014/12/6

毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』。今回登場してくれたのは、俳優の加瀬亮さん。かねてから敬愛するホン・サンス監督とは、初対面だった対談の席で意気投合。その場で出演のオファーを受けた。主演映画『自由が丘で』の魅力を語る。

 韓国映画の鬼才・ホン・サンス監督の、実に独特でスリリングな撮影方法について、加瀬さんはこんなふうに振り返る。

「映画監督が脚本を書いてる姿を初めて見ました(笑)。その日の朝、書くんです。だいたい3シーン、10ページくらいなんですが、2時間ほどで書き上げる。書きあがったらその場で覚えないといけないので、役作りとかそういう感じではなかったですね。台本が面白くなかったらその方法はツライかもしれないですが、これがものすごく面白い。だから覚えなくちゃいけないというより覚えたい、みんなで早くやろうっていう感じになるんです。撮影期間は2週間。でもそれも今回は英語だったからで、これまでの監督の映画はほとんど6日間で撮ってると聞いて、びっくりしました。それですべての映画が面白いなんて、本当に魔法のようです」

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 すれ違う恋人たち。大切な人からはぐれたモリは、まるで時間からもはぐれてしまったかのよう。人生のエアポケットのようなハードタイムを、ホン・サンス監督ならではの絶妙な会話劇が切り取っていく。

「モリがどんな男なのか。恋人のクォンがなぜプロポーズを断ったのか。演じている僕も最初は気づかなかったことが、観るたびにまた違った見え方で見えてくるんです。おせっかいに見えるという意見もありましたが、ゲストハウスのあの甥は、ものすごい借金を背負っている、だとしたら見せないけど、たくさんのしんどい経験をしてきてるはずで、そう思うとおせっかいに見えるシーンも、自分にはすごい優しいシーンに思えました。この映画は人それぞれの受け取り方で楽しめると思います。」

 さりげない会話劇の中に、それぞれの人が秘めている痛みや優しさが見え隠れする。人生の宝石のようなそれを見つけながら観るのもホン・サンス作品の醍醐味。

[“When do you feel happy, Mori-san?”のシーン、これはまさに吉田健一の『時間』の冒頭の一文と通じます。このシーンは“you don’t have fear”というせりふでバッと終わるんですけど、それがまた印象的でした。観るたびに好きなシーン、好きなせりふが変わるんです」

(取材・文=瀧 晴巳 写真=鈴木慶子)

加瀬 亮

かせ・りょう●1974年11月9日神奈川県生まれ。映画『五条霊戦記』で映画デビュー。2007年『それでもボクはやってない』で報知映画賞主演男優賞など数多くの賞を受賞。クリント・イーストウッド監督『硫黄島からの手紙』、ガス・ヴァン・サント監督『永遠の僕たち』など海外の監督との仕事も多い。
スタイリング=梶 雄太 ヘアメイク=北 一騎

 

『時間』書影

紙『時間』

吉田健一 講談社文芸文庫 1300円(税別)

昭和最後の文士、ヨーロッパ帰りの天性の文人といわれた吉田健一。深い素養に裏打ちされた洒脱な評論・随筆で知られる批評家の代表作。読点のほとんどない独特の文体の中にアフォリズムが煌めく。人生の中で時間が流れていくということの意味を考え、最晩年に到達した人間考察の頂点にして、心和む哲学的時間論。

※加瀬 亮さんの本にまつわる詳しいエピソードはダ・ヴィンチ1月号の巻頭記事『あの人と本の話』を要チェック!

 

映画『自由が丘で』

監督/ホン・サンス 出演/加瀬 亮、ムン・ソリ、ソ・ヨンファ、キム・ウィソンほか 配給/ビターズ・エンド 12月13日(土)シネマート新宿ほかにて全国順次公開
●2年前プロポーズを断わられたクォンに会うために韓国にやってきたモリだが、クォンはいない。彼女を探して過ごした日々をモリは手紙に綴っていく。その手紙を受け取ったクォンだったが、読むときに落として、手紙の順番がバラバラになってしまう。彼女が読む順序でこの映画は展開する。
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