中越典子「井上戯曲の最高峰であるこの舞台。その流れに乗り、そして流れを変えてもみたい」

あの人と本の話 and more

公開日:2015/2/6

毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』。今回登場してくれたのは、女優の中越典子さん。井上ひさしの異色作にして最高傑作と呼び声高い舞台『藪原検校』で演じるのは、なまめかしく、激しい女“お市”。2月23日から上演される、その舞台を前に、今思うこととは――?

「この舞台のお話をいただいた時から、楽しみで、楽しみでしょうがなくて」

 取材当日は、直前まで歌の稽古、「来週から本稽古に入ります」と、こぼれるような笑みを見せる中越さん。井上ひさしから絶大な信頼を寄せられ、幾度となく井上作品を手掛けてきた栗山民也が『藪原検校』を初演出したのは3年前のこと。大きな話題を呼んだ、その2012年版だが、記録映像は「あえて観ないようにしているんです」と言う。

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「名女優・秋山菜津子さん演じるお市は絶対、素晴らしいに決まっている。けれどそのお市に囚われるのも、逆に全然違うお市を、と自分が気張ってしまうのも嫌で。舞台における時代劇ではほとんど無地に近い私が、ここに呼んでいただけた。そこにある意図を真摯に受け取り、裸のまま役に臨んでいきたいと思っているんです」

 それだけに今は、舞台とつながるたった一本の糸――台本をじっくりと読み、味わっているという。

「“来世は目明きに生れてくるぜ。そうして、おっかさんの顔をしみじみと拝ませてもらわあ”。という杉の市のセリフがあるのですが、そのままの熱い人情を受け取っていいのか、それとも含むところがあるのか……本当に考えさせられてしまう台本で。大悪漢にも、人として優しいところがあると信じていたいけれど、最後まで本当のワルでいてほしいという、複雑な気持ちも連れてきますね」

 台本のこまやかな記載には、想像のヒントがあり、それが頭のなかで構築されていく面白さもあるという。

「極悪非道で、でもなんか色っぽくて、キュートで面白くて笑えて、小気味好くて……いろんな要素が詰まっている。『藪原検校』は、まさに“ザ・井上ひさし”、そして“ザ・栗山民也”の世界が展開する舞台。そこで私もはじけられたら、と思います。お市は5年前の私では絶対にできなかった役。“今の自分だからこそできる”と、自分自身にも期待をしているんです」

 舞台の“華”となる、野村萬斎演じる杉の市との、コミカルでなまめかしい情事の場面にも期待がかかる。

「淫らで恥ずかしいセリフも、時代劇ならすっと出てくるんですよね。そこに感じられる日本語の美しさに押されて。そうした言葉やセリフに触れるたび、日本に生まれてよかったなぁと思うんです」

(取材・文=河村道子 写真=下林彩子)

中越典子

なかごし・のりこ●1979年、佐賀県生まれ。2003年、NHK連続テレビ小説『こころ』でヒロインを演じて以来、数多くのドラマ、映画に出演。近年は、蜷川幸雄『皆既食~Total Eclipse~』、宮田慶子『永遠の一瞬』、ケラリーノ・サンドロヴィッチ『犯さん哉』、宮本亜門『金閣寺』など名だたる演出家の舞台に出演。公式Instagram
ヘアメイク=石川奈緒記

 

『言語小説集』書影

紙『言語小説集』

井上ひさし 新潮文庫 460円(税別)

意味不明の長台詞が女優を混乱に陥れる「極刑」、突然、舌がもつれた青年駅員が思いもよらぬ言葉を発していく「言語生涯」――膨大な知識、ギャグ……“言葉の魔術師”が巧みに紡いだ奇想天外な短編集。単行本未収録の幻の4編を含む7編を収録。筒井康隆が解説で著している如く、まさに“言語による演劇”。

※中越典子さんの本にまつわる詳しいエピソードはダ・ヴィンチ2月号の巻頭記事『あの人と本の話』を要チェック!

 

舞台『藪原検校』

作/井上ひさし 演出/栗山民也 出演/野村萬斎、中越典子、山西 惇、辻 萬長ほか 2月23日(月)~3月20日(金) 世田谷パブリックシアター 
●盲目で生まれた杉の市は盗みや脅しは当たり前、ついには殺しも――悪の限りを尽くしながら、己の身と金の力を頼りに、二代目・藪原検校として盲人社会の最高位にまで登りつめるのだが……。2012年、大喝采を浴びた栗山民也演出の本作が、さらにエネルギッシュになって再び見参!
2012年公演 撮影=谷古宇正彦