インタビュー

世界観の変更を迫りたい、もっと強く 小説で、“すごい経験”をしてほしい

“物事はこういうふうにも考えられるんだ”──最後のページを閉じた瞬間、自らの内に起こるそんな覚醒。登場人物に寄り添い、あるいは俯瞰し、ストーリーを夢中で巡ってきたはずなのに、意識は自分に向かっている。それが白石作品の摩訶不思議さである。

白石一文

しらいし・かずふみ●1958年、福岡県生まれ。2000年『一瞬の光』でデビュー。09年『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』で第22回山本周五郎賞、10年『ほかならぬ人へ』で第142回直木賞受賞。著作に『私という運命について』『不自由な心』『ここは私たちのいない場所』『神秘』『光のない海』など多数。
 

「小説を読むことですごい経験をしてほしい。そのために書いているんです。面白いとか、感動的とか、泣けるとか、そういうものではなくて、我々がいま現在いる、この世界をどう見たらいいのかという、ある種の問いかけをしたいんですね。本作では自分が今までずっと練り上げて来た新しい世界観をできるだけ分かりやすく物語に染み込ませておきました。読んだ人たちは新鮮な驚きを感じるでしょう。自分も今年で58歳です。そろそろ作家としての仕上げの時期に入っていますからね」

 口調はライトだけれど、そこには時間と攻防する切迫感のようなものも見え隠れする。あとどれくらい、書くことで外へと出していくことができるのか、自分の内にある膨大なものを──その意識の明確化とともに執筆したという本作は、原稿用紙にして900枚の大長編となった。

「10年前に、冒頭の200枚くらいを書いていたんです。若い頃からずっと考え続けてきた“人間の記憶”というものについて書きたくて」

“絶望とは未来にあるのではなく、その人間の過去の集積として、彼の行く手に置かれたものである”から始まる短い文章。〈わが兄・手塚迅の遺したメモ〉と題された、冒頭にあるこの深遠なメッセージから読む者の心は掴まれていく。

「短い文章なのですが、この〈メモ〉の一文のなかに書きたいことのエッセンスが詰まっているんです。数式みたいなものですね。それを一種のガイドロープにしてストーリーを作っていったのですが、10年前はそのロープを途中で見失ってしまった。再び動き始めたのは一昨年秋、新聞連載として書こうと決めてからです。当然、〈メモ〉に対する見方も、数式の解釈が新しくなるように自分のなかで大きく変化していた。十年前は、たとえば法や政治制度を変えることで、世界は改善できると思っていた。宗教にもまだまだ期待できる余地が残っているとも。でもね……」

〈メモ〉を遺して謎の死を遂げた兄の遺骨を抱き、みずからが暮らす地方都市へと帰る古賀純一の語りからストーリーは始まる。“手塚迅”というペンネームを持つ兄・壮一は世界的ベストセラー作家だった。長いこと音信不通であった兄の遺品を整理するうち発見した『ターナーの心』と題された随筆──絶筆期間の後、『文藝春秋』で発表されていたその一文には“わたしの父は太平洋戦争前夜のロンドンで帝国銀行ロンドン支店長をつとめていた……”から始まる我が家の歴史が綴られていた。だが兄弟の父は水道技師であり、ロンドンなど一家には無縁の土地。徹頭徹尾デタラメが記載された文章──しかしそこに、兄弟の遠い記憶を喚起する符号が隠されていることに純一は気付く。幼き頃に出会い、2人が探し求めていた人物を発見したことを匂わせる符号。これは兄が自分に宛てたメッセージなのではないか? そしてそれは兄の死の謎とも繋がっていくのでは、と考えた純一は、次々と立ち現れる不可解な事象のなか、その真相を追い求めていく。

「“次はどうなる?”“この事件は一体どういう意味を持つ”といった好奇心を読者に常に喚起させるよう、休みなく謎をつくっていく作業は面白かったですね。でもこの物語はミステリーではありません。自分が書きたいことをわかりやすく読んでもらうための意匠というか。こうした小説の形が、今の時代とフィットしているのだとしたら、少し頭を垂れつつ、キッと睨み返すように書いてもいいんじゃないかなと筆を進めていきました」
 

なぜこんなにも、自分は世界のことを知りたいのか

「自分の知っている世界を書こうと思いました」

それは手塚迅、そして後に物語の中心に立つ、彼の義甥・白崎東也の職業を作家にしたことにも表れている。白石さんにとってこれは初の試みだ。

「これまで様々な仕事を調べ、想像を交えて登場人物を作り上げてきたわけですが、そこには“自分自身の職業をそのまま書くなんて安直なことはやめよう”という思いがあったんです。けれど実際は“生活のすべてが小説を書くこと”という日々をもう十何年も送ってきている。そろそろ自分に正対してもいい時期なのではないか、自分という作家がどんな生き方をしているかをちゃんと書いた方がいいのではないかと思ったんです。そもそも作家の家の生まれなので(父は直木賞作家の白石一郎)、作家のことはそれこそ血肉のように分かっているつもりですし、今後は物を書いている人物を中心に据えて書こうと思っています。本作はその入口となりました」

 手塚迅の、白崎東也の思考、そして物語のなかに刻まれていく言葉は、作家というものが持つ天性の才を放ちながら物語に厚みを与えていく。そして2人や純一らに設定されたある種、人知を超えた力が“人間の記憶とは”──という問いの行く先をナビゲートしていく。

「“記憶の匂い”を嗅ぐ能力といったものをはじめ、ここで書いていることは一見、荒唐無稽に思えるかもしれません。ですが、そうした活字にならないリアルがこの世界には溢れています。不思議な能力を持つ人たちを霊能者とか超能力者とかいうけれど、そういう能力って、実は誰でも持っているんです。五感を超えたものが、この世界の中枢に絡みついているかなりの部分を構成する要素だということは間違いのないリアルだと思いますね。今回はそうしたリアルを少しオープンに書いてもいいかなと」

 たとえば兄の最期に立ち会ったと思われる、謎の女性が残した痕跡〈記憶の匂い〉を嗅ぐうち、純一の脳裏には、別の女性が無意識に浮かんでくる。偶然や気のせいだと片付けてしまいそうなその事象。だがストーリーは、“そこには何らかの共通点が存在するのだ”という視点をもって展開していく。

「同じ場所で事故が繰り返されると、“ここ、なんかあるよね”って、みんな言いますよね。恨みは双方に通じ合ってしまうという“人を呪わば穴二つ”って言葉などにしても、ずっと昔から使われてきた。みんな何かを感じている。説明のつかないそうした出来事をこれまで自分が考えてきた仮説にあてはめていったわけです。今回、一番深く考えたのは“生まれ変わり”という現象についてです」

“生き物のすべては電波のようなものでできている”──白石さんの捉えた驚くべき、しかしすとんと腑に落ちる世界観、転換する記憶という概念。時間、空間……捉えどころなく思考の外に置いていたものが、俄かに自分のなかで意味を持ち始める。

「なぜこんなにも、自分はこの世界のことを知りたいのかなっていつも思うんですよ。その欲求は、普遍的な好奇心、自分という人間の固有の好奇心、どちらなのかということも。でもやはり自分が書きたいのは、固有の好奇心なんですね。“自分自身が知りたい”のだと。そうすると、たとえば宇宙を知りたいという好奇心に対して、自分なりの目的を設定することができるようになる。広大無辺のこの宇宙のなかで芥子粒のような存在に思える我々ですが、しかしその芥子粒のことを、“価値があるんだ”と言えるのは、自分しかいないのだということが分かってくる。神や超自然的な力など、何か大きなものから承認されることでしか満足できない自分にはうんざりだ、という気分がある。そのためにこの世界がどうなっているのか知りたい。知れば“これは自分固有の権利だ”というものがみつかるのではないかと」
 

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