インタビュー

犯人であっても生きていてほしい…息子は被害者なのか、それとも加害者なのか?

 シリアスな警察小説からハートウォーミングな恋愛小説まで、幅広いジャンルを手がける雫井脩介さん。最新作『望み』ではこれまでたびたび取りあげてきた〈家族〉というモチーフにあらためて光を当て、濃密な人間ドラマを創り出した。

雫井脩介

しずくい・しゅうすけ●1968年、愛知県生まれ。99年『栄光一途』で新潮ミステリー倶楽部賞を受賞、翌年、作家デビュー。2004年『犯人に告ぐ』で大藪春彦賞を受賞。『火の粉』『クローズド・ノート』『犯罪小説家』『仮面同窓会』『犯人に告ぐ2 闇の蜃気楼』など多彩な著作がある。
 

「今回は“家族を扱ったもので”というリクエストがあったんです。僕の作品はよく家族が出てきますし、担当編集の方も日々家庭での問題に直面しているらしく、そういう物語が読みたいと。それでストックの中から、今回のアイデアを選び出しました」

 それは次のようなものだ。

「少年犯罪で、グループ内のトラブルから殺人事件に発展してしまうケースなどあるんですが、報道を見ていても人間関係や経緯が漠然としていて、よく分からないことがあります。そういう事件の関係家族、特に親は、どういう心境で報に接しているのだろうと気になってました。事件発生直後は、自分の子供が被害者なのか加害者なのかも分からなかったりするかもしれない。そこを突きつめて考えると、案外深いテーマかもしれないと思いました」

 物語は、建築デザイン事務所での打ち合わせ風景から幕を開ける。建築デザイナーの石川一登は、新居の相談にきたクライアントの夫婦に、自ら設計した自宅を見学させる。家づくりで大切なのは「家族の形」を見つめること。そうアドバイスする一登だったが、彼の家庭も問題がないわけではなかった。

 悩みの種は高校1年生の息子・規士だ。以前は快活な子だったのだが、膝を悪くしてサッカー部をやめて以来、何事にも無気力になってしまった。外泊をくり返すようになり、顔に青あざを作って帰ってきたこともある。中学3年生の娘・雅によれば、電話に向かって「あいつを何とかしないと」「やらなきゃ、こっちがやられる」などと物騒な話をしていることもあるという。

 一登と妻・貴代美をさらに不安にさせたのは、規士がナイフを隠し持っていたことだ。購入した理由を訊いても規士は答えない。実の息子とコミュニケーションが成り立たないもどかしさ。年頃の子をもつ家庭に漂う空気が、巧みなセリフまわしとともに再現されてゆく。

「一登と規士の関係は、自分が中高生だった頃を思い出しながら描きました。うちも父親が自営業だったので、後を継いでほしいという無言のプレッシャーが漂っていて、子ども心に反発を覚えたんですよ(笑)。登場人物に特にモデルはいませんが、自分の気持ちをそれぞれ投影させることで、リアルな存在感が生まれるんだと思います」

 そして9月半ばのシルバーウィーク、一家に異変が訪れた。土曜の夜に遊びに出た規士が、翌日の午後になっても帰宅しないのだ。

 その夜、一登は離れて暮らす義姉から気になるニュースを知らされる。一家の住む町で、乗り捨てられた車のトランクからシートにくるまれた少年の遺体が発見された。現場からは複数の少年が逃げ去る姿が目撃されていた……。
 

父の思いと母の思いがぶつかって生まれる葛藤

 発見された遺体は、規士の遊び仲間の少年のものだった。遺体にはリンチを加えられた跡があり、事件以降グループの少年数人の行方がわからなくなっていることも判明。いったい規士の身に何が起こっているのか。息子の交友関係を把握していない両親は途方に暮れるのだった。

「自分が中高生の頃には、誰と遊びに行くなんていちいち親に言ってませんでした。子どもの交遊関係を把握できていないほうが、リアルだろうなと思います。いかにもありそうな話ですが、現実の事件を参考にしたわけではなく、この設定が成り立つのはどういう事件かな、という作り方をしていきました。しばらく被害者か加害者かわからないという形にするために、複数の少年たちが逃げているという形にして。そうした構成はミステリー的ですね」

 事態がまったく把握できていない石川夫婦のもとには、刑事やマスコミがやってきて、早くも加害者家族という役割を担わせようとする。わが子の生死もわからない状況で、家のまわりをカメラが取りまき、マイクを突きつけられる状況は現代の悪夢そのものだ。

「被害者か加害者かわからない状況で、社会はどのくらい圧迫してくるものなのか。そのラインを想像しながら描いてゆきました。現代の日本で加害者家族になることは恐怖だと思う。仕事も失うし、人間関係も寸断されます。そのことは後の葛藤ともつながるので、しっかり描いておく必要がありました」

 事件の情報を求めて、貴代美がネット掲示板にアクセスするシーンが印象的だ。ネット上にあげられた中傷まじりのあやふやな情報。母である貴代美にしても、そんな情報を頼りにするしかない。

「立場が確定していない両親のもとには、わずかずつしか情報が入ってこない。二人は基本的に自宅で待機していますから、まずネットに頼るだろうなと。そうした曖昧な情報に始まって、事件記者、規士の友人と、徐々に確度の高い情報がもたらされてゆく。それによって覆い隠されていた現実が見えてくる、という流れなんです」

 取材に訪れたジャーナリスト・内藤がもたらした情報によれば、車を捨てて逃げた少年は2人。しかしグループで行方不明中の少年は3人いるという。

 規士は被害者なのか、それとも加害者なのか? さまざまな情報に翻弄された一登と貴代美は、やがて正反対の確信を抱くようになる。

「夫婦二人の視点が交互に描かれていきます。そうしたのは、一登にも貴代美にも、それぞれ納得できる心の動きがあるということを読者に伝えたかったから。一登の考えにも貴代美の考えにも一理ある。それが激しくぶつかり合うことで生まれる葛藤こそが重要だと思ったんです」

 今ある生活を失う怖さから、そして何よりも息子は人殺しなどできる子ではないという思いから、一登は規士も被害者なのではないかと考える。

 一方、どんな形であっても生きていてほしいと願う貴代美は、規士が加害者であるという考えに救いを見出す。

 本文にある次のフレーズが、作品タイトルに込められた意味を明らかにする。「二人の望みはまったく別の方向を向いている。しかしそれは、どちらも言ってみれば、望みなき望みなのだ」──ぎりぎりの選択に望みを見出そうとする一登と貴代美の心情が痛いほど伝わってくる。

「人間ドラマでやり甲斐や手応えを感じるのは、登場人物が覚悟を決めるシーンが描けた時ですね。それまでとは違った筋の通った人間になって、現実に立ち向かってゆく。そんなシーンがあると、自分でもいいなと思います。この作品でいうと、貴代美が雅を『いつまでそんな甘えた子どもでいるつもりなの?』と叱りつけるシーン。あそこで貴代美は、加害者の親として生きていくことを選び取っているんです」
 

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