その人形は、真実を語るという── 人形遣いと姫様人形が江戸の謎に挑む!

新刊著者インタビュー

公開日:2016/10/6

よくわからないからこそ江戸って面白い

 町と言えば、舞台となる両国の華やかさもこの小説の読みどころだ。蒸し暑い夏の盛りに、多くの人々でにぎわう夜の両国橋。団子に寿司、天ぷらを売る屋台がずらりと並び、見世物小屋の前では木戸番が出し物の口上を述べ立てる。生き生きとした描写から町の光景、雑踏の熱気までもがくっきり立ち上がり、祭りの前のように心が浮き立ってくる。

「江戸の人々が行動するのは、朝から日暮れまで。歌舞伎小屋なんかも、火事が怖いので日が暮れると火を落とすんですね。でも、どうやら両国は夏の間だけ夜遅くまで店が出てにぎわっていたらしいんです。なにかの史料で知り、その様子をぜひ書いてみたいなと思いました」

 当時の両国は、江戸においてどんな位置づけだったのだろう。

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「盛り場ですよね。東のほうが猥雑だったのかな。庶民も武家もお金がありませんでしたが、あそこならちょっとのお金で大道芸が見られました。昔の武家は暇だったんですよ。特に参勤交代で来た人は、することがない。でも門限が厳しいので、遠出するわけにもいきません。あのあたりが、いい遊び場だったのでしょうね」

 江戸時代のことながら、まるで実際に見てきたことのように語る畠中さん。イメージを膨らませるには、文献にあたるだけでなく想像を喚起するビジュアルを見るようにしているそうだ。

「両国の江戸東京博物館に、当時の街並みを再現したジオラマがあるんです。ミニチュアの小屋も、ちゃんと酒樽の菰でできていて。菰は防水加工されているので、当時は小屋の材料に使っていたんですね。こうしたジオラマや、深川江戸資料館に復元された街並みを見て、イメージを膨らませています」

 デビュー以来、時代もの、中でも江戸時代を舞台にした小説を数多く執筆しているが、なぜそこまで江戸に惹かれるのだろうか。

「いまだに新しく発見があるんです。それこそ今回なら、夜の両国がそう。ここまで江戸のお話を書いてきましたが、夜の両国がにぎやかだったなんて知りませんでした。夜の風景は、錦絵にも描きづらいのかあまり残っていません。吉原も日暮れてからのほうが華やかだったと思いますが、ほとんど絵に残されていないんです。でも、実は明るくて華やかな地域もあって、夜っぴて歩く振り売りもいて。どうやら、24時間営業の居酒屋もあったというから驚きますよね。から汁、つまりおからの味噌汁を酒の肴にしていたなんて聞くと、それを小説にも書いてみたくなります。調べれば調べるほど、いろいろなことがわかって面白い。今でもよくわからない世界なんです、江戸って」

 江戸の奥深さに魅せられ、次々に作品を発表してきた畠中さん。実は、今年でデビュー15周年を迎えるという。

「早かったですね。じたばたしているうちに、あっという間に15周年(笑)。デビューしたばかりの頃は、まだ史料の読み方もわからなければ、どの本を読むべきかもわかりませんでした。周りの同業者にいろいろ教えていただいたり、経験を重ねていったりするうちに、年月が経っていたという感じです。当初は『慣れればもっと速いペースで書けるようになるよ』と言われましたが、いつまで経ってもちっとも速くならず(笑)。1日に書く量も変わらず、ずっと年に3冊のペースを保っています」

 現在は、実在の人物をモデルにした時代小説に初挑戦しているとのこと。『まことの華姫』続編を執筆する可能性について聞くと、「さて、この本どうなりますでしょう」と悪戯っぽい笑顔が返ってきた。

「書く書かないは、この本の反響次第。ともあれ、今回は夜の両国のお話です。知っているようで知らない世界を、一度楽しんでいただければと思います」

取材・文=野本由起 写真=臼田尚史

 

紙『まことの華姫』

畠中 恵 KADOKAWA 1400円(税別)

夜の両国、見世物小屋。ここでは最近、人形遣いの月草と彼の操る姫様人形・お華が評判を呼んでいるという。聞けば“まことの華姫”の二つ名を持つお華は、真実を見抜く千里眼を持つとの噂。今宵も彼の小屋では、悩める客たちが二人の話芸に耳を傾ける……。江戸市井の人々の悲喜こもごもを描いた、5つの謎解き人情物語。