人は没落に惹かれ没落から学ぶと思うんです

新刊著者インタビュー

更新日:2013/12/4

 連載開始から、丸5年。写実的な描線とストーリーの濃厚さで知られるマンガ家・古屋兎丸が、史実を元にめくるめく想像力を羽ばたかせた長編『インノサン少年十字軍』を完結させた。絵も物語も高密度に凝縮された渾身の全3巻。その道のりを振り返って言う。

「上巻をわりと穏やかに明るく始めたのは、後々とことん落とすための前フリです(笑)。絵的にも楽しいシーンから入って、キャラたちを紹介しつつ立たせる。そのうえで、彼らを待ち受ける旅の果てに何かがあることを暗示させるという。中巻では徐々に不協和音が鳴り始め、死者も出る。そして下巻はとことん容赦なく彼らを突き落とす」

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 きっかけは、ヒストリーチャンネルで少年十字軍に関するドキュメンタリーを観たことだった。聖地エルサレムを異教徒から奪還するため、キリスト教十字軍が大人たちによって組織されていた13世紀フランス。神の啓示を受けた少年エティエンヌが、子供たちを率いて「少年十字軍」として聖地を目指す。

「少年たちは理想を掲げて立ち上がったのに、最終的には大人たちに利用されて、悲劇的な運命を辿る。そうした無垢な子供たちの堕ちていく過程が響いたんです。観た瞬間、いつか描きたいと思った」

 だが、実際に描き出すまでは数年かかった。なぜか?
「本当の少年十字軍というのは、男も女も入った“子供たち”の十字軍だったんですね。でも、男と女が交じることによって物語がより複雑になるし、人数が増えれば増えるほど物語が膨らんでいって長編化してしまう」

 題材の残酷さを濃縮して表現するためには、人間関係はシンプルにしておきかたった。昭和の日本を舞台に少年たちの秘密組織の盛衰を描いた『ライチ☆光クラブ』の楽しさもあって、「“少年十字軍”なのだから、少年だけにしてしまおう」と決めた。

「そんな時に、大河ドラマの『新選組!』を観たんですよ。このドラマの人物配置を持ち込むと、物語として転がりそうだなと思って。みんなに慕われる近藤勇がエティエンヌ。彼を支える土方歳三がニコラ。人斬り以蔵(岡田以蔵)がギー。不穏な行動を取る山南敬介がクリスチャン。主要人物4人ぐらいのキャラクターが決まり、ニコラがそそのかし、エティエンヌが動く……という構造が浮かんだ時、イメージが固まった気がします」

 少年十字軍が、新選組のイメージと結びついたのには必然性がある。古屋作品の根幹に関わるキーワード「没落」だ。
「華やかな時代があって、やがて時代の移り変わりとともに堕ちていく。新選組も幕府が国家だったときは官軍側だったのに、最後は討幕派が天下を取ってしまって逆賊として滅ぼされる。こうした没落という悲劇に、僕は魅力を感じるんです」

 

今までで一番残酷で一番資料を読み込んだ作品

 選ばれし子エティエンヌは、ピュアな精神の持ち主だ。しかし、行く先々で奇跡を起こし、その名声で「道連れ」となる子供たちを集め、大人たちから軍資金を集めるうちに、十字軍組織の大きさに翻弄されることになる。そんな状況下で暗躍するのは、少年たちの行軍を技術的にサポートし、子供たちの指導者的立場として振る舞う大人、テンプル騎士団のユーゴだ。

「テンプル騎士団と少年十字軍に関わりがあったという文献はないですね。ただ、作中にも描きましたが、テンプル騎士団は、当時の銀行のような役割を担っていたんです。だから、多額の軍資金が集まってきた少年十字軍が、テンプル騎士団のお世話にならなかったとは限らない。関わったんじゃないかなっていう、想像というか、予想ですね」

 ここで古屋が「予想」という言葉を選んだのには理由がある。
「今までで一番、資料を読み込んだ作品でもあります」
 物語の後半、当時のキリスト教における異端と正教会との間で惨たらしいドラマが噴出するが、その展開も史実に裏打ちされている。ストーリーだけじゃない。絵の中にも、資料で得たリアリティが反映されている。