小説家・綾辻行人に訊く、『SHIROBAKO』が特別な理由

アニメ

更新日:2020/4/30

劇場版『SHIROBAKO』 公開中、ショウゲート配給
 © 2020 劇場版「SHIROBAKO」製作委員会

 アニメーション制作現場におけるシビアな現実と、スタジオが一丸となって作品の完成を目指す姿をエンターテインメント性たっぷりに描いてきた『SHIROBAKO』は、アニメだけにとどまらず、各分野で活躍する表現者にファンの多い作品でもある。『SHIROBAKO』と同じくP.A.WORKS/水島努監督の布陣で、著作『Another』のTVアニメが制作された小説家・綾辻行人さんも、そのひとり。『SHIROBAKO』のどんな一面が、綾辻さんの心を動かしたのか、TVシリーズのエピソードを振り返りつつ、お話を聞かせてもらった。

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綾辻行人さん

綾辻行人
あやつじ・ゆきと●1960年、京都府生まれ。87年『十角館の殺人』でデビュー。「館」シリーズを代表とする新本格ミステリを書き続ける一方で、ホラー小説にも意欲的に取り組んでいる。新作『Another 2001』が、2020年中に刊行予定。

 

『Another』(2012)
『Another』(2012)
(c)2012 綾辻行人・角川書店/「Another」製作委員会

 

――2014年のTVアニメ放送当時、『SHIROBAKO』をリアルタイムでご覧になっていたんですよね。

「観てました。そもそもP.A.WORKSさんと水島努監督には『Another』のアニメ化でお世話になって、馴染み深かったものですから、同じチームの新作にはやはり注目しますよね。なので、とにかく観てみたわけですが、最初からすっかり引き込まれてしまって。50過ぎのミステリー作家が毎週『SHIROBAKO』を観て、随所で感動して涙ぐんだりしていたという(笑)。今回、5年経って観直してみても、変わらず面白かったです。グッとくるというか、熱くなるというか。普遍的に人を感動させる力のあるアニメだなあ、と改めて思いました」

――まさにおっしゃるとおり、『SHIROBAKO』は年月が経っても魅力が風化しない稀有な作品だと思います。綾辻さんは、その理由はどこにあると思いますか?

「高校のアニメーション同好会の5人の女の子たちが、将来はアニメ制作に関わる仕事をしたいという夢をそれぞれに抱いて頑張る、言ってしまえば王道的な青春ストーリーです。当然、アニメ業界の〝お仕事もの〟として物語が進むわけですが、誰が観ても、自分自身の過去や現在を、何らかの形で彼女たちに重ね合わせることができる。『それわかる』『おれも若いときそうだった』『こんな仲間がいたな』とか、そういう感覚を良い感じで思い出させてくれるんですね。アニメ業界を描きながらも、まったく異なる職業で頑張っている人たちの心にも訴えかける力があります」

――普遍的でありつつ、一方で『SHIROBAKO』に似ている作品って実はあまりないのかな、と。

「僕はミステリーとホラー以外は詳しくないけど(笑)、〝アニメを作る現場を描くアニメ〟というメタフィクショナルな設定は、やっぱり魅力的ですよね。武蔵野アニメーションという、ちょっと小規模な制作会社がアニメを作る、というアニメを現実に制作しているのがP.A.WORKSである、という構造。たとえば推理小説でも、『推理作家が推理小説を書くことを描く推理小説』があります。こういうのって、そのジャンルの仕事をしていると必ず思いついて、やってみたくなるものなんです。でも、いざやるとなると、面白く作るのは難しいんですね。よく知っているジャンルであるだけに、下手をすると内輪の頷き合いになってしまったりして、そういうノリをある程度ストイックに抑えながら、うまくバランスを取っていかないと失敗する。実はとても難しいアプローチです。『SHIROBAKO』には、随所にアニメ関連のパロディやギャグがありますが、どれも上質でセンスもいい。そこはさすが水島さんと横手(美智子:シリーズ構成)さんのコンビだな、と感心します」

――『SHIROBAKO』には魅力的なキャラクターがたくさん登場しますが、綾辻さんが思わず感情移入してしまうキャラクターはいたりするのでしょうか。

「僕は小説家だから、やっぱり脚本家志望のあの子になるなあ(今井みどり。上山高校アニメーション同好会の下級生)。あの子が最初に『わたしは物語を作りたいっす』と宣言した瞬間から、なんだかもう涙腺が(笑)。『物語を作りたい』という夢は、『小説を書きたい』『作家になりたい』という夢と重なり合いますからね。おのずと感情移入してしまって、応援したくなりましたよ。でも、身近にいてほしいのは(宮森)あおいちゃん。こういう編集さんがいてくれたらいいなと(笑)」

――(笑)事前に劇場版のシナリオを読んでいただきましたが、物語の中でどんなことが印象に残っていますか?

「冒頭からもう、『どうしよう』と途方に暮れる感じ(笑)。4年後の武蔵野アニメーションがどう描かれるか、そうそう平和な状況ではないだろうな、などと予想して読み始めたんですが、予想を超えて大変なことになっている。物語の前半は過去の話を挟み込みつつ、『なぜこうなってしまったのか』の謎解きになっていますね。伏せてあるカードの開き方がとても巧いので、するすると物語に引き込まれていました。シナリオは30分くらいで読んでしまったんですけど、しばらく頭の中でグルグルしてましたね。完成した劇場版を早く劇場で観たいです」

――先ほどお話があった通り、綾辻さんの著作『Another』のTVアニメは水島監督とP.A.WORKSの布陣で制作されたわけですが、彼らのクリエイティブには、どんなことを感じていましたか。

「アニメ業界のことはよく知らなかったから、基本的には編集さんたちにお任せだったんですが、『Another』についてはなかなか冒険的なミッションを、最良の形でクリアしてくださったと思っています。なのでやっぱり、その後のP.A.作品にも注目しているわけです。『有頂天家族』も素晴らしいですよね。『SHIROBAKO』と双璧を成す傑作だと思います。森見(登美彦)さんの原作がそもそも傑作なんだけど、あの独特の世界観や独特の可笑しさ・面白さを、見事にアニメで表現しています。P.A.WORKSの堀川さんの、森見作品への愛があふれていますね。『Another』もそうでしたが、仕事が丁寧なんですよね。富山の本社スタジオを訪れたこともありますが、静かな良い環境で。この環境だからこそ、こういう丁寧な仕事ができるのかもしれない、と素直に感じました」

――水島努監督についてはいかがでしょうか。

「ジャンルに囚われずに多彩なアニメに挑んでおられます。『侵略!イカ娘』も作れば、『ガールズ&パンツァー』も『SHIROBAKO』も。オールマイティな監督さんですね。水島作品だと僕、『監獄学園(プリズンスクール)』も大好きで。ゲラゲラ笑いながら観てたんですけど、クライマックスは実に緻密でスリリングなミステリーにもなっていて、感心しました。『SHIROBAKO』でも、クライマックスはとてもスリリングな展開で盛り上がりますよね。その辺、エンターテインメントの骨法をよく分かっている人だなあと。

――『SHIROBAKO』という作品が綾辻さんに与えてくれたものってなんだと思いますか?

「初心に返らなきゃ、と思わせてくれたことかな。5年前の時点で、僕は作家デビューから28年経っていたんですね。ややもすると、小説を書きたいと思ったときの初心を忘れがちだったんですが、『SHIROBAKO』はその初心を思い出させてくれた気がします。こういうタイプの作品を手放しで褒めるのは、実はあまり性分に合わないんですが。もっと不道徳で不謹慎なものが好きなので(笑)。でも『SHIROBAKO』は、そんな僕のちょっとひねくれた好みを無効化してしまうくらい、善いものなんですね。『善い』だけじゃなくて、あちこちに適度な〝毒〟も含ませてあって、にやりとさせられてしまうところがまた、水島さんらしい。今回観直してみても、同じ印象でした。5年も経つと、作品によっては『ちょっとイタいな』と感じることもあるじゃないですか。でも、『SHIROBAKO』にはそれがない。素晴らしいです」

――TVアニメの中で、特にお気に入りのエピソードもあったりしますか?

「『原画売りの少女』とか。クリスマスの夜に宮森が、『原画は要らんかねー』って街をさまよう、あそこ(笑)。それから、前半のクライマックスの、『アンデスチャッキー』(劇中アニメの『山はりねずみ アンデスチャッキー』)関係のエピソードね。『アンデスチャッキー』のテーマが流れた12話のあのシーン。19話のエンディングにも大喜びしましたね。『神仏混淆 七福陣』も好き。高校生たちの『やー』だの『おー』だののセリフを、プロの声優さんたちがそれらしく演じているわけじゃない? それが可笑しいと同時に、とても愛おしくて。いかにも拙い感じの絵だったり声だったりするんだけど、作中の彼女たちには、今の自分たちがあれを超えられているだろうか、という想いがある。これ、わかるなあ(笑)。『SHIROBAKO』の劇中アニメはどれも良いですね。そこでもまったく手を抜いていないのが偉い」

――ちなみに、『Another』の続編、『Another 2001』の連載が完結されたんですよね。

「途中で1年休載があったんですが、それを含めて5年以上かかりました。苦労したんですが、終わってみるとまあ、悪くないんじゃないかと(笑)。毎回その繰り返しですね。長編を書き上げてエンドマークを打ったときは大いにカタルシスがあって、そのとき何らかの脳内麻薬が出てるんでしょう。それがあるから長年、続けていられるのかも。そこは『SHIROBAKO』の彼ら彼女らと同じですよ。毎回悪戦苦闘して、万策尽きたと言いながらも何とか納得のいく形に仕上げられたときは幸せなので、性懲りもなくまた次に取りかかる。そういった意味でも、『SHIROBAKO』には励まされますね。彼らは仲間がいていいなあって思うけど……まあ、太郎(高梨太郎。ムサニの制作進行)は要らないか。でも、彼もそれなりの役割は果たしているし、その辺も巧いなと感心するところです」

――太郎は現場をひっかきまわしつつ、他のキャラクターの成長を促してるところがありますね。

「期せずして、だけど(笑)。あのキャラをちゃんと使いこなすのは大変そうですね」

取材・文:清水大輔 写真:迫田真実

撮影協力:長楽館
明治42年に迎賓館として建築。絶好のロケーションに加え、美術的価値の高い建築物として110年以上にわたり愛され続けてきた。カフェやレストランなど一般利用も可。
住所:京都市東山区八坂鳥居前東入円山町 604 電話:075-561-0001