新鋭監督が選択した、TVアニメ『無職転生』を研ぎ澄ませる思想と哲学――岡本学(監督)インタビュー

アニメ

公開日:2021/1/28

無職転生
TVアニメ『無職転生~異世界行ったら本気だす~』 TOKYO MXほかにて毎週日曜24:00より放送中 (C)理不尽な孫の手/MFブックス/「無職転生」製作委員会

 小説投稿サイト「小説家になろう」で絶大な人気を誇り、2021年ついにアニメ化を果たした『無職転生~異世界行ったら本気だす~』。部屋に引きこもってゲームとネットに明け暮れていた34歳のニートの男が、家から追い出され、交通事故に遭って死亡。剣と魔法の異世界で、赤ん坊として目覚め、新たな人生をたどり始めるという物語だ。

 本作のアニメ化を手掛けるのは、新鋭の岡本学監督。新たなアニメーション制作スタジオ・「スタジオバインド」で丁寧に美しいアニメーションを作り上げている。

 岡本監督は、この『無職転生』にどんな思いでアニメ化しているのか。作品に込めたテーマや制作工程について伺った。

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『無職転生』は最初から最後までアニメ化することに意義がある作品

――岡本監督が原作小説『無職転生~異世界行ったら本気だす~』と出会った経緯をお聞かせください。

岡本:2年くらい前に別作品の仕事をしていたら、急に電話がかかってきて。それが、現在の会社であるスタジオバインドの社長(大友寿也)からでした。「『無職転生』という作品があるから、監督をやってみないか?」と話を聞いて、そのときに初めて『無職転生』という作品に出会いました。

――原作小説をお読みになって、どんな感想を持ちましたか。

岡本:いわゆる「大河ドラマ的な作品」なので、最初から最後までアニメ化することに意義がある作品だと思いました。そういう作品を「やりきる」ことができたら、とても面白いだろうなと。ただし、ハイ・ファンタジー作品をアニメにするためには設定をかなり細かく作り込む必要がある。ぶっとんだ世界観に、説得力を帯びさせて、地に足をつけさせるためには、設定をはじめ、さまざまなことを考えないといけない。大変な作業なのはわかっていたのですが、それと同時にその制作のプロセスが楽しそうだな、と当時は思いましたね。

――今回、岡本監督はシリーズ構成も担当されています。アニメ化にあたって、どんな方向性の作品にしようとお考えでしたか。

岡本:原作ファンがたくさんいらっしゃる作品なので、まず原作ファンが喜んでくれるような作品にしようと思っていました。もちろん、原作を知らない方にも楽しんでもらえるようにしたいと思いましたが。なので、原作を不用意に変えないことを基本にしています。だとしたら、シリーズ構成も自分でやったほうが良いのではないか、という流れになったんですね。

――小説投稿サイト「小説家になろう」で長年人気ランキング1位を記録していた本作の魅力を、岡本監督はどんなところだとお考えになっていましたか。

岡本:日々、その魅力を発見している最中ですね。最初に読んだときは、主人公(34歳無職童貞引きこもりのニートだった前世の男)に、正直あまり共感できなかったです。反面、同族嫌悪な部分もあって、なんでこんなのが主人公なんだろうと思いました。でも彼がマイナススタートから、ゼロに戻っていく過程が面白いと感じました。あと、彼(転生したルーデウス)のまわりの登場人物たちの人間ドラマが面白いんですよね。お母さん(ゼニス)やお父さん(パウロ)といった家族、そして彼が出会っていく人々それぞれにドラマがあり、それぞれのキャラクターが無駄なく描かれている。読者のかゆいところにちゃんと手が届く作品になっている。そういうところが、人気の理由なのだろうと考えています。

――原作者・理不尽な孫の手さんとのやりとりで、印象に残っていることがあればお聞かせください。

岡本:先生には毎回のホン読み(シナリオ打ち合わせ)に出席していただきました。とても協力的で、ありがたかったですね。アニメ作りでは、原作者の先生が「何も言わないタイプ」や「めちゃめちゃ細かいタイプ」であることが多いのですが、理不尽な孫の手先生はアニメ制作現場を尊重してくださる方だったので、とても作業を進めやすかったです。

無職転生~異世界行ったら本気だす~

無職転生~異世界行ったら本気だす~

無職転生~異世界行ったら本気だす~

前世の男を描くときは、「おまおれ感」を大事にしている

――長年引きこもっており、家庭不和から交通事故で亡くなってしまう主人公・前世の男を、アニメではどのように描こうとお考えですか。

岡本:ホン読みのときにみんなでよく言っていたのは「おまおれ感」(劇中のキャラクターに「お前は俺か」と感じる親近感)です。彼はかなり極端な描き方をされていますけど、現代人であるならば誰しも共感できる部分がある人物だと思うんです。ニヒルを気取っているわりに他人の目が気になる、とか。個人主義的で仁義を重んじないところ、とか。特に男性読者・視聴者にとっては共感できる部分が少しはあるんじゃないでしょうか。そういう部分を丁寧に描こうと思っていました。

――前世の男が転生するルーデウス・グレイラットについては、どのように描こうと思いましたか?

岡本:子どもは外見的な部分、内面的な部分も含め、成長がとても早いですから、その変化をグラデーションとして見せていくことができれば成功だなと思っています。特にアニメのキャラクターは、変化をグラデーションのように見せるのは作業的に難しい。外見的特徴が如実に出る部分は、キャラクターデザインの段階から違いを描いていかないといけない。他作品と比較するのは難しいですが、かなり多めにキャラクターデザインを用意して、日々苦心しながら変化を描いています。

――第1話、第2話のような幼少期は、描写も含めて特に難しそうですね。

岡本:赤ん坊や子どもは無垢でかわいいですからね。アニメーターも乗り気で描いてくれるんじゃないでしょうか。そこに声(声優のセリフ)が重なることで、ギャップや面白さを感じてもらえれば良いなと思っています。

――ルーデウスを育てるパウロとゼニスのグレイラット夫妻はいかがですか?

岡本:実は、彼らを描くうえでひとつの課題だったのは、かなり短いスパンで視聴者が感情移入できるところまで描かないといけないことだったんです。そこで、観ているだけで楽しい夫妻だと伝わるように、原作よりも楽しい夫婦感を強調している部分があります。仲が良い夫婦は尊いものですからね。そのあたりを、ご覧になった方にも感じてもらえれば嬉しいです。

――ルーデウスは、3人のヒロインと出会います。ルーデウスの師匠となる魔術師ロキシー・ミグルディア、エルフの幼なじみシルフィエット、ルーデウスが家庭教師を務めるエリス・ボレアス・グレイラット。それぞれ、どんなところを描こうとお考えですか。

岡本:ロキシーは、引きこもりだった自分=前世の男、がルーデウスとして家の外に出るきっかけを作った、大切な存在です。そういう大切な存在として描こうと考えています。シルフィエットはルーデウスに最初にできた、大切な友だちですね。彼女がもっと重要な存在になっていくのは、ストーリー上はもっと先の展開なので、乞うご期待という一面もあるかと思います。エリスは……個人的に、今回はエリスがメインヒロインという感じがあるんです。最初は、狂犬だの野猿だのと表現される存在ですが、彼女がどう変わっていくのかが、この作品のひとつの見どころになればと思っています。

無職転生~異世界行ったら本気だす~

無職転生~異世界行ったら本気だす~

無職転生~異世界行ったら本気だす~

ルーデウスにとっての聖域と現実のギャップを描きたい

――内山夕実さん(ルーデウス役)、杉田智和さん(前世の男役)をはじめとするキャストの方々のアフレコはいかがでしたか。

岡本:今回はキャリアを積まれ、場数を踏んでいるキャストさんばかりなので、とてもスムーズに収録が進んでいます。みなさん勘が鋭くて、とても助かっています。ただ、新型コロナウィルスの感染対策上、とてもやりづらいシステムで収録をしているので、なかなかご苦労をおかけしているなと思っています。

――できあがった映像を拝見すると、キャラクターたちの描写や心情も丁寧にアプローチされていますね。

岡本:「キャラクターは、なるべくリアリティや実在感が出るように描きたい」というのが、今回の自分の中のコンセプトです。だから、アクションのみならず、普段の描写にも力を注ぎたいと思っています。

――ここまで完成している映像の手応えはいかがですか?

岡本:自分としては作画に力を入れたい考えがあったので、シリーズ構成を引き受け、絵コンテのチェック作業を早く進めていました。現場には上手いアニメーターさんも入ってくださってますし、自分の知り合いの若手も入ってくれています。スタジオバインドは、アニメを作るのが初めての会社なので、制作を普通に進めることだけでも難しいし、ハードルがいくつもあったのですが、それらを試行錯誤しながらひとつひとつ飛び越えている最中です。

――キャラクターの描写を支える美術(背景)もとても美しく、作品世界の広がりを感じます。美術面はどのような想いを込めて制作されたのでしょうか。

岡本:アニメーションは絵でできているので、本来は実際の風景や実写よりも、もっと気持ち良いものにできるはずなんですよ。たとえば、今すぐ寝ころびたくなるような麦畑の絨毯とか、走り回りたくなるような野原とか。そういう「気持ちよさ」を、ブエナ村(ルーデウスの出生地)で描いてほしいと、美術にお願いしました。美術監督の三宅昌和さんが、そこをうまく対応してくださったことで、実現できたと思っています。

――室内では、蝋燭の火に照らされた明るさの表現がとても印象的でした。中世ヨーロッパの田舎の村を感じさせるライティング表現ですね。

岡本:このあたりはとても匙加減が難しいんです。この作品は中世ヨーロッパ的な世界観がベースになっているんですが、本来の中世ヨーロッパの社会を簡単に言ってしまうと、日の出とともに起床し、日の入りとともに寝るみたいなシンプルな生活をしていて、電気もなく、部屋の中にも光源がほとんどなかった。しかも、現代に比べると、不衛生で汚い生活をしていたんですよね。でも、せっかく転生したのに、現実社会よりも悲惨な世界では、物語が成り立たない。そこで中世ヨーロッパの良いところだけをくみ取った世界として描写しています。

――かなり綿密に世界の描き方を調整されているんですね。

岡本:美術で世界観をしっかり作り込んでいないと、キャラクターが生きてこない。そういったことを考えながら、作っていましたね。

――世界観の作り込みでいうと、転生後の世界では、パウロとゼニスが異世界の言語をしゃべっています。転生したばかりの前世の男は、そのことに戸惑っていますが、そういった「架空言語」の作り込みも見どころのひとつだなと感じました。

岡本:言語については、考える間もなく、この作品に必要なものだと思っていました。試行錯誤しながら3種類の言語を作っています。

――本作の2クールの中で、物語の舞台は「魔大陸」へと展開していきます。お話しできる範囲で「魔大陸」についてお聞かせください。

岡本:「魔大陸」のビジュアルは、いままでルーデウスがいたところとは全然違う、この世界の本当の現実を見せつけるところになると思います。それまでルーデウスがいた場所は、夢のような場所だった。ところが、急激に異世界であることを自覚させられるような世界に行ってしまう。その落差を説得力のあるものとして見せていきたいと考えています。

――中世ヨーロッパ的な世界の前半から、本当の異世界へと舞台が移ることで、この世界にふくらみがでそうですね。

岡本:「ルーデウスにとって聖域だった、夢のような場所」がどうなっていくのか。その変化について、彼らがどう感じるのか。ぜひ、そういったところにも注目していただきたいです。

――転生して手に入れた「何気ない幸せ」が、物語の中で、その価値を変えていく。その展開を楽しみにしています。

岡本:いろいろとお話しましたが、肩肘はらずに、のんびりご飯でも食べながら観ていただければ良いなと思います。まずは原作ファンの方々に喜んでもらえるように作らないといけない、という使命感と責任感がありますので、それがうまく届くことを願っています。原作をお読みでない方も楽しんでくださったら、より嬉しいですね。

TVアニメ『無職転生~異世界行ったら本気だす~』公式サイト

『無職転生~異世界行ったら本気だす~』杉田智和×内山夕実インタビューはこちら

取材・文=志田英邦

岡本学
おかもと・まなぶ/アニメーション監督。TVシリーズ「ゲーマーズ!」で初監督を務める。アニメーション制作会社のWHITE FOXとプロデュース会社EGG FIRMが共同出資し、2018年11月に設立したアニメ制作スタジオ・スタジオバインドで本作『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』の制作を行う。