現場最前線が語るヒットの舞台裏! 『ダンダダン』『チ。』『女の園の星』…マンガ編集者座談会

マンガ

更新日:2021/9/17

「次にくるマンガ大賞2021」にランクインした作品を手掛ける編集者3人に、ヒットの理由、作家との向き合い方、そして今と未来のマンガ界についてたっぷり語ってもらった。どこまでも誠実に、かつ情熱的にマンガと向き合う3人の姿に胸が熱くなる座談会!

(取材・文=門倉紫麻 イラスト=すぎやまえみこ)

林さんイラスト

林 士平さん(龍幸伸『ダンダダン』担当)
2006年集英社入社。現在「少年ジャンプ+」編集部所属。他の担当作に藤本タツキ『チェンソーマン』、遠藤達哉『SPY×FAMILY』など。

神成さんイラスト

神成明音さん(和山やま『女の園の星』担当)
2012年編集プロダクション・シュークリーム入社。『FEEL YOUNG』担当デスク。他の担当作にためこう『ジェンダーレス男子に愛されています。』、池辺葵『ブランチライン』、志村貴子『ビューティフル・エブリデイ』、ねむようこ『こっち向いてよ向井くん』、町田粥『吉祥寺少年歌劇』など。

千代田さんイラスト

千代田修平さん(魚豊『チ。―地球の運動について―』担当)
2017年小学館入社。現在「マンガワン」編集部所属。他の担当作に篠房六郎『おやすみシェヘラザード』、大童澄瞳『映像研には手を出すな!』など。

 

――ご担当作が生まれた経緯をお教えください。

千代田:『チ。―地球の運動について―』(以降『チ。』)の魚豊さんにはツイッターでお声がけしました。お互い思想とか哲学が好きだという話になった時、魚豊さんが「地動説のマンガを描きたいと思っている」とおっしゃったんです。「それ絶対やりましょう!」とすぐに決まりました。

神成:千代田さんはどのくらい地動説に精通した状態で始めたんですか?

千代田:全然知らない状態です。

神成:そうなんですか!

千代田:魚豊さんは勉強家ですし、取材もされているんですが、僕は読者目線でということで、詳しくないままネームに臨みました。それでもネームを読んで「これはやばい。圧倒的に面白い」と思いましたね。

神成:『チ。』、すごく面白いです。人間の思想が残酷なことを起こす、という厳然たる事実を「どや!」という感じじゃなく、ただの事実として見せてくれるのが私にはすごく気持ちがいいです。

千代田:うれしいです。僕もそこが好きですね。ご自分の中に思想が明確にあって、それを最高の形でマンガに起こせる方だなと思います。

:以前、魚豊さんとお話ししたことがあるんです。その時もずっと理知的な発言をし続けていらして、すごく楽しかったです。『チ。』は知らない歴史を面白く読ませてくれるすごくいい作品ですよね。こだわり抜いて描いているのが伝わってきます。

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――神成さんも『女の園の星』の和山さんにはツイッターでお声がけされたそうですね。

神成:はい。ツイッターで絵を拝見した時に「なんて素敵なんだ!」と思って、デビュー単行本の『夢中さ、きみに。』が出てすぐ、どこが魅力なのか一編ずつ感想を書き連ねた長文のDMを送りました。

――どんな感想を?

神成:端正な絵柄と、ギャップのある低体温なギャグ、研ぎ澄まされた言葉選び……それに学校生活という、多くの人がすでに知っている世界に新しい面白さを見出しているのがすごいです、と。普通の人にキャラクター性を持たせて「この人をずっと見ていたい」と思わせるんですよね。『女の園の星』は、和山さんが教師の話が描きたいとおっしゃったので、私が女子高出身ですという話をして、あの設定になりました。

千代田:なぜかはよくわからないんですがめちゃくちゃ面白くて。永遠に読んでいたくなります。

神成:ありがとうございます!

千代田:どういう打ち合わせをしたらああなるのか聞いてみたくて。

神成:全然細かい打ち合わせはしてないんですよ。和山さんから湧き出てくるものを受け取っているだけです。

千代田:それは納得感がありますね(笑)。

神成:私は長めの感想とネームに「ここが最高に面白いです」とたくさん文字を書き込んで返すくらいで。

:確かに、和山さん独特の間に関して何かを言うことはできないですよね(笑)。言葉にできない表情も本当にすごい。『サザエさん』とか『ちびまる子ちゃん』みたいに彼らが生きている日常をずっと描いてくれれば、僕らは満足です。魅力的なキャラクターもすでにいっぱいいて。小林先生の弟とか、もっとバリバリ出てきてほしいですもんね。

神成:小林先生の兄弟話だけで1話生まれそうな奥行きを感じますよね。

ヒットの理由は?

――林さん、『ダンダダン』はどうやって生まれたのでしょう。

:龍さんとは7年前に持ち込みでお会いして。読み切りの後、連載ネームが通らないまま、答えを探し続けていました。そこから抜けた瞬間に『ダンダダン』が生まれました。アシスタント先の賀来ゆうじさんと藤本タツキさんの所で刺激を受けて、才能が磨かれた印象があります。龍さんは真面目なので考えすぎてしまう方なんですが、賀来さんと藤本さんは自分が面白いと思うものを楽しんで描く方なので。

――ヒットの理由をどう考えますか。

:あのレベルの絵を描ける方はなかなかいない。ファンタジーのマンガでは何が起きてももう絵ではそんなに驚かないと思うんですが、龍さんの絵だと心の底から驚いてしまう。見た瞬間に目が止まる。作家さんの間でも話題になるくらいうまいです。

神成:私もめちゃくちゃ好きな絵です。いつも驚くし……すごく怖いですよね。でも総合的な絵のかわいさで「怖いけど読みたい」という感じで楽しませていただいています。

千代田:内容的には奇天烈だけど、描き方はめちゃくちゃメジャーで丁寧ですよね。理解できない読者はいないと思う。『鬼滅の刃』とか『呪術廻戦』の大ヒットで新しいマンガ読者が増えたと思うんですが、彼らにとってのサブカル枠を『ダンダダン』が独り占めしてるんじゃないかなと。

:ありがとうございます。

――千代田さんは『チ。』がヒットした理由についてどうお考えですか。

千代田:2つあると思います。1つは時代の欲望をうまく捉えたんじゃないかなと。2年前の連載会議に出した企画書に「これまでになく知性が求められている時代」だと書いたんです。僕自身が強烈に知性を求めていたし、僕みたいな人は少なからずいるはずだと思いました。もう1つは、ビジネス的なものですね。売れづらい内容だと思ってはいたので、丸くパッケージングしないで、尖らせた売り方をしようと決めました。感度が高くて発信力がある人に広めてもらうか、賞を獲るしかないなと。実際ツイッターで広げてくださった方がいて、マンガ大賞でも2位になって知名度が上がったことがヒットの要因かなと思います。

――神成さん、『女の園の星』についてはいかがですか。

神成:戦略的なことは考えていなかったのですが、先ほど話した和山さんの魅力の奥に、さらにすごいところがあったからだと気づいて。キャラクターが、誰のことも評価しないんですよね。『女の園の星』では教員が生徒を公平に丁寧に扱うし、生徒間の分断やスクールカーストがない。それぞれがやりたいことをやって高校生活を送れている。学校でのいろいろな評価に傷ついてきた私たちにとってそれを見るのが心地いいし、その心地よさを求めている方が思った以上に多かったのだと思います。

――林さんはいつもSNSを駆使して告知をされますが『ダンダダン』ではいかがですか。

:今回も多くの人に届けるためにできることは全部やる、という感じですね。いろんなところに「釣り針」を垂らして、少しでも興味持ってもらう瞬間を増やすというか。

神成:本当にSNSの使い方がお上手ですよね。どのように時間を捻出されているのでしょうか。

:僕は基本的に仕事を仕事として考えないんですよね。やらなきゃと思って時間を捻出しているわけではなくて……普通の感覚というか、麦茶を飲むような感覚でSNSをやっています(笑)。

神成:へええ! すごいです。

林さんイラスト

作家にとって編集者とは?

――作家との関係性についてどう考えていますか? 編集者の役割が昔と変化していたりするのでしょうか。

千代田:僕はまだ5年目なので役割の変化についてはお二人にお聞きしたいです。理想としては、友達や恋人、家族よりもいい話し相手でありたいなと。信頼してもらうために、自分の恥ずかしい部分まで晒すように心がけていて。例えば現在進行形の恋愛の話をよくします。魚豊さんにも「このLINEどう思いますか?」とか聞くんですが、貴重な頭脳を使って真剣に考えてくれます(笑)。

神成:私もまだマンガ編集者歴10年目ですが、作家さんにお話を伺うと変化は感じます。昔は編集者を通さないとマンガを発信できなかったので、クローズドな関係になりやすかった。その環境で「叩いて伸ばす」を勘違いしたような振る舞いや、高圧的な態度をとって作家さんを傷つける編集者もいたようで……。編集者は一番近くで作家さんを守る立場なのに!と腹が立ちました。今はSNSで誰でもマンガを発信できるので、いざとなれば編集者はいらない時代。その上で、一緒に作品を作ってくださる作家さんにとって、編集者は一番の味方であり、一番のファンであり、シェルターみたいな存在でいられたらいいなと思います。

神成さんイラスト

:僕は相手によって関係性が結構変わるので……作家さんによって編集者に望む距離感は変わりますよね。

神成千代田:うんうん。

:なので最初に「横にいたら楽な編集者はどんな感じですか」と聞いちゃいます。「新居の内見に一緒に来てほしい」という家族みたいな距離感の人もいるし(笑)、超ドライに作品のことだけでいいという人もいる。悩んでいる時は家族や恋人のように向き合う、という共通のルールはあります。たださっき千代田さんが恋愛の話をすると言っていたのと、僕は逆だなあと。聞かれるまでプライベートを話さないので、皆からロボットだと思われていたらしいです。

神成千代田:(笑)

マンガはどうなる?

――今のマンガ業界をどう見ていらっしゃいますか?

千代田:僕の肌感覚ですが、盛り上がっていると思います。入社した頃の「出版不況だよね」みたいな空気がなくなってきた。チャンスだ! とポジティブに仕事に臨んでいます。

神成:わかります! マンガアプリとか読む形が増えたことで裾野が広がったし、1作1作のコンテンツの力が強くなってきたとも思います。それと、他のエンタメと同様、価値観のアップデートが必要な時期だと感じますね。2019年に楠本まき先生が作品内で「ジェンダーバイアスのかかった漫画は滅びた方がいい」といった趣旨のことを描かれていたのですが、心底感動して。「男はこう」「女はこう」というような過去の価値観を無批判に再生産するのをやめようと自覚的にならせていただいた。担当作家さんとの打ち合わせや作品から、鋭敏な視点に気付かされることも多々あります。マンガで現実の世界を良い方向に変えていけると考える人が周りにもマンガ業界にもたくさんいることが、すごく励みになっています。私も千代田さんと同じく、明るい気持ちですね。

――お二人ともポジティブに感じている。林さんもそうですか?

:そうですね。僕が入社した15年ぐらい前と比べると、だいぶマンガが売りやすくなった。通学・通勤の途中とか仕事の合間にスマホで1話単位で読んでくれたり、マンガが当たり前の娯楽に戻ってきた感覚があります。ただ20年とか30年とか長い目で見ると、日本の人口は減るので、世界のお客さんを掘り起こせるように、世界に届くものを作り続けたいなとも思っています。

――千代田さんも世界を意識されていますか。

千代田:意識してはいますが……まずは自分の担当作で日本のパイを取り切るのが目標ですね。

神成:林さんのお話をすごいなと思って聞いていました……自分の手の届く範囲で考えると、大人の女性が読むマンガを増やしていきたいです。私自身がずっとマンガを読みたいし、同世代とか少し上の女性作家さんたちとお仕事を続けたいので。読者の方々とも一緒に歳をとっていきたいです。マンガを、女性のライフステージが変わることで読まなくなるようなものにはしたくない。次世代にもそれを繋げたいですが……まずは私たちが彼らに恥じない、かっこいいと思ってもらえる作品を作らないといけないと思います。

――次世代の「作り手」に関してはいかがですか。

:作り手に新しい人が出てこないと、売れている作家と才能ある作家を、ただ奪い合うことになる。そういう業界は死んでいくので、そうはしたくないですよね。編集部では、管理職になると作家さんの担当ができなくなるので、それまでの数年間、自分の労働時間の何割かは、これから描く人たちに注ぎ続けるつもりです。今関わっている方の中には14歳の人もいて。彼らがプロとして生きていけるようになるまで現場の担当編集としてはご一緒できないと思いますが、マンガを描くことが楽しいと思えて、それが仕事になると現実的に考えられる状況を整えたいですね。

――千代田さんは、ご自身が「次世代」のご年齢だと思いますが、今どんなことをお考えですか。

千代田:28歳なので若者かどうかは際どいですが、「あ、これからの世界って僕たちが作っていっていいんだ!」と最近よく思うんです。20代前半くらいまでは、世の中を見て「なんでこんな最悪なことをやってるんだろう?」と思うだけだったのが「社会って僕たちが変えていいんだ」と。気づいたらいろいろな才能のある同世代の人が周りにいて。ヒット作で世を変えた人も、政治家になった人もいる。マンガ編集者としては、粛々とマンガを作るのと同時に「僕が業界を変えていいんだ」と思えることにワクワクしています。動画業界やゲーム業界のように、マンガ業界にもあらためて才能が集まるようにしたいです。

神成:「僕たちが作っていいんだ」という言葉に泣きそうになりました……若者を抑圧している社会を変えたいですね。老害になるのが恐ろしいので、どんどん若者の意見を聞くべきだなと思います。

:僕も作家さんとよく「人はいつ感性が老いるのか」と話します。面白いものを描いていた人が描かなくなることもあるし、尊敬していた先輩が変わってしまうこともある。自分がそうなる可能性もありますしね。気づいたらなっているものなのかなと思うので、常に努力をしなきゃいけないなあと。

千代田さんイラスト

これから描く人へ

――これからマンガを描く人にアドバイスをお願いします。

千代田:最近読んだサリンジャーの『シーモア―序章―』で、小説家の弟に兄が贈った言葉があって。作家が死んだ時にされる質問は「おまえの星たちはほとんど出そろったか? おまえは心情を書きつくすことに励んだか?」の二つだ、というものです。自分の中にあるテーマを全部描けたか、マンガを描く原動力となった想いを作品に入れられたか、ということなのかなと。これからの作家さんにはそう問いたいです。

神成:素敵ですね。私は……今回ランキングに絡めて呼んでいただいてとても光栄なんですけれど、ランキングに入るために意識してマンガを作ったことはなくて。作家さんにも、そればかりを意識して作らないでくださいとお伝えしたいです。自分が面白いと思うものを描いて、それを評価してくれる編集者と仕事をしてほしい。あなたを傷めつける人のもとで仕事をしないでくださいと言いたいですね。

:僕は、趣味として描くのか、プロとして描くのかを最初に決めておくといいですよ、とお伝えしたいです。でも趣味で描いているうちにプロになる人もいるし……ルートはいろいろあるんですけど。結局、プロになる覚悟を持って本気で描いたほうが楽しいんですよね。つらいターンを越えた後に本当に楽しいことがある。あと、健康には気をつけてほしい。無理するとろくなことがないですよ!と言っておきたいです。

千代田:そうですよね。

神成:うん、無理はよくないです!

これから書く人へ
林さんより
趣味として描くのか、プロとして描くのかを最初に決めておくといいですよ。あと健康には気をつけて!無理をするとろくなことはありません。

これから書く人へ
神成さんより
自分が面白いと思うものを描いて、それを評価してくれる編集者と仕事をしてほしい。あなたを傷めつける人のもとで仕事をしないでください。

これから書く人へ
千代田さんより
自分の中にあるテーマを全部描けたか? マンガを描く原動力となった想いを作品に入れられたか? これからの作家さんにはそう問いたいです。

 

3名の他の担当作も要チェック!

●林さんの担当作

『ダンダダン』(1巻)
龍 幸伸 集英社ジャンプC
528円(税込)
『SPY×FAMILY』(1~7巻)
遠藤達哉 集英社ジャンプC+
各528円(税込)
『チェンソーマン』(1~11巻)
藤本タツキ 集英社ジャンプC
各484円(税込)

●神成さんの担当作

『女の園の星』(1~2巻)
和山やま 祥伝社フィールC swing
各748円(税込)
『ジェンダーレス男子に愛されています。』(1~3巻)
ためこう 祥伝社フィールC swing
各748円(税込)
『ブランチライン』(1~2巻)
池辺 葵 祥伝社フィールC swing
748~770円(税込)

『ビューティフル・エブリデイ』(1~3巻)
志村貴子 祥伝社フィールC
990~1012円(税込)
『こっち向いてよ向井くん』
ねむようこ 祥伝社フィールC
990~1012円(税込)
『吉祥寺少年歌劇』(全1巻)
町田粥 祥伝社フィールC
1012円

●千代田さんの担当作

『チ。―地球の運動について―』(1~4巻)
魚豊 小学館BIG SPIRITS COMICS)
各650円(税込)
『映像研には手を出すな!』(1〜5巻)
大童澄瞳 小学館ビッグC
607~650円(税込)
『おやすみシェヘラザード』(全5巻)
篠房六郎 小学館ビッグC
各693円(税込)