『13歳のハローワーク』から『55歳のハローライフ』へ 村上龍の新境地となる最新小説

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/25

 デビュー作『限りなく透明に近いブルー』(講談社)以来、常にセンセーショナルな作品を発表し続けてきた村上龍が、2003年に
 子どもに『13歳のハローワーク』(幻冬舎)を発表したときは、多くの人が驚いたはず。ちょうどニートが社会問題化していた頃で、「仕事ってなに?」という若年層の問いに対し、日本を代表する作家が答えた職業ガイド本として新鮮だった。「○○が好き」という好奇心に応じて514種類の職業を紹介し、130万部を超えるミリオンセラーとなった。

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 そして先ごろ、
 子どもに『13歳のハローワーク』と対になるかのようなタイトル『55歳からのハローライフ』(幻冬舎)が出版された。こちらは職業ガイド本ではなく、地方新聞に連載された5遍の中篇からなる連作小説。注目すべきは、人生の折り返し点を過ぎた50代にスポットを当てていることだ。

 若者たちが自分の人生を費やすに値する「ワーク(仕事)」を探し求めるのに対し、本作では人生のセカンドステージとなる「ライフ(生活)」探しがテーマとなる。50代というと、そろそろ仕事の引退も見えはじめ、老後をいかに過ごすかを考えはじめる頃。若くはないが、隠居生活をするほど枯れているわけでもない。寿命が長くなったこともあり、まだまだ生活は続いてゆく。

 一昔前のライフモデルであれば、50代にもなればマイホームを持ち、多額の退職金も見込め、老後の備えは万全だっただろう。しかし、現代では必ずしもそうはいかない。若者が将来を不安視するのと同様に、いや、それ以上に50代であっても不安は大きいのだ。体力の衰えを如実に実感するだろうし、再就職や再婚の難しさなど現実を突きつけられる場面も多いだろう。これまで生きてきた社会生活がアイデンティティを形成しているから、仕事を引退したり、離婚して一人になったりすると、土台から心が揺らいでしまうのだ。

 5つの中篇小説では、そうした50代の心情がつぶさに描かれる。「結婚相談所」では、58歳で離婚した女性が結婚相談所を訪れ、様々な男性との出会いと失望を経験する。「空を飛ぶ夢をもう一度」では、リストラされて経済的に困窮する54歳の男性が、交通誘導員のバイト先でうらぶれてしまった中学生の頃の友人に再会する。「キャンピングカー」では、早期退職をして妻と2人で日本全国を旅して暮らそうと考えていた58歳の男性が、妻がそれを望んでいないことを知り、第二の人生として再就職を考えはじめる。そのほか愛犬との別れを描いた「ペットロス」や、トラックドライバーだった62歳男性の老いらくの恋を描いた「トラベルヘルパー」など、いずれも切実な状況と不安的な心の有り様が描かれ、50代でなくても身につまされる思い。

 それでいて読み終えたとき、曇天にわずかな晴れ間を見つけたような気持ちになる。甘い菓子パンのような感動話というのではなく、淡々と現実を受け入れていく様(そうせざるを得ない様)に救われるのだ。認めたくない状況を認めたとき、ようやく人は前を向く意志を持つのだろう。

 あとがきで村上龍は、5つの物語の主人公に対して「これまでにないシンパシーを覚えた」と記している。立場は違っても、同年代として似たような問題を抱えているからだ。『コインロッカー・ベイビーズ』(講談社)や『半島を出よ』(幻冬舎)のときのような反社会的な村上龍らしさはない。がっかりするファンもいるかもしれないが、これもやはり村上龍らしさ、なのだ。これだけ現実を多面的にとらえ、普通の人々の孤独に入り込める作家もいない。この生きにくい時代をサヴァイヴしていこうとする確かな意志が、静かにあなたの胸に迫ってくるだろう。

 子どもに『13歳のハローワーク』を買ったあとは、自分用に『55歳からのハローライフ』を買って読んでみるといいかもしれない。

文=大寺 明