共感を誘う、「普通」と戦うマンガ主人公たち

更新日:2013/1/15

 美しい容姿に卓越した才能、苦難に挫けず夢を実現する。かつてマンガの主人公の王道は、そんな憧れの存在だった。しかし昨今、読者の嗜好は変化し、日常生活や人との交わりを「普通に」はできない主人公が、じわじわと人気を集めている。『ダ・ヴィンチ』2月号ではそんな、“「普通」と戦うマンガ主人公たち”を描いたコミックを大特集している。

 ――“うまくできない人たち”――彼らは、マンガ界に現れた新しい主人公像だ。容姿も能力も平凡、特別な夢はない。『空が灰色だから』(阿部共実)の登場人物は日常と折り合いをつけられず、『サルチネス』(古谷 実)は17年間引き蘢り。『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』(谷川ニコ)の智子は、喪女でぼっちだ。

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 かなり残念な人物像。なぜ今、私たちはかくも彼らに惹き付けられるのか? それは、彼らが私たちの分身だからではないだろうか。

 戦争も飢餓もなく、まあまあ安定した平成の世。日本人の最大の関心は、“うまく生きること”となってはいないか。うまく生きるとは、“普通” であること。すなわち“人と同じ”であることだ。人と同じように友達がいて、モテて、経済力がある……。タケヒコは言う。「この世界はほぼすべて“普通”の人間のタメにできている」。

 しかし、本当に“普通”の人などいるだろうか? 『空が灰色だから』の少女は嘆く。「なんでみんなが当たり前のようにもってるものを私はひとつももってないの?」。これは、人との差異に怯え、日常からはみ出すことに恐怖する私たち自身の心の叫びではないか。

 だからこそ私たちは“うまくできない”主人公たちに深く共感するのだ。従来のマンガ主人公と比べると“等身大”な彼らこそが、いま読者に求められているのだ。

 私たちの分身である“うまくできない”主人公。彼らの悩みもまた、私たちのそれと重なる。『モテないのではないモテたくないのだ!!』(カラスヤサトシ)の非モテ中学生・サトヲの言動と妄想は笑ってしまうが、誰しも少なからず身に覚えがあるだろう。『ちっちゃな頃からおばちゃんで』(小山田容子)、『Hatch』(村上かつら)は、現代女性の不安と焦燥を浮き彫りにしている。親の介護や孤独死。その漠然とした恐怖が、胸に去来したことのない女子はおそらくいない。

 彼らの苦悩は、かっこよくはない。従来のマンガは決して描かなかった、地味で些細なものだ。しかし、そんな苦悩の連続が私たちの現実であり人生だ。

取材・文=松井美緒
(『ダ・ヴィンチ』2月号「コミック ダ・ヴィンチ」より)