アンネとヒトラーが恋をした!? 今日マチ子が描くホロコーストの恋物語

更新日:2013/1/22

ダ・ヴィンチ』2月号では、『センネン画報』(太田出版)などで知られる、漫画家・今日マチ子さんの最新作『アノネ、』(上巻)(秋田書店)を紹介している。

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 ――今日マチ子が再び戦争マンガを描いている。
 沖縄のひめゆり学徒隊をモチーフにして新境地を拓いた『cocoon』に続き、彼女が新作の題材に選んだのは『アンネの日記』。『アノネ、』はナチスの迫害を受けた少女アンネ・フランクの人生を架空の舞台に置き換えた物語だ。

 主人公の名は花子。邦照国(ネーデルランド)で暮らす中学生の彼女は「東方系狩り」から逃れるため、一家で隠れ家へと移り住むことになる。花子=アンネの快活な性格、鍵付き日記や本棚裏の隠れ家など、基本設定は『アンネの日記』に忠実だ。だが今日マチ子は、時系列や設定を史実から借りながらも、創作者としてそこに大きな挑戦状を叩きつけている。それは、アンネのスキャンダラスな恋物語だ。『アンネの日記』を読んだことがある人なら、アンネの恋それ自体に驚きはしないだろう。だが、相手がナチスの指導者アドルフ・ヒトラーだったら? ホロコーストという惨劇の両極を象徴するこのふたりが引かれ合う物語だなんて、なんと大胆不敵な試みだろう!

 花子が日記に「あのね、」と書き始めると、見知らぬ少年がいる不思議な部屋に迷い込んでしまう。彼の名は太郎。ふたりは歪んだ暴力で繋がりながら次第に心を触れ合わせていく……。太郎は、ヒトラーを暗示するキャラクター。今日マチ子は花子と太郎を通じて、アンネとヒトラーの恋を描いているのだ!

 史上最悪の独裁者と、彼の犯罪的政策により15歳で生を終えた少女。この荒唐無稽で反史実的なラブストーリーは、アンネもヒトラーも同じ人間だという当たり前の事実を私たちに突きつける。早熟で少女特有の傲慢さを持つアンネ。親に反抗し、夢に挫折するヒトラー。どちらも今と地続きの時間を生きていた少年と少女だったのだ。

 定められた絶望へ向かって無邪気に歩みを進める花子と、新世界への扉を渇望する太郎。この先ふたりはどう交わり、どう別れるのか? このマンガは、私たちの知っているアンネの悲劇のはるか彼方の地平を切り開こうとしている。畏れと期待をもって下巻を待とう。――文=阿部花恵

同誌では、『アノネ、』登場人物の紹介のほか、マンガ研究者の斎藤宣彦さんと、ライター・書評家の吉田大助さんからのコメントも掲載している。

(『ダ・ヴィンチ』2月号より)