「リアル化」が進む高校野球マンガ

マンガ

更新日:2013/2/5

 先日、決定した高校野球・春のセンバツ出場校。東北勢が史上最多5校出場、大阪桐蔭の3連覇なるかなど例年通り話題も多い。さすがはアマチュアスポーツの中でも屈指の人気を持つ高校野球である。ちなみに高校野球はマンガ界でも定番人気のジャンルで『ドカベン』(水島新司/秋田書店)など名作も多い。そんな「高校野球マンガ」が近年、大きく変化しているようだ。それは作品の「リアル化」。ここ数年ヒットしている高校野球マンガの多くは、「リアルさ」がひとつのウリになっているのだ。

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 火を付けたのは1990年代末に発表された『クロカン』(日本文芸社)。作者は後に『ドラゴン桜』(講談社)で人気マンガ家となる三田紀房である。ストーリーは監督を中心とした「めざせ甲子園モノ」なのだが、伝統校の野球部におけるOB会と父母会の軋轢など、それまでなかった高校野球の風景がリアルに描かれている。さらに、同じ時期に三田は『甲子園へ行こう!』(講談社)という作品も発表。普通の公立校の選手が甲子園を目指すストーリーだが、技術的な根拠やチームづくりの秘訣、必要な精神力などがちりばめられており、参考書のような一面もあった。実際、三田はこの作品について「野球に詳しい指導者がいないような環境でプレーしている選手の役に立つようにした」と語っている。その意味で彼の名を世間に広めた『ドラゴン桜』は古くからの三田ファンからすると、甲子園を東大に変えたのだな、という印象があった。

 その後に登場した人気高校野球マンガも、多くは「リアルさ」が要素として入っている。高校野球の日常描写と技術・戦術などの細かい描写と斬新かつ魅力的なキャラクターが人気の『おおきく振りかぶって』(ひぐちアサ/講談社)や、高校球界の現状とトップレベルの戦術が描かれる『ラストイニング』(神尾 龍:著、中原 裕:イラスト/小学館)なども「リアル派」の代表格。そこには「魔球」的要素はもちろん、ストーリーやキャラクターは魅力だが、設定や環境が実際の現場とはかけ離れていたりするかつての高校野球マンガの姿はない。注目すべきは野球留学校、強豪校を肯定的に描いた人気作『ダイヤのA』(寺嶋裕二/講談社)といった少年マンガや、新感覚の野球マンガである『高校球児 ザワさん』(三島衛里子/小学館)といった作品でも、実際の高校球界のことをよく理解して書いていることがわかること。もはや高校野球マンガにおいて「リアルさ」が欠如した作品は人気が出ないのではないか、という気さえしてくる。

 なぜこのような状況になったのか? ひとつの要素として考えられるのが、高校野球ファンの変化だ。インターネット登場以後、高校野球の情報は全国各地から事細かに伝えられるようになった。ドラフト会議からいわゆる「隠し球」選手が消えたといわれるように、田舎の無名校にいる好選手の情報もすぐに知られる。全国の有望中学生の進路先、強豪校の新入生のラインナップについて真偽入り混ざった情報が飛び交う。もちろん強豪校の練習方法や最新のトレーニング、戦術論に至るまで。高校野球の関係者とファンは20年前に比べ、恐ろしいほどに多くの情報に触れている。それが結果的にファンの目を肥やすことにもつながり、適当な設定などでは高校野球好きに「わかっていない」などと指摘されてしまうような状況につながっているようだ。

 そうした状況の集大成的作品が、現在、連載中の三田紀房『砂の栄冠』(講談社)。伝統ある公立進学校の主人公が甲子園出場を目指すストーリーだ。そこには昨今の高校野球事情はもちろん、それを汲んだ甲子園出場のために必要なリアリティあるノウハウが満載。特筆すべきは「主催者やファンから愛されるためのふるまい」「甲子園で実績を残して大学の推薦入学枠を得る」など、ある種の「腹黒い計算」もキチッと説明、描写されている点。今や“自己啓発ビジネスマンガ”の雄となった作者が、その方法論を再び得意ジャンルである高校野球に持ち込んだようなテイストである。

 リアル派高校野球マンガもここに極まりけり、といった趣の『砂の栄冠』。高校野球マンガはこの先、どこへ向かうのか、という点すら気になってくる。ここまでくると、先祖返りしてむしろかつての「魔球」など現実にはありえないような要素、題材をモチーフした高校野球マンガが、かえって新鮮になるのではないか、という気すらしてくる。そういった意味では、あの名作『タッチ』(あだち 充/小学館)から26年後の明青学園が舞台のあだち充『MIX』(小学館)あたりに、昨今のリアル派高校野球マンガに一石を投じるような展開を期待したりして……。

文=長谷川一秀