社会のダークサイドを伝える「日本語ヒップホップ」の10年

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公開日:2013/2/20

 日本語ヒップホップといえば、年齢・性別問わず人気の「ケツメイシ」や「GReeeeN」を思い浮かべる人は多いかもしれない。これらの曲は“恋愛”や“卒業”などJ-POP同様のテーマを掲げ、さわやかに歌い上げている。しかし、本来ヒップホップとは、1970年代にN.Y.のスラムで発祥した、アフリカン・アメリカンの文化がルーツ。ストリート、貧困、犯罪、アウトロー……という社会のダークサイドをメッセージとして伝えてきたという一面がある。

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 「日本語ヒップホップ」の中にも、そんなルーツを受け継いでいるラッパーたちはいる。しかし、ダークかつディープであるがゆえに、その送り手も受け手も音楽シーン全体では一部にとどまっているのが現状だ。

 

 そんな状況やイメージを一新してくれそうなのが、音楽ライターの二木 信氏が上梓した『しくじるなよ、ルーディ』(Pヴァイン・レコード)だ。S.L.A.C.K.や田我流、MSC、SEEDAなど、00年代のシーンを牽引してきたラッパー達のインタビューをはじめ、伝説のライブ体験記や数々のライナーノートまで、彼がここ10年間に書きためた原稿を多数収録。氏曰く、時代の荒波のなかで叫ぶ彼らの言葉には、人生のヒントが凝縮されているという。

 たとえば“生きる勇気”をうたうラッパーとして触れた「ビッグ・ジョー(B.I.G. JOE)」。麻薬密輸罪で逮捕され、6年間の実刑判決を受けるものの、服役中には、刑務所内で曲を収録し4枚のアルバムをリリース。恵まれない生い立ちや犯罪者という自身の置かれた立場から、社会の疎外と異端者の誇りをラップする。

「この電話は他でもなく盗聴されているが/ソウルまでは奪えはしないさ」
彼の表現は“世界は自分たちの手で変えられる”というメッセージに集約され、それに奮い立たされる人も多い。

 また、日本語ラップとローカリズムの考察も興味深い。たとえば貧困と地方都市の荒涼を背景に、日本のヒップホップクルーとブラジル移民の人種対立が生々しく描かれる映画『サウダージ』にも出演したラッパー・田我流。彼の曲中には、映画さながらに、自らが生まれ育った希望のない地方都市への愛憎がたびたび登場する。まさに、今の日本の暗部を象徴しているといっていい。

 本書に登場するラッパーたちの言葉たちは、わかりやすい優しさに満ちているわけではない。しかし、そこには飾りのない現実と、そこでたくましく生きる人間の姿がある。詭弁や偽善、欺瞞だらけの薄っぺらい美辞麗句よりも、真実を感じるのはこちらだ。彼らの言葉が持つある種の社会性、メッセージ性は、ヘタな机上の学問よりも、よっぽど現代社会を読み解けるとさえ言える。こうした言葉がより幅広いリスナーの心に響けば、日本語ヒップホップの可能性はさらに広がるのではないだろうか。

文=池尾 優