WEB官能&BL(07)斎王ことり『私が猫になる日まで』
更新日:2013/8/6
官能WEB小説『fleur(フルール)』連載
斎王ことり『私が猫になる日まで』
ペット用品の開発会社につとめる主人公・一ノ瀬丹亜(にあ)は、ある日犬用製品の部署から猫用製品の部署への異動を命じられる。突然の異動に戸惑いつつも、就任したばかりの若社長の方針かもしれないと、新部署に向かう丹亜だったが、そこで待っていたのは!?
退屈な毎日に飽きてしまったアナタもきっとときめきを取り戻す、甘くドラマチックなドリームラブをどうぞ!
『おまえは俺の猫になる……俺の腕の中で啼け』
ある朝、いつも通りに出社した一ノ瀬丹亜(にあ)の机の上に、そんなメモが張ってあった。
小さなパフュームボトルに、かわいらしい桃色のポストイット。犬用の粗相避けであり、室内の消臭芳香剤にもなるような香りポットの試作品がそろそろ完成すると科学班のほうから昨日連絡があった。もしやこれだろうか。蓋を開けてくんと嗅いでみる。いい香りだ。もう一度大きく胸に吸い込んでみるが、その香りは薔薇系でもなく、オレンジでもなく、ジャスミンでもない。何の香りがベースなのかわからなかったが、どこか懐かしさを感じる甘い香りだ。なんだかとても癒やされる。
その小瓶に原材料名でも記されていないかと見れば、小さなラベルに小さく『メモリー』と書いてある。その文字の下にはもっと小さな文字で別の文字が。『思い出した? 俺の姫君。俺の愛しいチンチラ。なんで猫を飼ってないの? 人に勧めておいて』
「やだ。誰かのいたずら? 意味わからない。まさかこれ書いたの犬飼先輩とか?」
「え? 何か言ったか? それより一ノ瀬。言い忘れてたんだけど、君は今日から猫部開発許可特殊企画部に異動になったから、そのつもりでよろしく」
向かい合わせに並べられている机の反対側。向こうの書棚とパソコンの奥から、犬飼先輩がふいに顔を覗かせて言う。
「猫部……ですか? 私が、今日から猫部開発許可特殊企画部に?」
聞いたこともない部署だ。出社して、ホワイトボードを見てもそんなことは書かれていなかった。今日もいつも通り“犬三昧の日々”だと思っていた丹亜は灰色の回転椅子に座りかけていたから驚いて立ち上がる。
「来週ならともかく、今日からなんて急すぎます。本当に今日ですか? 犬飼先輩」
「そう。先週の金曜日に発令になって、俺は出張に行っていたから君に伝達が遅れたんだ。済まないな。犬部から猫部っていうのも珍しい異動だけど。最近上の気まぐれが激しいから。この時期の異動も珍しいし」
スーツのポケットから豆柴のミニマスコットを覗かせた、イケメン上司が破顔する。
「先代の社長が亡くなってから、海外に勉強に行っていた若社長に代替わりしただろう? あれから色々ばたばたとしてるようだね。“猫部開発許可特殊企画部”は新商品の発売の決定を一任される開発部トップらしいぞ。昇給額は知らないが結構な昇進じゃないか。まあ、同じフロアだし、面倒なら机ごと移動してもかまわないから」
犬飼上司は親指をくいっと立てて、向こうの戸口を指してウインクした。
白い扉の向こうには、通称“ぬこ部”とも呼ばれている猫部があるのだ。
「ああ、この書類にサインしておけって言われてたんだ。ここのところに、ね」
そうして一枚の部署異動の辞令を渡されて、一ノ瀬丹亜は入社以来3年間務めていたお犬様へのご奉仕を解かれることとなった。