ダルビッシュも山本昌も工藤公康も…恐るべき水島野球マンガの予見ぶり

スポーツ

更新日:2014/1/29

 先日、アメリカのメジャーリーグではダルビッシュ有投手(レンジャーズ)が、塁上に走者をひとりも出さずに全イニングを三者凡退に打ち取る完全試合まであとひとりまで迫りながらも逃したというニュースが大きな話題となった。

 「事実は小説より奇なり」とはよく言ったものだが、実は、野球マンガの巨匠・水島新司が描く『ドカベン プロ野球編』(秋田書店)においては、主人公の山田太郎以上の人気を誇る「小さな巨人」こと里中智投手(当時はロッテ所属の設定)が、10年以上前の1997年の開幕戦で完全試合まであと2人と迫りながら死球を与えて逃すという似たようなパターンを演じている(ノーヒットノーランは達成)。

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 また、高校野球が舞台ではあるが、あだち充の『タッチ』(小学館)においても、双子の弟・上杉和也の生前に和也のライバルだった西条高校の左腕・寺島が、ダルビッシュと同じく完全試合まであとひとりというところで、代打・三原にホームランを打たれるシーンなどはわりと知られているだろう。

 もちろん、物語に近いことをやってみせたダルビッシュ投手の凄さは言うまでもないが、ここであえて注目したいのは、水島新司の描く野球漫画の“予言”ぶりである。実は他にも「マンガで描いたことが、あとになって実際に起こる」という現象が、水島マンガにおいては存在するのだ。

 たとえば、昨年夏に行われた甲子園での高校野球の試合で、熊本の済々黌高校という文武両道のチームが、野球のルールの盲点をついて得点するプレーが話題となった。詳細を説明すると長くなるので割愛するが、実はそのプレー、30年近く前にすでに『ドカベン』(秋田書店)で描かれていたのである(単行本35巻)。成功させた選手たちも「『ドカベン』を読んでいたから知っていた」というコメントを残しており、改めて作品が注目されることになった。

 また、ここ最近になって増えてきた高齢プロ野球選手の活躍についても同様。今年8月で48歳になる現役最年長の山本昌投手(中日)は、4月9日に先発して勝利投手となり、セ・リーグ最年長記録を更新したが、「最年長投手」の話題になると、これも水島マンガの『野球狂の詩』(講談社)などで活躍する50歳の現役投手・岩田鉄五郎の名がよく引き合いに出される。47歳まで現役を続けた工藤公康投手(西武他)が活躍したときもそうだったし、昨年43歳で引退した下柳剛投手(阪神他)は、自身の目標を「岩田鉄五郎」と公言していたほどだった。

 こちらも、現実がマンガにようやく追いつきつつあるという状況で、当時はあくまで物語だから成立するとされていた高齢選手の活躍を、水島はずっと前から先取りして描いていたことになる。

 高齢選手といえば、昭和40年台から現在に至るまで長期連載が続いている『あぶさん』(小学館)の主人公・景浦安武もいる。景浦は投手ではなく野手だが、62歳に引退するまで現役選手を続けた。そのため、40台後半以降は物語内において監督やコーチの方が年下というシチュエーションが増えていく。それも当初は「そんなアホな」と思われていたことだったが、前出の工藤投手は西武在籍時代に2歳年下の渡辺久信監督のもとで現役投手として投げていたことがあり、これまたマンガが現実を先取りした現象であった。

 まさに水島新司の予見能力恐るべしである。野球マンガという“ジャンル”は、今も手を替え品を替え、数多くの作品が世に出ているが、「現実があとからついてくる」という奇跡的なシーンを一度ならずいくつも描いているのは、後にも先にも水島以外にいないだろう。だからこそ約半世紀に及ぶ現在も、その道の第一人者でいられるのではないだろうか

 ちなみに、『ドカベン』は1972年から『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)で連載が始まり、一時期、柔道に没頭する中学時代から高校3年の春までを描いた全48巻のあと、高校3年生の夏の甲子園を他の水島マンガのキャスト総出で盛り上げた『大甲子園』(秋田書店)が全26巻と続いている。さらに、プロ入り後の『ドカベン プロ野球編』(秋田書店)全52巻、山田太郎がフリーエージェントを宣言して架空の新球団・東京スーパースターズに移籍して活躍する『ドカベン スーパースターズ編』(秋田書店)全45巻を経て、現在は一連の最終章という位置づけで『ドカベン ドリームトーナメント編』(秋田書店)が4巻まで刊行されている。連載はついに40年を超えた。

 物語の中では、セ・パ両リーグが甲子園球場に集まり、一発勝負のトーナメント戦が白熱している。現実世界においても、いつの日かこのようなトーナメント戦が本当に実現されることになるのかもしれない。

文=キビタキビオ