村上春樹の最新作と『あまちゃん』がどっちも面白くなる!? 片桐はいりの「フィンランド本」

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/23

 4月12日に発売されるやいなや早くも100万部を超えるベストセラーとなった、村上春樹の最新小説『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文藝春秋)。高校時代の仲良しグループから突然拒絶されたことで大学時代に自殺まで考えた主人公、多崎つくる。36歳となった現在は駅を作る仕事をしているが、付き合いのある女性・沙羅に過去を話したところ、「拒絶された理由をあなた自身の手でそろそろ明らかにしてもいいんじゃないかという気がする」と促され、その理由を探る旅に出ることになる。その最後の巡礼地となるのが、北欧の国「フィンランド」だ。

 フィンランドへ行くために有給休暇を取ると言うと、怪訝な顔の上司に「フィンランドにいったい何があるんだ?」と問われた多崎つくるは「シベリウス、アキ・カウリスマキの映画、マリメッコ、ノキア、ムーミン」と思いついたことを答えている。また、旅を勧めた沙羅は「ヘルシンキ市内では英語でだいたい用が足りる」と言っている。さらに同地を訪れてから、多崎つくるはフィンランド人について「人生に関する警句を考えるのはフィンランド人に共通した特性なのかもしれない」と評している。

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 果たして本当なのだろうか?

 その話を検証すべく、女優の片桐はいりが、映画『かもめ食堂』の撮影で約1ヵ月間フィンランドに滞在したエピソードをまとめた『わたしのマトカ』(幻冬舎)を読んでみた。

 多崎つくると片桐はいりに共通すること……それは名前がひらがなであること(以下「つくる」「はいり」と表記することにする)、そしてフィンランドについてまったく下調べをして行かなかったことだった! そのことでつくるはチップを払ったらいいのかで悩み、はいりはヘルシンキの路面電車の運転手に英語が通じないことで、思いもよらず感涙にむせぶことになる(詳しくは本書で)。さらに、はいりはフィンランドの映画監督アキ・カウリスマキの映画『過去のない男』に出演した俳優マルック・ペルトラと共演、ムーミン谷博物館へ行き、マリメッコの鍋つかみをお土産として購入していることから、つくるのフィンランドに関する「思いつき」はあながち間違いでないことが証明されたが、「英語でだいたい用が足りる」は少々怪しい結果となった。

 またフィンランド人の特性についてだが、はいりは「極端な恥ずかしがりやで初めは人を寄せ付けない無表情のぶっきらぼうだが、いったん心を開くと一瞬にして無表情の白い顔が真っ赤に染まり、何もそこまでというくらい虚心坦懐になる」と述べている。「人生に関する警句を考える」というのは、未だ衰えない「ハルキ節」だったのかもしれない。

 そしてとにかく食いしん坊(幼少の頃、誕生日にケーキの代わりに好物のなまこ酢を食べていたそうだ)というはいり。つくるがカートで売っているサクランボを一袋買って食べるという「春樹らしさ」全開なのに対し、市場でイチゴをバケツいっぱいに買い、生のさやえんどうをパクパクと食す。また太った新鮮な鱒をフライパンで香草と一緒に焼くという、ハルキストたちがウキウキして作りそうなオシャレ料理を勧められるつくるに対して、はいりは“タンペレ”という街の名物である豚の血入りの黒ソーセージをかじり、それをビールで流し込みながら列車に乗っているのだ!

 じぇじぇじぇ~!

 ということは、フィンランドと同様に、現在出演中のNHK朝の連続テレビ小説『あまちゃん』の撮影で長期滞在をしたであろうロケ地で、はいりは名物であるウニやまめぶ汁をガンガン食っていたんだろうか……なんてことまで思いを馳せると、朝ドラまでも楽しくなる(かもしれない)、とてもチャーミングな1冊なのであった!

文=成田 全(ナリタタモツ)