オセロ決別の理由は? “女の友情”の複雑さ

人間関係

公開日:2013/5/6

 中島知子の一時休養から約2年。先日、ついに解散を発表した。当初は“円満解散”をアピールしていたが、スポーツ紙の直撃に対して松嶋尚美は「悔しいですわ」と本音を覗かせた。芸人のあいだでも“仲の良いコンビ”として評判だった2人。それなのにどうして友情に亀裂が入ったのか──中島と“自称・霊能者”の女性との関係、松嶋の事務所独立、中島の失恋と松嶋の結婚など、これまでさまざまな理由が取り沙汰されてきたのはご存じの通りだ。

 「女の友情はハムより薄い」というのはドラマの台詞だが、実情はそんな簡単に言い切れるほど単純なものではない。気鋭の女流作家たちが綴った「壊れた友情」の実話集『女友だちの賞味期限 なぜ彼女は私を裏切ったのか』(ジェニー・オフィル、エリッサ・シャッペル:編、糸井 恵:訳/プレジデント社)を読むと、女の友情の複雑さ、難しさがよくわかる。

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 まず、出産が関係を遠ざけてしまったエピソードを紹介しよう。著者が大学院で出会ったのは、2人の女友だち。まわりに馴染めないタイプの3人だったが、そのせいか結びつきは深くなり、「私たち三人はそっくり!」が決まり文句に。それぞれに恋人ができ、同じ時期に赤ちゃんを産む……というのが、3人にとってあこがれの物語だったという。

 しかし、著者は妊娠するも流産してしまい、深い悲しみに襲われてしまう。友人2人はそれなりに気を遣うが、著者の気持ちは「彼女たちと話して悲しみがやわらぐことはほとんどなかった」。そして「自分のことばかり話してしまった気がして、必ずいつも後悔した」という。

 そして、著者が3度目の流産をしたとき、友人のひとりがこう言った。「あなたと並んで立つのはいやなのよね。あなたはほっそりしてるのに、妊娠中の私のおっぱいはすごく大きいから」。著者はこの言葉に愕然とする。悲しみに気付いてほしいという自分の思いを理解してくれていると思っていたのに──。だが、「較べないで」と抵抗した著者に対して、友人はさらに言う。「もう、あなたに何て言ったらいいのかわからない」。その後、もうひとりの友人もすぐに妊娠し、子を持たないのは著者だけになってしまったという。

 2人の友人の赤ちゃんのことを話すとき、著者は“興奮と誇りでいっぱいになった”という。その一方で「でも一人になると、泣いたり、恥ずかしいことに怒りを感じたりする」こともあったと綴る。こうした気持ちから、著者は2人と疎遠になってしまうのだ。このようなケースを“女の嫉妬”と言う人もいるかもしれない。だが、ただ妬むだけならどれだけ楽だろう。そう思わせられる苦しいエピソードだ。

 また、苦しさでいえば“親友の性格が変わってしまった”ことで友情にひびが入ってしまったエピソードも同様だ。こちらの著者と、親友となる彼女が出会ったのは、大学時代。最初はもの静かでよそよそしい印象だったが、繊細で思いやりのある性格に惹かれ、2人は友情を育んだ。大学を卒業してもその関係は変わらず、著者は彼女のことを大好きだったという。

 しかし、彼女は転職を繰り返し、そのうちだんだんと顔がやつれ、職場での人間関係について、被害妄想のような感想を口にするようになる。一方の著者も育児疲れから、彼女のものの見方が現実的ではなくなっていくにも関わらず「なんでも賛成した」。友だちのためではなく、そうすることが簡単だったからだ。そして、どんどんとげとげしくなっていく親友との関係にも疲れ、著者は彼女と連絡を取らないように……。何か決定打があったわけではない。ただお互いを思いやることも、気持ちをぶつけることもできなくなってしまったのだろう。

 著者は、親友と連絡を取らなくなって何十年も経ったいまでも「彼女の本質的な美点は失われていないと思う」という。この言葉からは、“それでも昔のようには戻れない”ことの痛みがひしひしと伝わってくる。──松嶋がつぶやいた「悔しい」という言葉にも、きっといろいろな思いが含まれていたのだろう。2人の友情はもう昔のようなかたちではないかもしれないが、それでも何かをきっかけに、新たな関係を築ける可能性もゼロではない。オセロが“女の友情”の複雑さを乗り越える日がくるのか。いまはとにかく2人の再出発をあたたかく見守りたい。