男のひとり飯マンガ『鬱ごはん』がネガティブすぎる!

マンガ

更新日:2013/5/13

 まさに別次元のグルメマンガ。この表現がしっくりくるほど、読者に並々ならぬ衝撃を与えるマンガが登場した。その名も『鬱ごはん』(秋田書店)。もうタイトルからして、妖気を放っているようだ。作者はあの、施川ユウキ。かつて『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)で『がんばれ酢めし疑獄!!』を連載し、読者をシュールな笑いのるつぼに叩き込んだ人物である。

 さて、そんな彼が描く『鬱ごはん』、主人公は就職浪人の鬱野たけし。もうこの時点で心がえぐられる人が続出だろう。そんな彼の鬱々とした思いをめぐらせながら食と向かい合う日常を描いている。

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 百聞は一見に如かず。とにかく見てほしいと言いたいところだが、ここはいくつかのエピソードをご紹介することで、『鬱ごはん』の鬱っぷりの一端を味わってもらうことにしよう。

 ある日、「松屋」っぽい店に入ることにした鬱野。食券の自販機が設置されていることに「食券は良い 店員とコミュニケーションを取らずに済む」と安堵しながら、席に着く。頼んだメニューは「豚焼肉定食」。まあ定食系では定番のものだろう。食券と店員に渡し、しばらくして運ばれてきた料理を見て鬱野は思う。「落ちていく飛行機で出される機内食だ……」と。うまそう! だとか、早く食べたい! とかじゃない。「毎朝、落ちていく飛行機の中で目が覚める気分だ」と思いながら生きる鬱野にとっては、そう考えてしまうのは当然のことなのだろう。だからといっても、マンガなんだからこうなにかあるんじゃないのかと思われるかもしれない。しかし、今一度念を押しておくが、このマンガは別次元のグルメマンガなのである。そんな甘い期待は、今のうちに捨てておいたほうがいいだろう。食事をはじめ、メインである豚肉をほおばりながらも鬱野が思うことは「食べ物に含まれるグルタミン酸やイノシン酸を舌の味蕾が受容し その情報が電気信号として脳に送られる “うまい”とはその反応に過ぎない」「荘厳なるブタの死は 一瞬の電気信号に消える」ということばかり。ちなみに、これは第1話である。複数話あるなかの1話ということではない。正真正銘、「はじまり」の1話である。最初の一歩から、こんな「負」のインパクトを与えてくれるグルメマンガがあっただろうか。いやない。『鬱ごはん』は全編を通してこのテンションで進んでいくのである。

 またある日のこと、普段食べているハンバーガーよりも贅沢なものを食べてみたいと、「高級ハンバーガー店」へ向かった鬱野。その値段の高さに驚きつつも注文を済ませるが、出てきたハンバーガーはバンズと中身が上下に分けられたもの。食べる際にひとつに合体させ串を指すというスタイルなのだが、鬱野は串を斜めに指してしまう。よくある失敗であるし、串を刺し直せば済む話なのだが鬱野は違う。頭の中をフル回転させこんなことを思うのだ。「しまった! 串をナナメに刺したせいで突き出た先端が食べる時 アゴに当たりそうになる… 余計な緊張感を背負いこんだもんだ 少し引き上げてパンの中に隠すか? いや見えない方が怖い くそっ反対側から食えばよかった…! 打ち直したくない! 失敗を認めたくない!!」と。なんだろうか、このモヤモヤした気持ちは。まるで自分の姿を見ているかのようで吐きそうになる。グルメマンガでこんな気分にさせてくれるのは、『鬱ごはん』ならではだろう。

 クリスマスならではのエピソードもある。「クリスマスなんて心底どうでもよくなる」と言いながら、フライドチキンでも買おうかと「ケンタッキー」っぽい店に向かう鬱野。だが、案の定店の前にはチキンを求めるリア充どもの行列ができており、驚きながらも勢いで並んでしまうことに。パーティーバレルを買い求める客のなかで「注文どうしよう チキンひとつなんて言えない 最低2人以上で食べると思わせないと」と思い悩むうちにレジの前に来てしまう。店員に話しかけられ、とっさに「チキン6コで!」と言ってしまう鬱野だが、ここで彼は重大なミスをおかしたことに気づく。なんと、店内で食べるかという店員からの問いかけにうっかり返事をしてしまったのである。レジ前で悩んでいたことがすべて無駄になり、ひとり店内で、チキン6コをほおばることになった鬱野。パーティーバレルを持ち帰ろうとするリア充の列の隣りで、チキンをほおばるという、まさに針のムシロ状態に突入してしまう。「適応しろ! 鈍感になれ! 無自覚 無頓着 無神経 無感覚になれ! クリスマスなど関係ない! オレはただの食いしん坊だ!!」と自分に言い聞かせながら、ドリンクすらないなかで、大量のチキンを「熱い! ショッパイ!」とたいらげていく。もう、その姿は涙なしでは見られず、読んでいるうちに自然と涙を流している自分に気づく始末だ。

 そんなエピソードが満載の『鬱ごはん』。『孤独のグルメ』(久住昌之:著、谷口ジロー:作画/扶桑社)に代表される「お一人様グルメマンガ」が増えるなか、この作品はまさに異色の存在だろう。この”食”を楽しめない男の孤独なひとり飯は、ひとり暮らしを経験した方には、共感できる部分も多々ある。しかし、共感しすぎるあまり、気分が落ち込んでしまうので、ある意味で閲覧注意なマンガだ。

 もしそれでも、あなたに読む勇気があるのなら、ぜひ手にとってみてほしい。