WEB官能&BL(13)浅見茉莉『言って、イって』

更新日:2013/8/6

官能WEB小説『fleur(フルール)』連載

浅見茉莉『言って、イって』

 官能小説編集者の中溝兵衛(なかみぞひょうえ)は、ひょんなことから担当することになった若手文芸作家・楠木恭司(くすのききょうじ)に頭を抱えている。スランプで崖っぷちに立たされているにもかかわらず、あんまりにもウブでピュア、色恋からはほど遠い――そんな恭司に“ソソる”官能小説を書かせるため、中溝が取った方法とは!?

 

【ここまでのあらすじ】

 中溝兵衛は、官能小説を制作している編集者。現在彼を悩ませているのは、緑影新人賞受賞作家・楠木恭司だ。「小説緑影」で恭司を担当する美人編集者・はるかにいいところを見せたいなんていう下心もあり、スランプに陥った恭司に官能小説の執筆をすすめたものの、書きかけの原稿を読むと……これが、あまりにもお粗末。男女の絡み描写に色気はないし、行為の流れもどこか妙だ。AVも見たことがないという恭司に、資料としてAVやアダルトグッズを押し付けた数日後、中溝は恭司のアパートに向かうが――。

 

◆◆◆

 

 ノートパソコンのディスプレイから顔を上げた中溝は、斜め後ろに正座している恭司を振り返った。判決を待つ被告のように神妙な顔つきが、苛立ちを跳ね上がらせる。

 そんなツラしてたって、全っ然反省してねえだろ、おまえ。

「遠いわ」

「は……?」

 恭司は掠れ声を洩らして、目を見開く。ちんまりと目鼻立ちが整った線が細いタイプなので、可愛いと言えなくもないが、原稿に作家の美醜は関係ない。そもそも男だし。

「導入部はこれでいいとして、肝心のシーンがだめ。もう全然だめ。こんなんで抜けると思ってんの?」

「ぬ、抜くっ!?」

 本気で予想外のことを聞いたというように、恭司は声を裏返して驚いた。というか、明らかに動揺していた。

「ま、たとえだけど。昨今、オカズは動画だろ。でもまあ、官能小説を使ってる奴もゼロじゃない。あ、そういや渡したAV、見たのか?」

 それを元ネタにシーンを展開しても、もうちょっとなんとかなりそうなものだ。

 しかし恭司は一気に頬を紅潮させて、ぶんぶんと首を振る。

「あっ……、あんなの見られるわけないじゃないですかっ」

「はあっ? 人がせっかく持ってきてやったのに……なんだよ、趣味が合わないってか? そういう贅沢を言ってる場合じゃねえだろ」

 それに中溝も一応考えて、バリエーションをつけたセレクトをしたつもりだ。それが見られないとは、よほどマニアックな嗜好の持ち主なのか? こんな面構えで。

「違います! そうじゃなくて……は、恥ずかしくて……」

「――……」

 目の前で真っ赤になって俯いている男が、急に得体の知れない生き物に見えてくる。

「……なに言ってんの、あんた。今どきそんなセリフ、女子高生だって言わねえぞ。俺がそのくらいの齢には、スカだろうとデブ専だろうと、食いついたもんだ」

 恭司が聞きたくないというように両耳を押さえているのを見て、中溝は鼻白んだ。

 なんだこれは。作家と編集者の打ち合わせをしているはずなんだが。

 まるで下卑たオヤジが、年端もいかない少女にセクハラしているような構図じゃないか。

 中溝は落ち着こうと煙草を咥えた。それに気づいた恭司は、素早く灰皿代わりの小皿を差し出す。

 こういうところに気を配るより、原稿をなんとかしてほしい。切実に。

 すでに編集長には楠木恭司が書くと伝えていて、枠も取っている。今さらナシになりましたとは言えない。

 はるかに請け負った手前もある。つきあえるかどうかはともかく、がっかりされたり見損なわれたりするのは悔しい。

「――とにかく。細かくチェックしてくから、こっち来いよ」

 ディスプレイが見えるように、恭司を手招いた。

「あ……ありがとうございます!」

 すすっと隣に寄ってきた様子を見るに、書くという意思は失っていないらしい。ならば官能小説のポイントを伝えれば、なんとかなるかもしれない。

 ど素人でもない相手に、手取り足取り教える破目になるとは思わなかったが、乗りかかった船だ、しかたがない。

「えっと……ああ、女が男の部屋に入った理由な、これはいい。ていうか、無駄に説得力がある」

「そうですか、よかった……」

 ほっとする恭司を、中溝は横目で睨む。

「けどな、うち的にはそこよりも、続きのほうがずっと重要なんだっつーの。これだめね。『花園』『果実』――ん? これもそうか? 『龍笛』」

「えっ、だめなんですか? あの、比喩表現なんですけど」

「耽美小説じゃないんだから。どこを指してんのかすぐ思い浮かばなきゃ、醒めんだよ。どのパーツかはっきりわかる単語を使え。使う場合ももっと形容つけて、『もの欲しそうに蜜をしたたらせるナントカ』とかさ。だいたい龍笛って……チンコなんだろ? 細いってイメージしかねえわ。リコーダーのほうが、くびれがあるだけまだマシ。とにかくチンコを表すなら、太く硬く長く!」

「は……はあ……」

 恭司はまるで変態にでも出くわしたかのような顔で、そっと中溝との間合いを取った。

 誰が好き好んでチンコチンコ言うか! おまえがみょうちきりんな喩えを挙げるからだろ!

 なんてセリフは胸の中に留めて、先を続ける。いちいち言い合っていたら、時間を取られるだけだ。

「それから――ああ、そうだ。なにこれ? 『ズルズル』って」

「え……? なにって……擬音ですけど」

 指摘箇所が本気で意外だったと言わんばかりの顔で見返されて、中溝も呆れた。

「擬音って……ないだろ」

「……えー……」

「なんだよ、その不服そうな声は。ないよ?」

 人がせっかく懇切丁寧に指導してやっているというのに、しかもどう考えても恭司の感覚のほうが一般的ではないというのに。そう思うと、だんだん苛ついてくる。もともと気が長いほうではない。

「そうでしょうか?」

「そうでしょうよ。そば啜ってんじゃねえんだろ?」

「それは……あの、……ち、膣……に……」

 消え入りそうな恭司の答え方に、ますますむかむかしてくる。なにを恥じらっているのだろう。まるで中溝が淫語プレイでも強いているようではないか。だいたい膣なんて、淫語でもなんでもない辞書に載っている単語だ。

「そう、濡れ濡れの雌孔に指を出し入れしてる状態なんだよ。それがなんで『ズルズル』なんだっての! 俺にはせいぜいマスかいてる音にしか思えないんだけど? それも皮余り気味のな!」

 恭司の顔が、これまでになく真っ赤に染まる。

 あれ、図星だったか?

 肉体的特徴をマイナス方向に指摘するのは、対人関係においてアウトだが、恥ずかしがっている恭司は妙に中溝の琴線に触れる。そう、もっと困った顔が見てみたい、というような。

 いや、念のために言うなら、決して悪意からではない。親愛の情というか、悪ふざけというか。

「……じゃ、じゃあ、どんな擬音ならいいんですかっ!」

 恭司はいきなりきっと睨んで、食ってかかってくる。彼なりの逆ギレ状態なのだろうが、潤んだ目で言われてもまったく迫力がない。むしろ中溝には逆効果だ。

「そりゃ『ニチャニチャ』とか『クチュクチュ』とか。ま、こんなのはスタンダードだから、もっと独創的なのがあればそのほうがいい。けど、『ズルズル』はないわ」

 そう答えたのだが、恭司は疑わしそうに上目づかいをするばかりだ。

「なんだよ。そうだろ? AVは見たことなくても、あんただって聞いたことあるだろ?」

 すると恭司は、答えに詰まって俯いた。

 ……え? まさか……。

「ひょっとしてあんた、どうて――」

「ちちちちち違いますっ! な、なんで俺が――」

 がっと顔を上げて必死に否定するが、その反応だけで充分だった。というか、これまでのすべてに納得がいく。

「あー、そう。そういうことね。いや、俺が間違ってた」

 恭司の肩を叩いて宥めながら、煙草を揉み消す。

「童貞にエロ小説書けってのが無理な話だわ。想像力にも限度がある。読者にもモロバレだしな。じゃあ、この件はなかったってことに――」

 口ではそう言ったが、本心はそんな気はない。しかし恭司にはそうとう頑張ってもらわなければならないことも、また事実だった。

 だからこれは、恭司の覚悟を試すものだ。いくら中溝が書かせたくても、本人にやる気がなくてはどうしようもない。

 もしもだめそうなら――そのときはそのときだ。編集長にもはるかにも頭を下げて、ペナルティも甘んじて受ける。

 そんな内心を隠して立ち上がろうとした中溝に、果たして恭司は全身ですがりついてきた。

「待って! 待ってくださいっ! 書きます! 書きますから、書かせてください!」

「ちょっ、おまっ、あっ……!」

 仰向けに倒れ、恭司に伸し掛かられる体勢になりながら、中溝は腹の中で「よし、釣れた」とほくそ笑む。もちろん表情は渋く作って言い返した。