自然だけじゃない! 安曇潤平が選ぶ山の怪異を楽しむ文庫ベスト3

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/23

 「山ガール」が流行し始めたのが、いまから4年ほど前のこと。そして、近年では、老若男女を問わず、山登りが大ブームだ。季節によって、さらに時々刻々と違った表情を見せる山々。ときに優しく人間を迎え入れ、ときに無慈悲なまでに拒絶する大自然。実は山は、昔から“怪談”の宝庫としても知られている。『ダ・ヴィンチ』7月号では、山の怪談の第一人者として活動の場を広げている、『山の霊異記 ヒュッテは夜嗤う』を刊行したばかりの安曇潤平氏がおすすめ山岳怪談について寄稿している。

――山の怪談が書かれた文庫本といっても山ばかりをテーマにした文庫本は探すのが難しい。しかし短編集の中には山の怪異を描いたものを見つけることができる。

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 文豪と呼ばれる作家も山をテーマにした怪談を書いていて、幸田露伴の『文豪怪談傑作選 幸田露伴集 怪談』(東 雅夫/編)に集録された「観画談」もその一作だ。貧困生活を送りながら大学に通う自称<大器晩成先生>が精神的に疲れ、放浪の旅に出た先で山に迷い込む。雨に見舞われ辿り着いた僧房で先生があるものを見る。陰鬱な雨の描写と不可思議ながら露伴らしいどこか飄々とした筆致が魅力的だ。

 山岳文学のパイオニア新田次郎の作品からは『雪のチングルマ』をお勧めしたい。冬山に向かうために通り抜ける長いトンネル。いわくつきのわらべ歌。トンネルの中で出会う謎の女性登山者。純粋な怪談ではないが、山の怪談を語る上で必須のようなアイテムが満載のかなりぞっとする話である。『神々の山嶺(いただき)』で有名な夢枕獏も初期のころ山をテーマにした怪談を何篇か書いている。若いころ山小屋でアルバイト生活をしていたこともある筆者の怪談はどれも掌編だが、描写がリアルでありその情景を頭に描くと背筋が寒くなる。短編集『奇譚草子』の前半に山の怪談が多くちりばめられている。山小屋にはめられた壁板のいわくを描いた「こっちこいこっちこいの板の話」が秀逸だ。

■『文豪怪談傑作選 幸田露伴集 怪談』 幸田露伴/著 東 雅夫/編 ちくま文庫
■『雪のチングルマ』 新田次郎 文春文庫
■『奇譚草子』 夢枕 獏 文春文庫

安曇潤平最新刊
■『山の霊異記 黒い遭難碑』 安曇潤平 MF文庫ダ・ヴィンチ
■『山の霊異記 ヒュッテは夜嗤う』 安曇潤平 メディアファクトリー(単行本)

(『ダ・ヴィンチ』7月号「文庫 ダ・ヴィンチ」より)