80歳の店主が海外進出! 船乗り御用達の老舗書店

ビジネス

更新日:2013/7/11

 『ダ・ヴィンチ』8月号では、全国各地に存在している、個性豊かで味わい深いご当地本屋さんを特集。関東地区からは、横須賀から横浜へと居を移しながらも、50年以上、国内外問わず船乗りたちに本を売り続けているイセザキ書房を紹介している。店主は今年80歳になったばかりの、佐藤智子さんだ。

「店でバタッと倒れて死ぬのが最高だと、日ごろからみんなに言っているんですよ」。笑いながら鈴のように耳どおりのよい声で話すイセザキ書房の店主・佐藤智子さん。「まさか本屋を営むとは思ってなかったわ、だって法律家を目指していたんですから」。佐藤さんは、大学で法律を学びたいと願っていた。しかし家人に反対され、断念。そこにお見合いの話が舞い込み、ご主人となる佐藤禎志さんの「大学に行かせてやる」のひとことで結婚。禎志さんが当時横須賀で営んでいた洋書店に嫁いできた。ところが大学へは通わせてもらえず、店の手伝いをすることに。そうこうするうち横須賀に空母が来なくなり街は廃れ、店をたたんで東京で店を開こうとご夫婦で横須賀線に乗った。

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「東京までの切符を買っていたのに、横浜で降りたんです。街も人も勢いがあったから」。海岸通り、銀杏並木をふたりで歩き、伊勢佐木町にさしかかると、「1956年ごろは封切館が4つ、デパートも4つありましてね、それはそれは華やかな賑わいでした。それを目にした主人が“東京まで行かなくても横浜のほうがかえっていいんじゃないか”なんて」。その日のうちに空き店を探し、少し時間はかかったが、イセザキモールで書店を開くことに。これがイセザキ書房の誕生だ。

「当時は店の前の道をまっすぐ行くと、そこに遊郭があったんです。船の乗組員たちが陸に上がってまず向かうのが、そこ。そのあと伊勢佐木町で買い物をして。街は活気がありました」。店を開いてからほどなくして、何十冊も本を買い込むお客さんが多いことに気がつく。不思議に思い、「どこへお持ちするのですか?」とたずねると船に持ち込むという。当時、秋は南氷洋の捕鯨船が、春には北洋のサケマス漁船が横浜港に年に2回寄港した。お客さんの多くがその乗組員だった。「本は重いから、船員さんたちも大変でしょ。それなら港に本を持っていこう」、そう考えた佐藤さんご夫妻は、車のなかで本が選べるよう書棚を造り、船に横づけできるトヨエースを改造した移動販売車を考案。これが見事に当たった。長い間船に乗っている乗組員にとって唯一の娯楽は本を読むこと。この車で1日に『文藝春秋』を300冊売り、最初は1台だった移動販売車は3台になり、「当時は3台で、1日に2往復するくらい需要があって。しかも全部キャッシュでしたから」。最終的に移動販売車は9台になり、横浜はもちろん、千葉の港からもオーダーが来るようになっていった。

 時代は変わり、今は海外への輸出も多いという同店のとりくみを、同誌では写真付きで掲載している。

構成・取材・文=大久保寛子
(『ダ・ヴィンチ』8月号「わたしを本好きにしてくれた、わたしの街の本屋さん」特集より)