元シンクロ日本代表の店長が営む、浪花の本屋さん

ビジネス

更新日:2013/9/11

 「街の本屋に元気がない」などといわれるが、ユニークな発想で頑張る地元密着型の書店は、こんな時代だからこそ余計に頼もしく見える。『ダ・ヴィンチ』8月号では、そんな全国各地の、“ご当地”街の本屋さんを大特集。大阪からは、隆祥館書店を紹介している。

 「百田尚樹の小説」「小出裕章の原発本」「子供向け辞書の引き方」「LEON」「主婦向け収納の本」「ポルシェなど高級外車の本」…これら全て「当店の売れ筋」という。そんな店、2つとあるだろうか。しかも大型店でなく、繁華街から離れたわずか15坪の書店のお話。

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 隆祥館書店のある谷町6丁目界隈は、かつてベアリング、印刷、繊維関係の会社と民家が混在する街だった。高度成長期、地価高騰のため都心から少しでも広い郊外に移住するひとびとが増え、その結果4つあった小学校が1校に統合される。ところがバブルがはじけて地価が低廉化すると、職住近接の便利さから高層マンションが建つようになった。かつての地元民が戻って来たり、他の街の住人から「便利さとユルさがほどよく混じり合った街」としてこの界隈が注目される。1校だけの小学校は児童数が増えて大変だそうだが、店にはそのぶん客が増えているかというとそうでもなく、15年来の出版不況は当然この店にも押し寄せる。「お金を出して買いたい魅力的な出版物」が減っているのだ。わずか15坪の規模で、「売れると思って出版社に注文を出しても満数が来ない」書店が生きる道はどこにあるか?

 店長の二村知子さんが考えたのは「お客さんが欲しい本って何だろう?」というシンプルな問いだった。それを知るには話してみないと分からない。一人ひとりに話しかけるうちに、「歴史ものに目がない」「池波正太郎が好き」「アレルギーの子どもの献立を」「メルセデスベンツなら何でも」「サッカーの指導者向け雑誌を」……次々とインプットされ、「顔の見える顧客リスト」が頭の中に作成された。幼い子ども連れの母親には「今おいくつですか? 今度こんなイベントするんですよ」と誘う。コミュニケーションから「売れ筋」が生まれ、来店客は減ったが客単価が上がってきた。

「お客さんはね、本当に雑誌が好きなんです。ポパイは3冊ぐらいしか売れなかったのですが、最近編集が変わって40~50代のお客さんがよく手に取られて、2ケタ売れるようになりました」。

 どんなに細かく「お客さんの好み」を知っても、彼らが欲しい商品がなければムダになる。一方では出版社の営業担当に注文品を切らさないよう常時連絡を取り、もう一方では出版社や編集者に、時には厳しい注文もつける。

「私らはいい本だと薦めたいですから、作り手の方ももっと街に出て読者のことを知ってほしい。出版社も目先の数字ばかり見ないで、魅力ある商品づくりができるような体質に変えてほしいと思います」

 マガジンハウスの創業者である岩堀喜之助は、事あるごとにスタッフを捕まえては「きみたちはもっと銭湯へ行け。そこで人がどんな話をしているかを聞いて企画づくりに生かしなさい」と言ったという。ポパイはそんな空気から生まれた雑誌の一つだ。60年前に「雑誌王」が力説した教えは、スレンダーで負けず嫌いな大阪の女性店長が見事に受け継いでいた。

構成・取材・文=大迫 力
(『ダ・ヴィンチ』8月号「わたしを本好きにしてくれた、わたしの街の本屋さん」特集より)