「成長する苦痛を受け入れよ」― 「大人計画」主宰・松尾スズキの人生論

芸能

更新日:2013/9/5

 大人気の朝ドラ『あまちゃん』の脚本を手がける宮藤官九郎、その『あまちゃん』で「わかる奴だけわかればいい」とマニアネタを炸裂させる花巻珠子役の伊勢志摩、不敵な笑みを浮かべる北三陸駅副駅長・吉田正義役の荒川良々、オタクのアイドル評論家・ヒビキ一郎役の村杉蝉之助、「くぬやろー!」が口癖の北三陸高校潜水土木科の教師・磯野心平役の皆川猿時、そして『マルモのおきて』や9月公開の映画『謝罪の王様』で主演するなど個性的な演技で人気の阿部サダヲなど、キャラの濃い面々が所属する劇団「大人計画」。

 その劇団を26歳で立ち上げ、演劇界の芥川賞といわれる「岸田國士戯曲賞」を1997年に受賞、2004年には『恋の門』で映画監督デビューしていきなりヴェネツィア国際映画祭へ出品され、監督・原作・脚本・振り付けを担当した映画『クワイエットルームにようこそ』では、原作の小説が2005年下半期の第134回芥川賞にノミネートされるなど、舞台演出、作家、俳優、監督とマルチに活躍する松尾スズキ。最近では『あまちゃん』に、原宿の純喫茶「アイドル」のマスターでアイドル通の甲斐役でも出演中だ。

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 ところがプライベートでは離婚を経験するなど、これまでの50年間の人生で辛酸を嘗め尽くしてきたという。その数々の苦い経験や不幸体験をベースに、自身のメルマガ「松尾スズキののっぴきならない日常」に寄せられた人生相談コーナーでの回答をまとめたのが、著者初という人生相談本『人生に座右の銘はいらない』(松尾スズキ/朝日新聞出版)だ。

 本書では「働くこと」「人づきあい」「生きざま」「恋だの愛だの」「セックス」「表現」という全6章で「座右の銘はいらない」とし、読者の人生相談に対して時にオーソドックスに、ある時は思いもよらないかなりの別角度から答えている。ある若者の相談者には、特別な才能もやる気もない若者が生き残るためには「成長することの苦痛」を自ら進んで受け入れ、若者が自立したくなくなる「子どもに都合のいい日本」にしてきた大人を恨め、と回答。松尾はそうなりたくないために「大人計画」を名乗っているのだという。それ以外にも「自分がつまらないことを人のせいにするな」「長いスパンで勝ちを目指せば目の前の口論は時間の無駄」「消極性という個性の中で楽しみを見つければいい」など、まったく別の視点から見ることで人生を面白がるという松尾の回答は軽さの中に重みが、そして重みの中に軽さがあって、時折グサリとくる。

 また本書の最後には「『大人計画』に座右の銘はいらない」という章があり、上記の劇団員からの悩み相談にも乗っている。宮藤は騎乗位タイプのTENGAを選んだ際に「宮藤は騎乗位だよね」と松尾から言われた真意について聞き、阿部は自分に合った副業は何がいいか、人づきあいの苦手な村杉は楽に生きるコツ、皆川は死んだらどうなるのかについて、荒川は先輩との付き合い方について、そして伊勢はかっこ良く年をとるコツを相談している。しかし劇団員からの相談に対してはかなり突き放しており、その微妙な関係性を楽しめるような回答になっている。

 さらに松尾は「あとがき」で、それまでとは全く別の角度から強烈な光の照射を行う。その話は子宮から始まり、生まれた苦しみを嘆き、エディプス・コンプレックスからやがて精子と卵子の話へと展開、そして松尾スズキという人の座右の銘が繰り出されて、それまで泣いたり笑ったりしながら読んでいた人がビックリする荒業が最後の最後に飛び出して終わる(くわしくは本書で)。

 やはり「人生とは死に物狂いで暇をつぶすこと」なのですね、松尾さん!

文=成田全(ナリタタモツ)