発達障害の子どもを追いつめる学校の無理解と、その解決の糸口とは

社会

更新日:2013/9/27

 近年、理解の必要性や対処法が改めて重要視されている発達障害。社会的な無理解ゆえに、母親が発達障害の子どもを殺してしまう事件やいじめに発展するケースなど、深刻な事態も少なくない。

 「発達障害」という言葉を認識していても、実際にどのような行動をとり、どういった行動が他人に誤解されるのか、知らない人も多いのでは? 今回はコミックエッセイ『ニトロちゃん みんなと違う、発達障害の私』(沖田×華/光文社)を例に、発達障害の実態とそれを受け入れられない学校という小さな社会との確執を学んでみたい。

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 主人公のニトロちゃんは、幼少の頃から「他の子よりも成長が早いくらい」すくすく育った健康優良児。しかし、実はアスペルガー症候群・LD(学習障害)・ADHD(注意欠陥・多動性障害)という“見えない”障害を持っていた。そのことを親も学校もわからないまま小学校に入学し、“他の子とちょっと違う”ニトロちゃんの行動が問題視されるように。

 例えば、集団登校でも友人といっしょの下校でも、「道路にある石を踏む」「学校前にある文房具店に入り、店にある“匂い消しゴム”を全種類嗅いでから登校」などの自分ルールがあり、決めた通りにできないだけでパニックを起こす。勉強は問題ないのに、プリントの名前を書く欄内に収まるように書けず、慌てて書くと字が左右逆さまになる。宿題を家でやってくるなどの学校生活の決まりを守れない。そんな特有の行動で、「別の文化圏から来た子供」と言われ、教師にも放置されるように。

 人間関係を形成し始める小学校中学年以降、ニトロちゃんはますますクラスから浮き、教師からも目の敵にされるようになる。怒られるとびっくりして思考が止まり、言葉が出てこなくなるニトロちゃんに対し、教師は次第に殴ったり、長時間正座させたりと暴力や暴言で管理しようとする。殴られ過ぎて鼓膜を破っても、なぜそうなったのかを親に説明できず、学校での悲惨な状況は露見しない。逆に、幸せな気持ちになれるからと給食を人並み以上に食べ、休み時間には昼寝をするなど、一見するとのん気に見えるニトロちゃんの行動が周囲の誤解を呼び、他人をますます苛立たせる悪循環。“人と違う”ことを責められ続けるニトロちゃんは自殺を考えるようにまで……。

 そんなニトロちゃんを救ったのは、“信頼できる人”の出現。ありのままの彼女を肯定し「普通」に接することで、ニトロちゃんの精神が落ち着き、自分自身の道を歩く前向きさを取り戻していく。

 先日、長野県が発達障害の教育を専門的に行う機関を2014年4月に開設すると発表した。もちろん、専門機関での療育の必要性は言うまでもないが、社会や学校が「普通とは違う人」を許容できるかで、発達障害に限らず、多くの人がいろんな場面で救われるはず。「潜在的に全体の6.3%の児童が発達障害の可能性がある」という調査もあり、今後ますます大きな問題になっていくことが予想される発達障害。専門的治療とは別に、社会としてどう発達障害を受けとめていくのか、解決の糸口は『ニトロちゃん』の中にあるはずだ。